第6話  それぞれの思い


 なんだか、あゆの体に傷が増えている気がする。


 大地はあゆを観察していて、前から不思議に思うことがあった。

 あゆの体にはいつの間にか複数の傷ができていることがある。


 今回は結構な数のようだ。

 これは確認した方がいいのだろうか。

 何か危ないことに巻き込まれている可能性だってある。

 だったら俺にも何かできるかもしれない。


 大地がじーっとあゆを見ていると、いつの間にか大地の隣に現れた美咲もあゆを見つめはじめる。


「わっ、なんだよ! びっくりした」


 美咲に気づいていなかった大地が驚く。


「何見てんのよ」


 美咲がジロっと大地を睨んだ。


「な、なんでもねえよ」


 大地は慌てて美咲から視線を逸らす。

 美咲が疑いの目を向ける中、大地はあゆのことばかり考えていた。






「はあ~っ」


 大きなため息をつきながらあゆは一人廊下の壁にもたれかかる。


 あゆは疲れていた。

 さすがに何日も学校を休むわけにはいかないので出てきたが、やはりまだ傷が痛む。


「木立さん、大丈夫?」


 ふと声をかけられ振り返ると、京也が笑顔でこちらに向かってくる。

 なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 あゆは京也の相手をしないといけない現実にげんなりしながら返事をする。


「ああ、うん、大丈夫」

「あまり無理しないで、体大切にね」


 それだけ言うと京也は去っていった。

 珍しく優しい京也の対応になぜか寒気がした。


 いったいどうしたの? 何か企んでる?


 あゆは去り行く京也の背中を訝しげに見つめ続けた。


「なんなの……」




 そう、困るよ。

 こんなことぐらいでやられてもらっては。まだまだ楽しませてくれないと。


 京也は振り向いてあゆに手を振る。

 嫌そうな表情をするあゆが面白くて、微笑んだ。






 ゆりあは久しぶりに気分が晴れやかだった。


 ここ何日間か、気分がすぐれない日が続いていたが、今日はとても清々しく感じる。


 昔から自分の容姿にコンプレックスをいだき卑屈になることが多かった。年々それが激しさを増し、最近では他人へのねたそねみが酷くなっていることに自分でも気づいていた。


 ずっと他人のせいにしていた。


 自分に自信がないのも、こんな性格なのも、全部。

 みんなが私をいじめるから。

 人が私を否定し、酷い言葉を浴びせ、罵ったり、さげすんだり。

 そんな風にみんなが私を扱うから、だから私はこんな人間になってしまった。


 ……そう思っていた。


 ありのままの自分から目を逸らし、綺麗になれば自信が持て、きっとみんなから好かれ、幸せになれると信じていた。


 悪魔が現れたのは神様からのプレゼントだと思った。


 今まで散々苦しんできた私へのご褒美だ。

 これでやっと幸せになれる。

 そう信じて疑わなかった。


 でも、容姿が変わっただけで私は何も変わっていない。

 自信がなくて、卑屈で、人を妬む。今までの嫌いな自分、そのままだった。


 本当に変えるべきは私の心。


 そんなこと、気づいてた。気づいてたけど……もう引き返せなかった。



 そんなときが現れた。


 彼女と戦う中で、私の答えははっきりしていった。


 彼女の戦う姿になぜか心が動いた。

 彼女は全身全霊で私にぶつかってきた。必死に心に訴えてきた。

 なぜだろう……彼女の言葉は私の心に突き刺さる。


 きっとわかってたんだ……心の奥では。


 このままではいけないって。


 本当の自分から目を逸らし、誰かのせいにして逃げ続ける。

 自分が一番わかってた、そんなことしていても何も変わらないんだって。

 

 わかりながらも逃げる私に真正面から体を張って教えてくれたのが彼女だった。

 

 もう逃げるな、変われと。


 そしてあの剣でつらぬかれたとき、すべて解放された気がした。

 負の感情が解き放たれ、生まれ変わったような気がしたんだ。


「ありがとう」


 ゆりあの頬を涙が伝っていった。


 これからはありのままの自分と向き合って生きていくよ。

 弱さと向き合い、少しずつ強くなる。

 そして本当の強さを手に入れるんだ……あんたみたいに。



 ゆりあは誰かと肩がぶつかった。


「ご、ごめんなさい」


 小さな声で遠慮がちに謝った女生徒はぺこりと頭をさげる。


 おさげの髪が似合う大人しそうな女の子だ。

 眼鏡越しに目が合った。


 なんだろう、不思議な感覚。この子、どこかで会ったことある。


「あの……」


 ゆりあが声をかけようとしたそのとき、


「おはようございます」


 新任の須藤先生が二人に声をかけてきた。


「ゆりあさん、担任の樋口先生が探しておられましたよ」

「……そうですか、ありがとうございます」


 ゆりあは女生徒のことを気にしつつ、仕方なくその場をあとにした。


 曲がり角でもう一度振り返り、女生徒を見つめる。

 気のせいだよね……。


 見かけも雰囲気も全然ちがうし。


 でも、なぜか気になった。


 だって、似ていたから。私を変えてくれたあの少女に。






「痛々しいですね、その体」


 二人きりになった須藤があゆに向かって微笑んだ。

 あゆは訝しげに須藤を見る。


 まだあまり話したこともないし、親しいわけでもない。

 だが、妙にいつも見られているように感じるのはなぜだろう。

 あゆは警戒しながら小さく返事をする。


「お、お気遣いありがとうございます」

「無理はしないでください」


 須藤があゆの頭に手をポンと置く。

 あゆは驚いて須藤を見た。

 いつもの優しい微笑みがそこにはあった。


 こんな風に誰かに頭を撫でられるのはいつぶりだろう。

 あゆは気恥ずかしくて俯いてしまう。その顔はみるみる赤くなっていった。


先公せんこうのくせに何してんだよ!」


 廊下中に響きわたる程の大きな声がとどろいた。


 二人が振り向くと、そこには同じクラスの大地がすごい目でこちらを睨んでいた。

 そうとう怒っている様子で二人に近づいてくると、須藤の腕を掴んだ。


「生徒にこういうことしていいのか?」


 大地が睨んでも平然としている須藤。

 柔らかな微笑みを大地に向ける。


「お気にさわったのならすみません。どうも私は節度がないようで。

 木立さんは一生懸命で頑張り屋さんなので、つい」


 大地のこめかみ辺りに血管が浮きでるのが見えた。


 あゆはこの場から逃げたかった。

 なぜ私はこんなことに巻き込まれているのだろう。


「そういうことを教師が言っちゃ駄目だろうがっ」


 大地の怒りが頂点に達しようとしているとき、あゆの恐怖は頂点に達していた。

 あゆの顔が青ざめていく。

 その様子に気づいた須藤がわざとらしく言った。


「あ、そうそう。私、教頭先生に呼ばれているんでした。今思い出しました。

 では、急ぐのでこれで」


 須藤はさっさとその場から離れていく。


「あ、てめえ、逃げるな、話は終わってねえ!」


 大地が須藤の背中に叫ぶ。

 須藤は二人にひらひらと手を振るといなくなった。


「逃げたな、あの野郎……」


 大地はまだ怒りが収まらない様子で須藤の消えた場所を睨んでいる。

 あゆはこの場から早く去りたかったが、恐くて足が動かなかった。


「……大丈夫なのか、体」


 大地が静かに口を開いた。

 さっきの口調とは違う優しい声音だったので、驚いたあゆが顔を上げる。


 あゆと大地の瞳が交わる。

 

 そう言えば、あゆは大地のことを怖がってばかりで、しっかりと目を合わせたこともなかった。

 こうして見ると、優しい目をしているんだなとあゆは改めて感じる。


 あゆがじっと見つめてくるので、大地の顔が赤くなっていく。


「な、なんだよ、そんなにじっと見るな」


 照れて顔を背ける大地は全然怖く感じなかった。

 なんだか可愛くさえ思ってしまったことにあゆは驚いた。


「で、おまえ、その体どうしたんだよ」


 大地はあゆの傷だらけの体を心配してくれているようだった。

 大地がなぜあゆを心配するのか不明だが、あゆはなんだか嬉しくて、暖かい気持ちに包まれる。


「大丈夫です。これは私の不注意で、心配いりません」


 まともに大地と会話したのが初めてだったので、緊張して声が震えてしまった。


「そんなに俺、恐いか?」


 大地があゆの顔を覗き込む。

 なんだかすごく不安そうで、迷子の子犬のような大地の瞳にあゆは笑ってしまう。


「ふふ、もう恐くないです」


 あゆの笑顔を見て、大地も嬉しそうに笑ったが、ふと我に返った。


「ってことは今まで恐かったんじゃねえか」

「だって、恐そうにしてるからいけないんですよ」

「そうか? 俺普通だと思うけど」

「そう思っているのは本人だけなんじゃないですか」

「なんだと?」

「大丈夫です、もう私は恐くありません!」

「はいはい」


 あゆは不思議だった。

 こんなに自然に話せるのはチワくらいで、人とこんな風に会話できたのははじめてだった。


 いや、小さい頃のあの男の子以来かもしれない。


 あゆが大地を見ると大地は優しく見つめ返す。

 あゆは人と目線を合わせたり会話することが苦手だったが、大地は全然嫌じゃない。

 

 むしろ心地よかった。こんな感情はじめてだ。

 




 二人の様子をずっと見つめていた人物がいた。

 大地のことを探しにきた美咲だった。


 彼女の心は酷く乱されていた。


 あんな優しい顔、見たことない。

 大地の優しさは知っていた。悪ぶってるけど実はすごく優しい大地。

 私だけが彼の優しさを知っている、そう思ってた。


 ずっと好きで、好きになって欲しくて……。

 どんなに拒否されてもあきらめず、傍で気持ちを伝え続けた。


 たまに大地はあの女を見ているときがあったけど、あんな女気にもしてなかった。

 私の方が絶対大地を好きだし、大地に相応しい女は私だけ。


 まさか大地、あんな女に本気じゃないわよね。


 そんなの絶対許さない。


 美咲は二人の姿を見つめながら、悔しそうに唇を噛み、ギュッとこぶしを握りしめた。





「へえ、あの女、使えそうだな」


 暗闇の中から姿を現した京也は美咲を見つめつぶやいた。


 楽しそうに笑い、手に持っていたリンゴを掌の上で転がし遊んでいる。


 ふとあゆに視線を送る。

 楽しそうに大地と話しているあゆの姿が目に入った。


「俺のおもちゃだったのに、……ちょっとムカつくな」


 持っていたリンゴがぐしゃりと潰れた。


 珍しく京也の瞳の奥に感情がくすぶっている。

 しかし、京也自信それに気づいていなかった。


「さて、呼ばれているし、そろそろ行こうかな」


 京也は面倒くさそうに伸びをしてから、闇の中へと消えていった。







読んでいただき、ありがとうございます!


次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/


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