第51話 大義とエゴ

 襖を大きく開けて、縁側に出る。これだけ広い家だけど、こっちには文明の利器があるんだ。

 スマホを取り出し、母さんに電話を掛ける。ほんの数コール待っただけで、向から「もしもし」という声が聞こえた。



「母さん、今どこ?」

『どこって……ここよ、ここ。右を向きなさい』



 右? ……あ、いた。中庭を囲う廊下の右側の部屋から、母さんが顔を覗かせて手を振っている。



「そこに、龍安の母ちゃんはいる?」

『ええ、いるけど……ちょ、どうしたの? 顔怖いわよ、継武』

「……ごめん、母さん。今からそっちに怒鳴り込む」

『……え??』



 通話の向こうからも、襖の向こうからも、何言ってんだこいつというのが伝わってくる。

 怒りに任せて廊下を踏み鳴らしながら、母さんたちのいる部屋に向かう。後ろからビリュウさんの静止する声が聞こえてくるけど、関係ない。すれ違った女中さんに止められるけど、止まらない。

 部屋の前に来ると、音を立てて思い切り襖を開いた。

 中には驚いた顔の母さんとビリュウ母。今は消されているけど、パソコンで何かを見ていたみたいだ。



「継武さん、どうかしましたか? 私の娘が、何か粗相を?」

「どうかしましたか……じゃねーよ」

「……今、なんと?」



 ビリュウ母の眼光が鋭く俺を射抜く。さすが、元日本最強にして龍安家の現当主。ものすごい威圧感だ。

 俺の言葉に、さすがの母さんも慌てた様子で立ち上がった。



「継武、あんた何言って……!」

「母さん、悪いけど言わせてくれ。こいつには一言物申さなきゃ気が済まない」



 暗に黙ってろ、を遠回しで言うと、母さんは息と一緒に言葉を飲み込んだ。俺がこんなにブチ切れてるの、初めて見たんだろうな。

 改めてビリュウ母に向き直り、一歩近づく。



「事情は全部聞いた。アイツがなんで自分の望まないお見合いをさせられているのかも。あんたらがアイツのことを失敗作と呼んでいることも。アイツが自分自身の人生を諦めていることも」



 もう一歩近付き、完全にビリュウ母を見下ろす。



「そんなに家の誇りが大切か? アイツの……美月の人権と尊厳を踏みにじってまで、護るべきことかッ!?」



 俺の激昂に、場が静まり返る。

 後から来たビリュウさんと、近くにいた女中さんたちが覗き込み、呼吸をするのも忘れて俺たちの様子を見守っていた。

 ビリュウ母は真っ直ぐ俺の目を見つめ、立ち上がり相対した。



「……あなたが言いたいことはよくわかります。ですが継武さん、あなたは1つ勘違いしています」

「勘違い……?」

「ええ。確かに私たち龍安の一族は、こうして外部から強い遺伝子を受け入れ、最強の魔法少女を作り、家を発展させて来た。今こうして大きな屋敷に住んでいられるのは、過去の栄光と穢れた仕来りゆえ。それは間違いありません」



 ビリュウ母の瞳に、ほの暗い光が宿る。この瞳は、さっきのビリュウさんと同じ……諦観と無感情。

 何を思っているのかはわからないが、わかったことがある。……この人も、龍安の被害者だってことだ。

 無言で、ビリュウ母の次の言葉を待つ。



「しかしこの穢れた仕来りは、初代龍安家当主の願いによって作られました」

「願い……?」




「──世界平和」




 …………は……? 世界、平和……??

 言っている意味がわからず唖然とする。何を言っているんだ……?



「初代龍安家当主は、魔物によって荒らされている世界を嘆き、常に人々のことを想っていました。……そこで考えたのが、武力による平和。今だけじゃない。この先の子々孫々が繁栄する日本を……世界の幸せを護るために、私たちは最強であり続けなければならないのです」



 …………。

 ビリュウ母の言葉に、この場にいるみんなが黙りこくる。

 黙って聞いていた俺も大きく深呼吸をし、ビリュウ母にもう一度向き直った。



「あんたの言い分はよくわかった。聖女みたいな初代当主の考えも、悩んだ末に辿り着いた答えも、理解できなくもない」

「なら──」



 口を開くビリュウ母の前に手を突き出し、止める。



「理解できなくもないが……生憎、こちとら出来の悪いガキでな。世界平和とか子々孫々の幸せとか、そんなのクソほども興味無いんだわ」



 後ろを振り返ると、一筋の涙を流すビリュウさんの姿があった。

 悪いな、ビリュウさん。こっからは俺のわがままだ。



「1人の女の子が、目の前で人生諦めてんだ。……助けるのに、それ以上の理由がいるか?」



 張り詰めた緊張感が、部屋に充満する。

 みるみる膨れ上がるビリュウ母のプレッシャーに、手にじんわりと汗が滲み出た。

 もうこの人は、魔法少女の力はない。それなのにこの圧……とんでもないな、この人。



「……あなたの考え、しかと受け取りました。しかしあなたが何を言おうと、関係ありません。覆す力もない男が、我々の大義を邪魔するのであれば……死なない程度に痛めつけてあげます」



 パンッ、と手を叩くと同時に、部屋を隔てていた襖が開かれ十数人の魔法少女が現れた。大小のドラゴンを使役している。



「ッ! お母様、何もそこまで……!」

「龍安」



 止めに入ろうとしたビリュウさんを、逆に俺が止める。

 本当なら暴力をちらつかされた今、引き下がるのが賢明なんだろうけど……相手が悪かったな。



「そっちがその気なら、こっちも本気で相手してやる」

「何を……ぇ……っ!?」



 急に光り出した俺の右手を見て、ビリュウ母が目を見開く。周りにも動揺が走り、母さんは頭を抱えて首を振った。

 光りの束が瞬く間に広がり、繭のように俺の体を包み込んだ。

 直後──光りが爆ぜ、ツグミの姿が曝された。



「龍安一族。お前らの大義、俺のエゴで潰させてもらう」

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