7.呪いと秘匿

「ベロニカの晩年、と言っても結婚して五年たらずで亡くなったので、二十二歳ほどの時だったけれど、日記の最後の方はすでに正気を失っていたらしい。アンドリューやイザベラやその他への恨み言や呪詛らしい言葉が、乱れた文字で綴られ、不完全な魔法陣が殴り書きされていた」

 ユージーンが続ける。

「他の記録と照らし合わせると、それを見たアンドリューは王家にだけ事の顛末を語り、イザベラ・デュプリの減刑を嘆願した。それに魔導士に呪い除けもね」

「アンドリュー・ワイアットも呪われたのかしら?」

「それはなかったと思うよ。もし呪われても弱気になったアンドリューは魔導士に呪い除けを依頼していたしね」

 ベアトリスは考え込んだ。


「私が思うに、高祖父のアンドリューは元来気弱で情けない性格だったんじゃないかな。ベロニカに騙されたし、みすみす父親を死なせてしまっている。ベロニカもイザベラも不幸にして、それでも事件の真相を公にしようとしなかった」

 はっきりとユージーンは決めつけた。

「そしてベロニカの一年の喪が明けると、ベロニカを公爵家の系譜から外して再婚した。なんだかお粗末な話だと思ったよ」


「イザベラは十二年後に家に帰ってきたそうだけど、ベロニカの悪事を公にしなかったせいよね?」

「そうだね。けっきょくイザベラのベロニカ毒殺未遂事件の汚名はそそがれなくて、王家に世継ぎが誕生した恩赦で戻ってきたんだ」

「では、イザベラを縛り付ける呪いは誰がかけたのかしら?」

「それなんだけど」

 ユージーンは紙で真新しい封を施した文箱を持参していた。それは床に置かれていたが取り上げて、ベアトリスに見せた。

「これは君は開けてはいけないよ。中には呪いの魔法陣が描かれた羊皮紙が入っている。魔法使いか魔女に依頼したものだろう。『イザベラ』と書いてあるから、彼女へ向けたもので間違いない」


 ベアトリスの表情が曇る。

「ベロニカはやっぱりイザベラを呪ったのね」

 亡霊を見た当初、ベアトリスはベロニカに同情していたが、話を聞いた後ではデーティアのようにベロニカが薄気味悪くなってしまった。


「いいかい?これは君の『おばあさま』に渡すんだ」

 ユージーンはすでにデーティアの存在と秘密を明かされていた。


「総じて、ワイアット公爵家とカタリナ伯爵家とデュプリ伯爵家の三家の醜聞だったわけだ」

 だから、とユージーンは続ける。

「公にするには大きすぎた。ワイアット公爵家が口をつぐんでしまったからね」

 渋い顔をするユージーン。苦々しく思っているのだ。

「できれば君には関わって欲しくない。おそらくベロニカが縛られている原因は、彼女がイザベラにかけた呪いの代償だと思う。ベロニカは晩年には相当に邪悪になっていたから、解き放つことが最善の策とは思えない」

 ユージーンはベアトリスに

「くれぐれも『おばあさま』の指示を仰ぐように」

 とベアトリスに約束させて、文箱を渡して帰って行った。


 その夜やってきたデーティアは文箱を開けて頭を抱えた。

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