第3話 先輩

ジリジリと鬱陶しい目覚ましを止めながら僕は起き上がった。4月23日の時刻は午前の6時。


「もう……朝か……」


 重たいまぶたを擦りながら2階にある自室を出てギシギシなる階段を降りる。そしてパジャマから私服に着替える。今日は金曜日で仕事に行く日であるがうちの会社は例外を除いて私服である。


「弁当は……良いかな。今日は食堂で買おう。それよりも結衣の朝と昼ご飯を作ろう……」


 一人呟き台所に立つ僕。手元には商品にならなかったと貰った形の歪なじゃがいもが転がっている。

これをサイコロ状に切る。そして豚バラ肉を入れて炒める。味付けはにんにくとオイスターソース、胡麻油で作ったもので今回の結衣の昼ごはんはオイスター炒めである。


オイスター炒めは簡単に作れて尚且つ美味しい。僕が良く作っているメニューだ。朝ごはんはパンとヨーグルトにサラダで完璧だろう。


 僕はなんだかいつもより楽しい料理の時間を過ごした。これが親の気分かと感慨深く思った。

 料理が終わった頃にはもう7時程、結衣は余程疲れているのかまだ起きてこない。


僕はずっと待っている訳にもいかないし、わざわざ起こす訳にもいかない為に置き手紙を朝食のパンと共に残す事にした。内容は昼ごはんの説明と5時くらいに帰るといった内容だった。




 僕が勤めている会社は村上飲料という企業である。従業員は2000名ほど。そして僕が所属している部署は企画部。主にコラボやイベントといった事をメインで行なっている部だ。


この部は人気がある年とない年がはっきりしており今年は人気が無く新人は僕だけだ。心細い。


 今日も今日とて与えられた自分のデスクに座る。そう言っても入社して1ヶ月も経っていない

 

 時刻を見ると8時。まだ少し早い。と言うのも今日の僕の仕事は過去のイベントとその効果をエクセルにまとめて上に送り今回行うイベントの予測効果を理解させるといった内容だ。で、その肝心な過去のイベントのデータを先輩に持ってきてもらう予定なのだがその先輩はまだ来ていない。


 僕はとりあえずPCを起動させてパスコードを打ち込んでいた。今日も何処かの絶景が僕を迎えてくれる。そんな時に肩を肘で叩かれた。


「山村……早いな。持ってきたぞ」


 そう言って先輩は過去の資料をどっさりとデスクの上に置いた。薄い紙のはずなのに積み上がって10cm程の高さになった資料を見ながら僕は思わずため息をついた。


「多いですね……」

「当たり前だ。これまでかなりのイベントを行ってきたからな」


この人は上本春奈さん。28歳の身長は170cm程と高い独身の僕の先輩だ。


「これ納期いつまでですか?」

「企画説明会が来週の木曜だから火曜の午前までに出せ」


「了解です。やっておきます」


 そうして僕は資料を一枚取ろうとしたところで先輩に止められた。この人結構握力強い。

何だ? と思い振り返るとそこには笑顔の先輩が居た。


「この仕事、二人でやった方が効率が良いだろう?」

 

 どうやら先輩は資料の内容を読んでくれるらしい。それを僕がセルに代入してグラフを作り上げる。そうしたいらしい。先輩は何だか誇らしげな顔をしている。しかしこれはつまり……


「先輩……サボりですか? あなたの仕事は?」


「ん? あぁ、そこにまとめて置いたぞ?」

(最悪だ、この人)


 どうやら先輩の分の仕事も僕が引き受けてしまったらしい。けど新入社員の僕は何も言えない。黙って作業を始めた。ただPCをカタカタと打つだけの。



 資料を作り始めてどのくらいが経っただろうか? 2人でやる分には効率は非常によく用意していたセルもかなり埋まってきた。合計値などは後でセルの端っこ引っ張れば一瞬で出せるので今は良い。どちらかと言うと問題は腹だ。もう既に12時ほど、飯時だ。


「先輩! そろそろご飯にしませんか?」


「別に良いぞ? 丁度、私分の仕事は終わったしな」


「先輩! 奢ってください」

「何で私が? 理由がないだろ?」


 最早理由しかない気もするのだが気の所為だろうか? 

もう良いから僕は無理矢理先輩を食堂まで引きずって飯を奢らせた。勿論高卒の胃袋を簡単に満足させられる訳がなく先輩に唐揚げ定食(790円)と天ぷら盛り合わせ(530円)、そして珈琲ゼリー(100円)を奢らせた。先輩は肉うどん(650円)を買っていた。


「うぅ……私の金が……」


「言ってしまえばあなたが悪いですからね?」


 僕たちは食堂のテーブルに腰を掛けて昼休憩を取っていた。因みにうちの会社は昼休憩といった概念はなく各自自由に取って良いし制限時間なども無い。その代わりに仕事のできない奴は絶対に昇進できない。


「と言うか珍しいな。いつも弁当だったろ?」


「偶にはこう言う食堂で食べたくなりません?」


「あぁ、そう言う事か。何と無く理解した。私も学生時代はそうだったなぁ」


 適当な言い訳でも騙されてくれるこの先輩はやっぱり少し馬鹿かもしれない。いや、実際に馬鹿なのだろう。けれども仕事は笑える程にできる。それがこの人だ。世界は理不尽だ。


「それにしても食べ過ぎじゃ無いか?」


 先輩は僕がむしゃむしゃ食べている料理達を見ながら言う。


「18歳なんで。これくらい食べれます」


「そう言えばそうだったな。お前、高校どこだっけ?」


「私立の広島聖峰です。そこから直でこの会社に来ました」


「あれ? そこかなりの進学校じゃ無い?」


 先輩は僕の嫌なところに気づいてしまった様だ。こうなれば説明するまで先輩は止まらない。ならいっその事話して置いた方が良いだろう。


「もう勉強が嫌になっちゃったんですよね……詰め込みすぎて爆発しちゃったんですよね……」


 乾いた笑みを浮かべる僕に先輩は何も言わなかった。僕としては笑ってくれた方が良いのだがそれも先輩の気遣いだろう。僕はさっさと唐揚げを口に放り込んだ。


「何ですか? 先輩、この手は?」


 ぽんぽんと僕の頭の上には先輩の手が乗っけられていた。そしてわしゃわしゃと僕の髪と撫でた。


「……やめてください。何だかバカップルみたいじゃ無いですか」


 僕は恥ずかしくなって先輩に言う。それでも先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべて止まらない。


「お前も頑張ってるよ」

 

僕はバレない様に目を拭いた。その後、部署に変な噂が流れたのは言うまでも無い。

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