4.回廊の西と東

 その秋、ベアトリスは王立学園の高等部に進級した。

 高等部は中等部よりも人数が少なく、貴族科と庶民科の学生が入り混じっていた。


 昔は身分を笠に着て庶民を下に見る貴族が少なくなかったが、今ではそれは恥ずべき行いとされている。数年前に卒業した王家の三人、ベアトリスの兄のジルリア、姉のアンジェリーナとフランシーヌがその風潮を後押ししたので、礼儀正しい中にも規律を守った公平性が保たれている。


 ベアトリスが高等部の校舎に足を踏み入れた時、ひんやりした空気に髪の生え際がぴりりとするのを感じた。

 かすかな感覚だが妙に気になる。

 ベアトリスは放課後に学友たちと別れを告げると、警護の衛兵には門で待つように言いつけ、勘の赴くまま気配を探り歩いた。


 すぐに中庭に面する回廊にたどり着く。


 最初に目についたのは、午後の傾いた日差しを受けて透ける影だった。

 回廊の東北の片隅に立つ影は透けてはいるが、豪華な巻き毛の少女であることが見て取れた。

 そこへ歩き出すと、反対側からも気配を感じ振り返ると、西南の隅にも透けた人影をみつけた。

 対照的な真っすぐな髪の少女だ。


 巻き毛の少女と真っすぐな髪の少女は貴族らしいドレスを着ていた。

 ベアトリスは先日、デーティアから聞いた百年以上前の話を思い出した。


 まさか、あの巻き毛の令嬢が亡霊に?

 確かに無念を残しているだろうし、悪いことをしたのだから亡霊になっていてもおかしくない。

 しかし、反対側のもう一人の少女はなんだろう?


 ワイアット公爵家の婚約者ならば、幸せになったのではないのだろうか?亡霊になってとどまっているはずがない。


 とりあえずベアトリスは、東北の巻き毛の亡霊に近づいた。

 少女は東側の壁に顔を向けて立っている。


 ベアトリスは静かに波長を合わせる。


 実はベアトリスは魔力よりも霊力が強かった。

「だからロタンダと仲良くなったんだろうね」

 とデーティアが言っていた。

 亡霊と近しいということは死と親しいに同じなので、デーティアは強い護符になるペンダントを与えている。だからベアトリスは亡霊を恐れなかった。


 ベアトリスに亡霊の声が聞こえ始めた。

 少女の亡霊は途切れそうな弱弱しさで、嘆きを繰り返していた。


「なぜ?なぜなの?

 わたくしじゃないのに。

 わたくしじゃないわ。

 誰?誰なの?

 わたくしをここに縛る者は。

 離れたい。帰りたい」


 ベアトリスは少しだけ驚いた。

 この亡霊はおばあさまが話してくれた伯爵令嬢なのかもしれない。では、もう一人の亡霊は?


 ベアトリスは真っすぐな髪の少女の影に近づく。傍に行くと西の壁を向いていた亡霊が、急にぐりんと顔を向けた。ベアトリスの心臓が跳ねる。

 少女は涙を流していた。そしてベアトリスを見て話しかけてきた。


「ああ、やっと話を聞いてくれる人が来たわ。

 わたくし、呪われたの。

 わたくしは何も悪くないの。

 イザベラがわたくしを呪ったのよ。

 あなた、愛しいアンドリューに伝えて。

 あなたのベルはここにいるって」


 そしてふっと消えた。


 ベアトリスが振り返ると、巻き毛の少女の亡霊は相変わらず元の場所にいた。真っすぐな髪の、「ベル」と名乗った亡霊は姿を消したが、気配は同じ場所にあった。


 ベアトリスは急いで正門へ向かい、王宮に帰るとデーティアに手紙を書いて魔法の指輪で送った。

 その夜、デーティアは王宮へやってきて、まずはベアトリスにこってりと説教をした。


「いくら亡霊に強いからと言っても、自分から火の中に飛び込むことはないじゃないか!」

 デーティアは呆れている。

「でも、おばあさま」

 ベアトリスは抗議する。

「"呪われてる"って言っている巻き毛の亡霊は、もう一人を呪っているのよ。二人共百年以上、あそこに縛られて苦しんでいるんでしょう?」

「そこだよ」

 デーティアが指摘する。

「巻き毛の伯爵令嬢は、イザベラ・デュプリって名前だった。イザベラに虐められていたワイアット家の婚約者はベロニカ・カタリナ。その二人で間違いないだろうね」

「ね?そうでしょう?虐められたのに死んだ後も呪われるなんて可哀想だわ」

「ベロニカがかい?」

 皮肉っぽい口調でデーティアが言う。

「じゃあ、聞くけどね、イザベラ・デュプリを呪ったのは誰だと思う?本当にベロニカ・カタリナが可哀想なだけの小娘だったら、なんで死後も呪いに縛られるのか考えてごらん」

 ベアトリスははっとした。

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