第7話  京谷の企み


 蝋燭ろうそくの灯りしかない薄暗く長い廊下を歩いて行くと、重厚で大きな扉が眼前にそびえ立つ。その扉を開くと、さらに暗く不気味な雰囲気が漂う大きな広間が存在した。


 広間へと足を踏み入れた京也は眉を寄せる。


 たくさんの魔族たちが目の前を通り過ぎて行くのを不快そうな顔で京也は睨んだ。

 京也のことを発見した魔族がこちらへと向かってくる。


「京也殿、珍しい。このような席には滅多におられないのに」


 その魔族の話し方から、嫌味だとすぐにわかる。


 京也は気まぐれで、魔族の集まりには滅多に顔を出さない。

 それをよく思っていない連中がいることも知っている。こいつもその一人だろう。


「まあ、たまには出席しないと、魔王様にお叱りを受けますので」


 面倒くさいので適当にあしらおうとする京也だったが、懲りない魔族は余計な発言をしてしまう。


「そうですね、魔王様も心が広いとはいえ、限度がありますから」


 京也は鋭い眼差しでその魔族を睨んだ。

 すると命の危険を感じたのか、その場から急いで去っていく。


 京也のことは恐れているらしい。

 確かに先ほどの魔族は京也とはレベルが違う。数秒とかからぬうちに灰にできる力が京也にはあった。


 去り行く魔族を見つめながら、京也は肩をすくめた。


 そのとき、その場にいた魔族たちが一斉にひざまずいた。

 京也も皆にならって跪く。


 暗闇の中から魔王が姿を現した。


 ゆっくりとした動作で歩いていくと、王座に座って皆を見渡す。


 魔王から発せられる、邪悪な気やオーラが辺りを包み込む。

 空気は張りつめ、緊張が高まった。


 皆は静まり返り、魔王の言葉を待つ。


「……京也、ここへ」


 魔王がそう発言すると、その場にいる魔族たちが一斉に京也の方へ意識を向ける。

 京也は平然と魔王の側へと向かうと、魔王の前で跪き頭を垂れた。


「最近、私の可愛い配下たちが次々と消えていく。おまえの付近に放った配下だ。何か知らぬか」


 魔王が京也を見下ろす。

 その瞳は深い闇の色をしていて不気味な光を放っている。見つめられた者は恐怖で動けなくなる程に。

 しかし、京也にはまったく何の影響もなかった。


「魔王様、最近、私の周りで白い剣を手にした少女が現れ、魔族を倒すという噂を耳にしています。そのことではないでしょうか」

「ほう……で、おまえはその少女のことを何も知らないのか」

「はい、調べてはいるのですが。私の方では何も」


 京也は嘘をついた。

 少女の正体はあゆだと知っている。

 しかし、あゆを観察しているのが面白くて、魔王には隠していた。

 

 京也にとって魔界の暮らしも人間界の暮らしもとてもつまらないものだった。


 彼ほどの実力を持つ魔族となると、魔界の中でも彼を楽しませてくれる者はそうそう見つからない。

 京也にはそもそも出世欲もなく、魔族同士の争いにも加わっていない。

 人間界での仕事も適当にこなしているだけで、どこかものたりなさを感じていた。


 そんな中で唯一の楽しみがあゆだった。


 はじめはあゆのことを普通の大人しい女子高生だと思っていた。

 しかし、京也が狙ったターゲットの前に現れたあゆを見たとき、すごく興味を引かれた。

 普段のあの姿から想像できない態度と強さ。そして、戦いの中で見せる美しさ。見ているだけで京也の目をくぎ付けにしたのだ。


 さらには、あゆをからかう楽しさを覚えてしまった。

 他の人間より反応がよく素直なあゆは京也のいたずら心を満たしてくれる。

 人間界の暇つぶしにはもってこいの相手だった。


 とにかくあゆほど京也の心を捉えて離さない人物はいなかった。


「そういえば、次に狙う人間。私にお任せいただけますか」


 京也が進言すると魔王が驚き感心した。

 こんなに積極的に自ら発言するのははじめてだったからだ。


「京也にしては珍しいな、いいだろう。任せよう」

「ありがたき幸せ」


 下を向く京谷は口の端を上げた。






 その頃、須藤は家でくつろいでいた。


 彼の部屋は特に変わった物はなくごく普通の一般的な部屋だった。

 古めかしいレコードの機会が置いてあることを除いては。


 レコードの機会からは、クラッシックの穏やかなメロディーが流れていた。

 その音楽に耳を傾け、ソファーにゆったりと座りコーヒーを一口飲む。

 少しの眠気を感じ、須藤はのんびりとあくびをした。


 ふと足元に気配を感じた須藤は視線を移した。

 そこには、いつの間にか行儀よくお座りしたチワがこちらを見つめていた。


「やあいらっしゃい、チワさんでしたっけ?」


 チワが小さな体でお辞儀する。


「この前はありがとうございました」


 ゆりあとの戦闘のあと、ぼろぼろになったあゆの怪我を治療し、家まで運んでくれたのは須藤だった。


「いえいえ、当然のことをしたまでですよ。天界のために頑張ってくれている木立さんには感謝しています」

「まさかあなた様が下界にきているとは思わず、驚いております」


 須藤は天界ではかなり位の高い天使だった。

 本来なら下界に降りてくることはない。それほど、今下界は非常事態だということだ。


 チワの言葉に頷き、須藤は真剣な眼差しを向ける。


「それだけ強い魔族がこちらに来ているということです。

 私はあなたたちを見守る役目として使わされました。

 しかしこちらのことに手出しはできないので、戦うのは木立さんに任せるしか。 

 ……すみません」


 チワも須藤も目を伏せた。


 自分たちではどうすることもできないことを、あゆのような少女に押しつけていることに、心を痛めていた。


「大丈夫です。あゆはああ見えて強いんです。かならず魔族を倒してくれます」


 チワが誇らしげに言うと、須藤は優しい微笑みを向ける。


「そうですね、木立さんは優しくて強い人です。大丈夫」


 須藤はチワを優しく撫でた。






 美咲は焦っていた。


 どうしよう、大地があの女に取られたら。

 私の方が絶対いい女なのに。

 顔だってスタイルだってあの女よりまさってる。


 あんな女のどこがいいわけ?

 いつも下向いて自信なさげで、あんな陰キャ女になんか負けない。


 大地のこと大好き、誰よりも好き。絶対に負けない自信がある。

 

 でも、大地のあの顔……なんだか嫌な予感がする。

 

 どうしよう。


「助けてやろうか」


 どこからともなく声が聞こえてきた。

 美咲は辺りを見回すが誰もいない。


「おまえの心に直接話している。よく聞け」


 頭に直接響くような声に美咲は戸惑い頭を抱える。


「大川大地の気持ちをお前に向けさせてやる。その変わりおまえの純粋で綺麗な魂をいただく。

 これは取引だ、どうする?」


 美咲は突然のことで混乱していたが、ひとつだけはっきりしていたことがある。


「大地が私を好きになってくれるの?」


 そのことだけが美咲の気持ちを捉えて離さない。ずっと願っていたことだったから。


「そうだ、取引するか?」

「もちろん。大地の気持ちが手に入るなら何でもする、何でもあげる!」

「成立だな」


 その声を最後に何も聞こえなくなった。


 美咲は興奮していた。

 大地の気持ちを手に入れることができる……嬉しかった。


 しかし、それと同時に心に違和感を感じる。

 何か大切なものを無くしてしまったような……。

 

 それが何なのか、美咲にはわからなかった。







読んでいただき、ありがとうございます!


次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/


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