第66話 正体を教える
帰ってくる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
住宅街や駅周辺は電灯で煌々と照らされ、上空から見ると光りの海の中にいるような感覚になる。
こうした世界を始めて見たのか、リーファは目を輝かせて下界を見つめていた。
「綺麗、ます……」
「向こうの世界では、こういう光景は見なかったのか?」
「……覚えていない、ます。でも……この気持ちは初めて、です」
ぎゅっと俺に抱き着き、ずっと家々の光りを見つめているリーファ。
すると、下の方に夫婦が子供を連れて楽しそうに歩いているのが見えた。仲睦まじい親子連れだ。ああいうのを見ると、自分たちの魔法少女としての活動が意味あるもののように感じるな。
そういや、リーファは一人でこっちに来たけど……家族はどうしているんだろうか。向こうに残されて、心配しているんじゃないだろうか……?
でも、話を聞く限りそのことも覚えていなさそうだしな……。
「ツグミ、どうした、ます?」
「……いや、なんでもない。そろそろ着くぞ」
話を切り上げて、アパートの前に降り立つ。と、丁度龍安が隣の部屋から出て、俺たちを迎えた。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。って、お前は行かなかったのかよ」
「あの距離の移動は、絶対にツグミの方が速いからね。行っても無駄だと思ったのよ。それより、戻って来る夫を迎え入れる方が、妻っぽくないかしら?」
誰が妻だ、誰が。
龍安の言いたいことはわかるが、だからって動かないのは、魔法少女としてどうなんだろうか。
ジト目で龍安を見ていると、リーファが俺の後ろに隠れ、チラッと龍安を見て首を傾げた。
「誰……ます? 妻と同じ気配、です」
え? ああ、そうか。リーファは龍安の姿のビリュウさんを知らないのか……てか、こいつのことを妻って認識するのやめろ。龍安も、満更でもない顔をするな。
「えーっと……リーファ、こいつはビリュウさんだ。訳あって、俺たちは変身して魔物と戦ってるんだよ」
「?? 変身、ます?」
まあ、突然そんなこと言われてもちんぷんかんぷんだよな。
龍安はその場でくるりと回転する。直後、彼女の体が光を纏い、リーファもよく知るビリュウさんの姿へと変わった。
「ほら、これで信じられる? 私たちは魔法少女と言って、変身して魔物と戦うのよ」
「ほゎ……すごい、ます」
変身したビリュウさんを見て目を輝かせるリーファ。意外にも高評価みたいだ。
微笑ましくその様子を見つめていると、リーファは目を輝かせたまま俺に視線を向けてくる。
「ツグミも変身してる、です? 元の姿も見たい、ます」
「え。あー、それはぁ……」
俺の元の姿は男だ。が、今までリーファは俺を女として認識し、女として接して来ている。あの風呂だって、俺が男だと知ったら一緒には入っていなかっただろう。
どうする。どうする、俺。このまま変身を解いて見せていいんだろうか。
ちらりとビリュウさんを見る。無言のまま肩を竦ませて、自分の部屋に入っていった。おいコラ逃げるな。俺の妻を自称するなら助けてくれ。
「あー……わ、わかった。見せるから、部屋に入るか」
もし変身前の姿を誰かに見られたら、たまったもんじゃない。それこそ、社会的死だ。
部屋に入り、リビングの真ん中に立つ。
リーファはうきうき、ワクワクと言いたげな顔で、俺が変身するのを今か今かと待っていた。
「えっと……リーファ、変身する前に言っておく。どんな姿でも、驚かないでほしい。いいな?」
「はい、ます」
こくこくと何度も頷く。本当にわかっているんだろうか。
……仕方ない。腹を括るか。実際、このまま女の姿でずっとすごすわけにもいかないからな。いずれはバレることだ。
よし、覚悟を決めるぞ。
目を閉じ、何度か深呼吸をする。
体を包んでいた光りが爆ぜるように霧散し、男の姿の俺が現れた。
「ど……どうだ? 実は俺、男だったんだ……よね」
「…………」
……リアクションがない。目を見開いて、愕然としている。
そりゃあ、信用していた相手がいきなり男でしたって言われて、驚くなって言う方が無理あるよな。……ん?
「リーファ……?」
見ると、リーファの体が震えている。瞳孔が開き、激しく揺れているのがわかった。呼気が荒くなり、顔から脂汗が流れている。明らかな異常事態だ。
「リーファ、どうした?」
近付こうとするが、リーファは俺から距離を取るように後退りをする。
そのまま両手を俺の方に向け、手の平に魔法陣を展開し……って待て待て待て!?
「リーファ!」
「フーッ、フーッ、フーッ……!!」
これ、忌避感とか拒絶反応とか、そんなレベルじゃない。気が動転して、自分の行動を制御できていないぞッ。
慌ててツグミの姿に戻る。直後、リーファの手から風の刃のようなものが飛んできた。
「ハッ!!」
拳を硬め、風の刃を真正面から殴り砕く。
砕かれた風は暴風となり、部屋の中のものをすべてめちゃくちゃに荒らした。
けど、それを気にしている余裕はない。それよりも、リーファの方が大変だ。
瞬時にリーファに近付き、暴れないよう彼女を抱き締めた。
「リーファ、落ち着け。大丈夫、大丈夫だからっ」
「フーッ、フーッ……フーッ……ぁ……ツグ、ミ……?」
「ああ、俺だ。ツグミだ」
「…………」
一瞬だけ、安心したように微笑んだリーファは、そのまま意識を手放してしまった。
まさか、男の姿を見ただけで気が動転するなんて……一体、この子の過去に何があったんだ……?
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