第八話 かっぱらっぱかっぱらった
一夜明けた。
俺は魔法使いさんに一宿一飯の礼を言って東京タワーから降りた。
辺りの景色が一変していた。
老朽化していたビルが津波に耐えられなかったらしい。
見渡す限りビルが折れたりして平たくなっていた。
銀座に戻って見たら、本屋ビルが無かった。
三階の部分だけが水の上に岩礁のように突き出ていて、四階から上が無くなっていた。
お、俺の蔵書が……。
読みかけのSFが……。
茫然と立っていたら潮が満ちてきて残った部分を水没させた。
寝るところも無くなった……。
ふらふらと神田へ泳いで行った。
書泉も三省堂も崩れていた。
ああ、俺はこれからどこで本を調達すれば良いのだ……。
お茶の水に一軒生き残ったビルがあった。
楽器屋だった。
トド夫がのそのそと出てくる所だった。
「やあ、河童くんお互い酷い目にあったねえ」
「トド夫はまたギター?」
「そうとも、大波でまた無くしてしまってねえ。でもここにはもう生きてるギターが無いねえ。これから川崎とか横浜まで行くつもりだよ」
まったく大変だよ、と、大変そうでない口調でトド夫は言った。
楽器屋のビルに銀色のラッパがディスプレイされていた。
引っこ抜いてみるとさびも無いしマウスピースもついているちゃんとしたラッパだった。
「河童くんはラッパをふけるのかい?」
「一曲だけ」
「そうかい、じゃあ、ギターを見つけてきたらセッションをしようではないか」
「ああ、いいね……」
トド夫は手を振って横浜方面へ泳いで行った。
俺はラッパをかっぱらって銀座へ帰った。
潮が引いて頭を出した本屋ビルの残骸の上で、俺はラッパを持ってぼんやりと佇んでいた。
「たいへんだよー、いっぱい仲間死んだよー」
結がばちゃばちゃと音を立てて泳いでやってきた。
五千人いた人魚が今は三百人ぐらいしか生き残っていないらしい。
みんな見物にいって原子の炎に焼かれたそうだ。
建国二日目で人魚帝国は崩壊した。
残ったのは秋葉人魚村だ。
馬鹿馬鹿しい限りだ。
俺はラッパに息を吹き込んだ。
ぷうとラッパが鳴った。
息が金属管の中で音楽に変わった。
色を変え始めた夜空に向け高らかにラッパが鳴る。
俺の吹けるただ一曲を吹いた。
やけくそのように俺はラッパを吹いた。
吹きながら人魚姫の死を悼んだ。
ムラサメの中の人間の死を悼んだ。
陽気な楽曲に鎮魂を込めて俺はラッパを吹いた。
悲しくて馬鹿馬鹿しくてもうどうでも良くて。
ラッパを吹いた。
河童なんかラッパを吹くぐらいしか出来ない。
ただひたすらに肺の中の空気を音楽に変え続けた。
結がきゃあきゃあ言って手を叩いて喜んだ。
ラッパの音は高く高く昇っていった。
かけ始めた月が静かにラッパの音に耳を傾けていた。
とてちてた~。
(了)
かっぱかっぱらった 川獺右端 @kawauso
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