ひたくれなゐ――小説・齋藤史 🌹

上月くるを

第1話 序章――ちゃぼと暮らす宮中歌会始の召人歌人 🐓


 

 その独自の高い芸術志向性ゆえ、写実的&生活密着型の男性王国・アララギから「邪道短歌」と謗られながら、のち女性歌人で初めて日本藝術院会員に推挙され宮中歌会始召人にも召された齋藤史さんを長野のご自宅にお訪ねしたのは一九九五(平成七)年の初夏、詩歌文学史に竹帛之功ちくはくのこうを残されての天寿全うより八年前のことです。


 じつはそのとき筆者は仕事上のゆきがかりから日本☆◇家協会内の純文学VS大衆文学の内紛に巻きこまれており、ヤンチャな(笑)後者の若手作家連から同会報に“悪徳編集者”として実名で糾弾されるなど最悪の評判の時期に当たっていました。その渦中の最中の厚かましい訪問でしたので、門前払いを覚悟でうかがったのです。



      *



 呼び鈴を押すと、上背のあるスレンダーな肢体に紫のレースのショールを羽織り、可愛がっている鶏(ちゃぼ)の一羽を抱いたご本人が玄関先に現われました。眼鏡の奥からじいっと当方を観察したのち「あなた、いろいろ大変みたいね。ま、いいわ、お上がりなさい」さすがは大物、肚が据わっていらっしゃる~と感銘を受けました。


 ひとたび打ち解ければ朗らかな話し好きで、ご尊父・瀏さん仕込みの落語めいた話がぽんぽん飛び出します。短歌の名人がこれほどの座談上手とは存じ上げず、胡散くさい(笑)相手まで楽しませようとしてくださるお心持ちがうれしくて、義に厚い古武士のような大先輩のお膝元に寄せていただけた幸運にひたすら感謝いたしました。



      *



 ご案内くださった書斎のアンティークな揺り椅子の膝の上にのせていらしたのは、齋藤家歴代の何代目かに当たるボス鶏さんだそうで、夜は外の鶏小屋でやすみ、朝になると、配下を引き連れ、一列縦隊で母屋の史さんのベッドまで挨拶にやって来る。ひととおりコケコッコーが済むと、また行儀よく並んで小屋へ帰ってゆくとのこと。


「うちは父が軍人だったでしょう。官舎の母屋のつづきに馬小屋があったし、犬や猫はもちろん、兎やモルモットもいてね、いつも動物と家族として暮らしていたのよ。だからね、この子たちがとことこ母屋に入って来たときも、あらまとは思ったけど、思っただけ。お行儀よくて、ここで粗相はしないの」と笑っていらっしゃいました。


 この話をすると「犬猫じゃあるまいし、まさか」と一笑に附されるか、なかには「失礼ながら相当なご高齢なんでしょう。妄想が入っているんじゃないの?」そんなご無礼を率直に口にするひとまでいましたが、その、まさかのまさかだったのです。もっとも、お伽の国はピュアな心の持ち主にしか見えないそうですが……。(^_-)-☆

 


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――矮鶏ちゃぼ抱けば猫よりかろく淡白にて 鳥はさびしき生きものらしき

  われのベッドに坐りたくてならぬ雌鶏の してやつたり今日卵産みたり

                      (以下、齋藤史さんの短歌)




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