第44話 『死』と『恐怖』

 ふざけんな、何が次の最強を作るだ。人は人を作る道具じゃない。それを自分たちの都合で……。

 込み上げてくる怒りをなんとかコントロールし、拳を握る。

 俺の感情が伝わったのか、ビリュウさんが儚げな笑みを浮かべた。



「私のために怒ってくれてるの? 優しいのね、あなた」

「そりゃ、自分の生き方を勝手に決められたら、誰だって怒るでしょう。ビリュウさんは違うんですか?」



 素朴な疑問をぶつけるが、ビリュウさんは諦観したように笑う。



「龍安に生まれ、龍安に生きる。その全てを受け入れなければ、私に価値なんてない」



 余りの覚悟に、何も言い返せない。いや、覚悟とかそんなレベルではない。恐らく物心が着く前から、そういう教育をされて来たんだ。

 彼女は両手の平を合わせる。まるで、祈るように。



「それとも、その優しさで私に勝ちを譲ってくれる?」

「それは……っ」



 何も言い返せない。俺だって、負けた時のリスクはある。だけど、それを無理に隠してまでこの人に勝っていいんだろうか。

 人の人生を左右する決闘……重い。重すぎる。

 半ば俯き、勝利と敗北の間に揺れる。

「双方、準備はオーケー!?」──と、キキョウさんがテンション高く叫ぶ。



「私はいつでも」

「わ……私も、大丈夫です」



 負けて男だとバレたら、『男の魔法少女』として世間の見世物になるか、最悪サンプルとして体のあちこちを調べられる。

 しかし勝ったら、ビリュウさんのこれからの人生は決定づけられてしまう。

 目の前のビリュウさん。中心に立っているキキョウさん。野次馬に混じって見守っているリリーカさんを見る。

 正直、まだ揺れてる。勝って俺の人権を守るか、負けて彼女の人生を護るか。



「ツグミ。あなた、大丈夫って顔をしてないわよ」

「えっ」



 思わず自分の顔を触る。そんなに顔に出てたかな。



「じゃあ、優しいあなたにひとつ教えてあげる。……龍安に生まれた女は、18歳になって魔法少女の力を失うと、その時点で誰かとの子を作る。出来損ないの私は、それが少し早まるだけ……どう? 少しは気が楽になった?」



 なるわけないだろ、馬鹿かこの人。

 キキョウさんが黄色の旗を掲げる。そして……開始の合図として、振り下ろした。



「それじゃあ、お互い気兼ねなく……潰し合いましょうか。──来なさい、バハムート」



 ッ、来る……!

 ビリュウさんの手の手の間から光りが漏れ出し、爆発的なエネルギーが迸る。あの時の海で感じたオーラと同じ……いや、近いからかあれよりも強力に感じられた。

 彼女を中心にして暴風が吹き荒れ、髪を乱し、スカートが強くはためく。

 溢れた光がり強く発光し……次の瞬間、ドラゴンの巨躯が姿を現した。

 存在そのものが力と破壊を孕んでいるような、圧倒的オーラ。神話やファンタジーではない……本物のドラゴンが、そこにいる。

 俺だって男だ。ドラゴンに対する憧れ、かっこいい、好きと言った一般的な感情はある。

 けど……はっきり言う。そんな感情、今吹き飛んだ。

 今あるのは……『死』と『恐怖』だけだった。



「……笑えねぇな……」



 っ……体が震えてやがる。当たり前か。こんな感情、アシュラ・エンペラーと戦った時すら感じなかった。

 これがドラゴン……龍神の圧か。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ──!!!!!!」

「ぐっ……!?」



 バハムートから放たれた咆哮が、空気の砲弾となって体を叩く。

 マジ、かよっ。咆哮だけで体が吹っ飛びそうになる……!



「バハムート、蹴散らしなさい」

「ッッッ!!!!」



 ッ!? 速ッ──!

 反射的にしゃがみこむ。暴風と風を切る音が真上から聞こえ、ゼロコンマ数秒で背後から爆発音と地響きが響いた。

 肩越しに振り返ると、地面が数十メートルに渡って抉れている。バハムートは既に体勢を整え、再び俺を睨みつけていた。

 あの巨体でなんつー速さだよッ。初速から新幹線並か!



「へぇ、今のを避けるのね。さすがだわ」

「生憎、フィジカル極振り魔法少女でしてね……!」



 だけど、これはチャンスだ。バハムートは俺の後ろ。今ビリュウさんは1人。本体を倒せば、バハムートも消えるはず……!

 しゃがんだ体勢から、勢いよく地面を蹴りビリュウさんへ接近。

 これは勝ち負けじゃない。油断したらマジで死ぬ……! なら、俺も殺す気で行かないと!

 勢いのまま拳を硬め、ビリュウさんの腹部に向けて放つッ。



「直線的な攻撃……わかりやすいわね」

「──え?」



 あれ。ビリュウさん、なんで逆さまになって……。



「ガッ!?」



 えっ。痛い。背中いってぇ……! 肺の空気が押し出されて……!

 まさかさっきの、ビリュウさんが逆さまになったんじゃなくて……俺が投げられたのか……!?



「私は小さい頃から、最強を義務付けられてきた。徒手格闘術、刀剣格闘術、銃器格闘術……あなたのようなド素人には負けないわよ」

「くっ……!」



 背中はまだ痛い。けど、このまま寝てる訳にもいかない。

 急いで立ち上がってビリュウさんから距離を取る。

 強い。いや強すぎる。磨き抜かれた強さ、こんなにも圧倒的なのか……!

 誰だ、彼女を失敗作とか言ってる馬鹿野郎は。強さの完成系みたいな人じゃねーか……!!

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