6.ベロニカと毒薬

 庭の東屋に用意されたお茶のテーブルには、ベアトリスが目をキラキラさせてユージーンに給仕する。側仕えの者は少し離れたところに待機している。この気取らない雰囲気が許されるのは、家族の間と自分だけという事実にユージーンは満足感を覚えている。


 お茶を給仕すると、ベアトリスは音が漏れない結界を張った。

「さあ、ユージーン。何かおわかりになったのでしょう?早く教えて」

 ベアトリスは率直に切り出した。

「ビーは私に会うことよりも、話の方が楽しみなんだね」

 笑いながらユージーンが揶揄うと、ベアトリスは少し頬を染めて目を伏せた。

「もちろん、ユージーンと会えるのは嬉しいわ」

「私もだよ。ビーのために書庫の本を漁ったんだ。かなり驚きの話が書かれていて夢中になってしまったよ」

 ベアトリスを見やると、好奇心を押さえるのに精一杯の様子が見て取れる。焦らしたら怒りだしそうだ。


 ユージーンは語る。


 件の巻き毛のイザベラ・デュプリ伯爵令嬢に迫害され毒殺されかけた、ベロニカ・カタリナ伯爵令嬢。彼女はイザベラ・デュプリ伯爵令嬢が修道院に封じられた後、ユージーンの高祖父のアンドリュー・ワイアットに嫁いで来た。嫁いで一年も経たずにアンドリューの父親は突然死し、彼がワイアット公爵家の主となった。ベロニカはワイアット公爵夫人に。

 二人は当初、大変仲睦まじかった。アンドリューは夫人を「ベル」と呼び、掌中の珠と慈しんだ。学園時代にイザベラ・デュプリに虐げられた時に守れなかった贖罪とばかりに。


 しかし三年が経ち、子供に恵まれないことをベロニカが気に病み始めた頃から、二人の仲は軋み始めた。

 ワイアット家の親戚達が自分の子を養子にと、打診し始めたこともある。

 ベロニカは口では何も言わないが、目に見えて萎れていった。そして度々体調を崩し、伏せるようになった。

 とうとう血を吐いて倒れた時、医者はベロニカが怪しげな薬を服用していることに気づいた。ベロニカ曰く、「子授けの妙薬」だ。

 数年に渡って服用していたために体を損ない、子供を授かれない体になっていた。


 ベロニカは狂い始める。

 数度に渡って狂言自殺を図った。五度目の服毒で、とうとう命を落とした。


 アンドリュー・ワイアットが驚愕したのは、その毒薬が卒業パーティーでイザベラ・デュプリが盛ったとされた薬だったことだった。

 強い毒で、ベロニカの内臓まで焼け爛れていた。


 アンドリューはその事実を公には伏せた。なぜなら事ここに至って、アンドリューの父親の毒殺説が浮上したのだ。

 調査が進むと、ベロニカが懇意にしている薬師がその毒を扱っていることがわかった。


 薬師を尋問すると、次々と思いもかけない事実が浮かんできた。


 アンドリューの父親を殺した毒は、薬師からベロニカに渡ったもので、彼女はその毒の残りを狂言自殺に使っていた。

 最後の毒は、イザベラ・デュプリがベロニカに盛ったとされたものと、やはり同じだった。

 薬師の証言ではベロニカに依頼されたもので、卒業パーティーではイザベラが用意したものではなく、ベロニカが彼女に渡したものだった。

 ベロニカは巧妙にイザベラ・デュプリを騙していた。


 ここからはベロニカが隠し持っていた日記にも書かれていた。


 イザベラ・デュプリが再三ベロニカを虐げていたことは事実だが、それを耐える健気な令嬢としてベロニカは自分を演出していた。


 たとえば

「イザベラに噴水に突き落とされた。だから彫像にぶつかって腕を切った。皆わたくしに同情していた。きっと哀れな様がアンドリュー様のお耳に入るだろう」

「やはりアンドリュー様が腕の怪我のことを聞いて来た。わたくしは目を反らして『自分で滑って落ちたのです』と言って涙を零して見せたら、イザベラに対してとても怒っていらした」

 卒業パーティーでの事件はこうだ。

「イザベラに『もうワイアット公爵に嫁ぐ自信をなくした。どうか救って欲しい』と縋って、わたくしに毒を盛って欲しいと依頼した。『一年ほど体調を崩す薬』と説明したら喜んで乗ってきた。もちろん、アンドリューの耳に入るように弱みを握っているサリア・アダンテ子爵令嬢に指示しておいた。どうかうまくいきますように。アンドリューが手に取れば、彼に夢中なイザベラはボロを出すだろう」

 といった記述があった。


 もちろん、アンドリューの父親に毒を盛った状況も細かく書かれていた。


 つまりは毒薬に関しては、全てがベロニカの自作自演だったのだ。

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