第四話 人魚帝国建国記念大会

 どーんと後楽園ホールが鳴動して人魚帝国記念大会は始まった。

 空には満月。海面に突き出た後楽園ドームの中は薄いブルーの化繊布が縦横に張り巡らされライトアップされ空に向けてサーチライト大型スピーカーから軍歌っぽい人魚帝国の国家がガナリガナリと鳴り響く。

 バックネットの前に高いステージが設置されていて人魚姫はアイドル歌手のごとくスタンダップ。球場内を埋め尽くすは約五千人の獰猛な人魚、ナゼカはしらないけど、女ばっかり。

 来賓はアルプススタンドに三人。


 俺。

 トド夫。

 魔法使い。


 なんだかなあというかんじ。

 眩しいライトに包まれていると一度ここへ野球を見に来た災害前の想い出を蘇らせたりして、前の座席の背もたれに肘をついてぼんやり。


 結がびょんびょん下の方で跳ねていたので、行ってみるとお盆に飲み物とホットドックを乗せて階段を跳ね上がっていた。


「御馳走……」

「ちがうっ! これは前菜というかー、あれだよ、姫の演説とかセレモニーの間の食べ物飲み物だよ。本当の御馳走は大会の最後にあるんだっ」

「そうか、一瞬がっかりしたが持ち直した」

「というか、お前が奴らに運べ。私は跳ねるのに疲れた」

「結は昔人間だった可変型人魚だろ。足出せばいいじゃん」

「出し方忘れた。と言うよりも尻尾を足に変えたら素っ裸だぜ。恥ずかしいじゃんよ」


 ちなみに人魚形態の結はポッシェット以外の物を身にまとっていない。


「人前で生殖穴広げておいて、全裸がはずかしい?」

「あれとこれとは、あのその、違う」


 結は真っ赤になった。

 お、なんか可愛い。


「今度人間形態でこの前と同じ事してみてくれ、慰められてやる気になるかもしれん」


 結は真っ赤になって、お盆を階段に置き、胸を抱いて丸くなった。


「え、エロイ事をいうんじゃない、貴様ーっ!」


 想像して悶絶したらしい。

 オモロイな。

 ふーっと怒気をはらんだ声が混ざり始めたので、慌ててお盆を取った。


「じゃ、これは運んでおく」

「今度エロイ事言ったらお客でも喰ってやる!」


 俺は三人前の料理の乗ったお盆を持ってアルプススタンドを駆け上がった。


「相変わらず仲が良いねえ」


 トド夫がふもっふと笑った。


「そんなことはない」

「河童と人魚の恋とはメルヘンだねえ」


 五年前もから事態はとてつもなくメルヘンだぞ。


「ギターはあったのかい?」


 トド夫はニヤリと笑って袋からギターを出した。

 多少埃を被っているが、弦は錆びてないし、良い感じの保存状態だった。

 ただ、トド夫の巨体からすると、比率的にウクレレっぽく見えた。


「石丸楽器店の倉庫にあったんだよ。結構色々な物が水を被らないであったよ」

「今度聞かせてくれよ」

「いいとも、来週にでも来たまえ」


 トド夫にホットドックと飲み物を渡した。


 魔法使いはセンタースタンドの真ん中に居た。

 真っ黒なマントに黒ずくめでバリッと固めて、いかにも魔法使いでございという感じだ。


「やあ、ごぶさたしてるね、河童くん」

「元気そうだね。魔法使いさん」


 魔法使いさんはにこやかに微笑んだ。

 彼は爽やか顔のロンゲのイケメンで東京タワーに住んでいる。

 ここらへんで最後に残った人類と言えるが、魔法使える奴が人類かというと微妙かもしれない。

 魔法使いなので、魔法で自給自足しているらしい。

 彼は、俺の運んできたホットドックにさっそくかぶりつき、目を笑わせた。


「あはは、魚肉ソーセージですよ」


 まあ、豚のソーセージは難しいかもなあ。

 真空パックか缶詰のソーセージならまだ残ってそうだが。

 レタスの代わりにワカメがパンに挟んであった。


 俺は魔法使いさんから三つ離れたセンタースタンドの真ん中に陣取った。トド夫がどすどすとやって来て、来賓三人はセンタースタンドの中段に集まって大会を見ることになった。


「しかし、大がかりですね。これだけ電気をつかうとなると、海中のシールドが大変そうですね」

「秋葉原に住んでるやつらだからなあ。電気技師の人魚が沢山いるんだろう」

「発電機を見せてもらったよ。管理棟の三階で、もの凄く沢山ブンブンいわせていたよ。燃料も沢山つかうだろうねえ」

「人魚は大所帯だからなあ。サルベージも盛んだし」


 来賓が適当な事を喋ってる下で、人魚姫がわんわんハウリングを効かせて演説をしていた。

 彼女は水色のビラビラしたドレスを着て、マイクを持っていた。

 小指を立ててマイクを持っているので、演歌歌手のようでもある。

 これまでの人魚の歴史とか、いかに人魚が人間に迫害されてきたかを切々と訴えていた。

 中央でひしめきあう人魚の大群が人魚姫のアジテーションに煽られ、うおおと歓声をあげる。


「あれだな、文化祭っぽいね」

「そうですか、僕は昔参加したマルチ商法の集会を思いだしましたよ」

「BGMは良いけど、コーラスは下手だねえ」


 来賓三人は単なる野次馬だな。


 行事はどんどんと進む。人魚のマスゲームとかを見て、あほくさくなって眠くなった。


「さて、大会もたけなわになりましたので、重大発表を行います」


 人魚姫が再びステージに現れた。

 ウオンウオンとハウリングが響く。


「我々人魚帝国は人間に対して宣戦布告を行いますっ!」


 はあ?


「人間なんかもう居ないじゃないかと思われる方もいらっしゃいますでしょうが、実は人間は力を蓄え、またこの地球を支配しようと虎視眈々と狙っているのです!」


 人魚姫の後ろのオーロラビジョンが明滅した。

 なんだか悪の海上秘密基地のような物が画面に映し出された。


「これが人間どもの最後の要塞、海上都市ムラサメです」


 うおおと会場がどよめいた。


「推定人口は約二万人、この海上都市の中に人間がひしめきあっているのです! 現在地は小笠原沖30海里。人魚帝国領土に向けて微速で進行中なのです!」


 隣の魔法使いがポケットから電子機器を出して素早く叩いた。


「本当だ、見てください」


 魔法使いの差し出したパソコン(?)のディスプレイにオーロラビジョンの物と同じ物が映っていた。


「僕の偵察衛星の映像です」


 あんたは何を拾って使ってるのかね。

 夜の海を行く海上都市ムラサメは科学で作られた亀のバケモノみたいだった。

 チラチラと光が明滅し、動いていた。


「実在するんだねえ」


 トド夫がのぞきこんでそう言った。


「二万人は法螺かもしれませんが、確かに人は居るようです」


「でもご安心下さい。当方に迎撃の用意ありですわ」


 人魚姫が片手をあげると、クレーンが腕を振り、海中から黒くて葉巻型の大きな物が引き上げられた。

 魚雷……かな?


「米軍基地からサルベージした核魚雷です。我々は核の炎で侵略者どもを焼き払うのですっ!」


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る