3.おさげと癇癪

「ねえ、おばあさま」

 話をそらしたいベアトリスが質問する。

「おばあさまは短い髪だったけれど、なぜなの?いつからなの?学園時代はおさげだったのでしょう?」

「あたしが小娘だった頃の話を聞きたいのかい?くだらない話だよ」

「聞きたいわ」

 デーティアは笑って話はじめた。


「あたしは学園を十五歳で卒業したことは、もう話しただろう?」

「ええ、知っているわ」

「卒業してから、学園入学の後見人になってくれた魔女のルチアの手伝いによく行ったのさ。エルフの村と街や行商人との取引も任されていたしね。あたしはみかけは人間と変わらないからね」

 小さな耳を見せて言う。

「あれは四十代後半、四十七くらいの時だったかね。流れ者の旅商人の若造がうるさくつきまとっていたんだよ」

「もう、魔女になってからね」

「そう。魔法はかなり使えたよ」

「それで?それでどうしたの?」

 待ちきれないとばかりに先を急かすベアトリス。

「その頃は見かけは十五歳やそこいらだったね。初心な小娘だと思ったんだろうね。ちょっと甘い言葉をかければコロっとモノにできるような」

「今のわたくしくらいね」

 灰青色の瞳を瞬かせる。

「ある日、その男はあたしのおさげの片方を掴んでね、口づけして『可愛い人』とか『あなたの髪が私の心に火をつけたのです』とかなんとか歯の浮くような口上を始めた。全く、怖気を奮ったね」

 笑いだすベアトリス。


「あまりに頭にきて、癇癪を起したのさ」

 目を閉じて右手をひらひらさせる。

「ちょうど菜園の手入れをしていた時で、鎌を持っていてね、一向に放そうとしない片方のおさげを切ってやった。それでも癇癪はおさまらなくて、男の鳩尾を蹴り飛ばしたよ。男はあたしのおさげを持って尻もちをついて、目を白黒させてた」

 ベアトリスはきゃっきゃと笑った。

「それでもおさまらなくて、男が握っている髪を燃やしてやった。男は悲鳴を上げて這いつくばるようにして逃げて言ったよ」


 ベアトリスに片目をつぶって見せて続ける。

「翌日、男の親方が謝罪にきたけどね。親方は短くなったあたしの髪を見て驚いていたよ。男は手をひどく火傷していたようで包帯がぐるぐる巻かれていた。目も上げられないほど怯え切っていたものさ」

 くすくすと笑う。


「あの火傷が治るまでは、女を安易に口説いたり気安く触ろうとする気は起きなかっただろうさ」

「それからどうして短いままだったの?」

「なんてことないさ」

 デーティアは笑って言う。

「切ってみたら楽だったのさ。女衆の当たりはよくなったし、変わり者の魔女だって口説く男も減ったしね。何より手入れが楽だよ。ああ、早く切ってしまいたいね」

「おばあさま、でもあたしの…」

 ベアトリスは言いかけて口ごもる。

「あんたの結婚式までは切らないよ。十七歳になったら結婚するんだからね」

 頬を紅潮させて俯くベアトリスの頭を抱き寄せて囁く。

「幸せにおなり。可愛いビー」

 そして笑いながら付け加えた。

「本の中では悪女だろうと、ビーは優しい子だ。癇癪がおさえられればね」

 二人は抱き合って笑った。

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