喪服の見届け人

マスク3枚重ね

喪服の見届け人

「うっす!本日より配属されたカウリエルでーす。よろしくっすー」


だらしなく喪服を着崩したその年若い青年は挨拶も早々に欠伸をする。彼の指導官であるユミノエルは内心頭を抱える。


「その格好はなんだ?」


「え?格好とか別にいいっしょ?どうせ見えないし」


ユミノエルはかけているサングラスを上げ鋭い目をカウリエルへ向ける。


「悪いが私の部下になった以上、身なりはキチンとしてもらうぞ?」


「そんな怖い顔しないで下さいよぉ、ちゃんと着れば良いんでしょ?着れば」


カウリエルがカタツムリの様なゆっくりな動きでズボンにシャツを入れ出す。ユミノエルはため息を着く。


「今日からお前は見届け人として、仕事をしてもらう。この仕事はかなりキツイぞ?」


「いやいや、この仕事より優しい所は無いって皆言ってますよー?不公平だって!」


カウリエルはヘラヘラ笑いながら喋っている。


「では、なぜ皆やりたがらないと思う?」


「そんなのやりがいがないからでしょー」


ユミノエルがカウリエルの隣に立つ。


「確かにこの仕事はやりがいが無いかもしれない…だがお前も直ぐにわかるさ。では行くぞ?」


カウリエルは「へーい」と力なく返事をして2人は後ろに振り返る。辺りの景色は一気に変わり2人は畳の上に立っていた。古い家の中でゴミが散らばっている。その真ん中に7、80代のお婆さんが倒れている。ユミノエルがそのお婆さんを揺り起こす。お婆さんは目を覚まし身体を起こす。


「寝とってしまったようじゃ…お主ら誰じゃ?」


ユミノエルが口を開く。


「おはようございます。櫻子(さくらこ)さん。突然お邪魔して申し訳ありません。私達は見届け人です」


櫻子は片眉を上げる「あ?」っと聞き返す。するとカウリエルが耳元で大声を出す。


「だから!見届け人だって言ってんだろっ!耳遠いのか!?ばぁーさん!!」


するとカウリエルは櫻子に顎を思い切り引っ叩かれ吹っ飛ぶ。


「聞こえとるわい!!耳がどうかなっちまうわ!」


カウリエルはゴミの中で頬を抑えながら櫻子をあんぐりと口を開け見上げる。それを見たユミノエルは口を抑え笑いを堪える。


「ぷっ…いや…なかなかの腕前ですな櫻子さん」


「ふん!昔は合気道をやっとった!こんな鼻たれ小僧は瞬殺じゃ!」


櫻子がギロリと睨み、「ひ…」とカウリエルが後ずさる。笑いを抑えきれなくなったユミノエルは腹を抱え笑い出す。ひとしきり笑い櫻子に向き直る。


「いや、ありがとうございます。若い奴にはこれくらいしてやらないとですね」


櫻子が鼻を鳴らす。


「んで?見届け人とは一体何じゃ?宗教勧誘なら間に合っとるぞ?」


「いえ違います。落ち着いて聞いて下さい。貴女は先程お亡くなりになりました…そちらを」


櫻子が振り返り目を見開く。そこには櫻子が倒れていた。自分の手と目の前に倒れている自分を何度も見比べる。


「貴女は天寿を全うし、今日この日が櫻子さんの命日だったのです。大変お疲れ様でした」


ユミノエルはサングラスを外し、深々と髪の刈り上げられた頭を下げる。櫻子は目を瞑り、深くため息を吐く。


「そうか…通りで頭がはっきりする訳じゃ…ここ何年かはボケて何も考えられんくなっとった…」


櫻子は背を真っ直ぐと伸ばし正座をする。その姿勢は何処か優美で美しさすら感じさせる。


「お迎え、謹んでお受けします」


櫻子は三指を着き頭を下げる。ユミノエルはそれに習い正座をして頭を下げる。


「ご丁寧にありがとうございます。櫻子さんをお迎えするに辺り、貴女は記憶の旅、走馬灯を見る事になります。私達はそちらをご案内し最後に天国へとお連れします」


櫻子がゆっくりと頷き立ち上がる。ユミノエルとカウリエルも立ち上がり、2人は櫻子の隣に立つ。カウリエルは若干、櫻子から距離を取る。ユミノエルが櫻子に言う。


「私達に合わせて振り返って下さい。行きますよ。3.2.1…」


3人は同時に振り返る。古い家は無くなり一気に景色が変わって行く。そこは誰かの葬式場だった。櫻子は60歳位だろうか。手を合わせ涙を流している。遺影には優しそうなお爺さんが写っている。


「うちの旦那の光一(こういち)じゃ…膵臓癌だった…優しい性格だったが酒とタバコが大好きでな…良く2人で月を見ながら呑んだもんだ…」


隣に立つ櫻子も60代ぐらいになっている。だがその顔はとても寂しそうで、辛そうだった。


「そうでしたか…では次へ参りましょう」


3人はまた振り返る。また大きく景色は変わり、月が空に浮かび30代ぐらいの櫻子は男に縋り泣いている。男はだいぶ若いが光一だった。


「私の子供が…産んであげられなかった…う…うう…ごめんなさい…ごめんなさい…」


「すまんかった…う…俺が…居ながら…」


光一も泣いていた。隣の若くなった櫻子が口をつぐむ。涙を堪えているように見える。しばらく光一と泣く櫻子を見つめ、こちらに立つ櫻子が口を開く。


「子供は天国に行けたのかい…?」


ユミノエルはサングラスを指で上げ首を横に振る。


「子供は生きて産まれ落ちなければ、天国に行く事は出来ません…」


「だったら…私の子供はどうなったんだい!」


「心配なさらず、産まれ落ちる事が出来なかった魂は別の夫婦の間に産まれ落ちます」


櫻子は少し悲しそうな顔をするが笑顔を浮かべる。


「幸せに暮らしていればいいね」


「ええ…きっと愛想が悪く、だらしない奴に育ってますよ…」


カウリエルがハッと顔を上げユミノエルを見つめる。


「私の子がそんな風に育つはずがないだろ!」


「そうでしたね。櫻子さんの子供がそんな風になるはずがありませんでした」


「全く失礼な坊主だ!」


アハハとユミノエルが笑い、3人はまた振り返る。また場面が変わり、今度は道場で櫻子が大きな男を投げ倒しているところだった。櫻子はとても美人で若々しい。長い髪は黒く艶やかで立ち振る舞いは大和撫子の様だ。投げられた男は鼻の下を伸ばして倒れる。


「お強いですね」


隣に立つ櫻子は凛々しく儚げで美しかった。


「当然です。当時の日本は女性の立場が弱かった。私は悔しくて合気道を始め、華道、茶道を習っておりました。しかし、男共はそんな物は気にしていない。私がいくら強かろうが女性の腕を磨こうが、結婚をして子供を産ませることしか考えては居なかった…彼を除いて」


櫻子が目を向けた方には身体の線は細く、弱々しく見える。顔はだいぶ若いが光一だった。

彼は何度も自分より大きな男にかかって行ってはいなされ、転ばされていた。


「当時の私は弱い彼を軽蔑し、馬鹿にしていたのかも知れません。自分より立場の上の男が誰よりも弱く情けないと…」


櫻子が優しい目を光一に向ける。

更に場面が変わり、夜の道場で2人、櫻子に対して光一が挑んでいた。彼は何度も投げ飛ばされている。櫻子は少し息を荒らげて光一に聞く。


「何でそこまでして私に挑む?勝てる訳ないだろう…?」


「俺は…強くならなきゃいけない…!この道場で1番強い櫻子さんに勝って…俺が1番になる!」


「男のお前なら…強くならなくても良いじゃないか…女は所詮、男の下じゃないか!」


光一は立ち上がり構える。


「男とか女とか関係ない!強い櫻子さんに俺が勝ちたい!勝たなきゃいけないんだ!」


光一は櫻子の動きを読み、腕をいなし床に組み伏せる。


「な…!」


「やった…やった!櫻子さんに勝ったぞ!」


光一は踊り出しそうな勢いで興奮する。櫻子は上体を起こし質問する。


「お前は何故強さを求めるんだ…?」


光一は櫻子を見つめた後に目を逸らす。


「好きな女より弱いのは…いざという時に守れない…」


櫻子が一瞬目を丸くして笑い出す。その後2人は合気道の先生の酒をくすねて並んで月を見ながら酒を飲んでいた。光一はお猪口の酒を一気に飲み干し言う。


「月が綺麗ですね…」


光一の言葉に櫻子は月を見たまま答える。


「手が届かないからこそ綺麗なのです…」


その言葉に光一はガックリと肩を落とすが櫻子は続ける。


「でも…貴方は届かないはずの月へと手を伸ばし続け今日、月を手に入れました」


光一が目を見開き櫻子を見つめる。 ゆっくりと月から目を離し光一を見つめた櫻子は頬を赤らめて困った顔をしている。


「どうやら少し飲みすぎたみたいだ…」


喪服を着た2人は櫻子と光一が寄り添い合うのを黙って見ていた。月の光が優しく2人を照らし、2つの魂はゆっくりと月光の中を飛んで行く。やがてそれは星になり輝く。


「何で黙ってたんすか…」


「何がだ?」


ユミノエルがサングラスを上げ恍ける。カウリエルが何かを言いかけるとユミノエルがそれを遮り口を開く。


「お前はこれからもうひとつ仕事をしなくてはいけない…」


「な…なんすか…?」


身構えるカウリエルの隣に立ち、また2人は振り返る。一気に景色が飛んでいき、見知らぬ一室に2人は現れる。目の前には写真に縋り付き泣く女性がいた。それを見たカウリエルは息を飲む。見覚えのある女性とその写真に写る男、それは自分だった。


「お前には2人の母が居た。1人は産み落とすことが出来なかった櫻子さん…それと…」


「やめてくれ…」


「今、目の前で泣く…」


「やめろよっ!こんな事して楽しいかっ!?俺が不真面目だからこんな事するんだろ!こんな仕事辞めてやるよ!!」


「それは出来ない…お前は見届け人の仕事をわかっていない」


「何でだ…あんまりじゃないか…こんなの…何で母さんを見届けなきゃいけないんだ!」


「お前は自分を殺した。自分を殺した者は輪廻の輪から抜け見届け人になり、自分の大切で近しい人の死を見届けなければならない…」


「でも、母さんは元気だっ!病気でもない!」


「お前は…本当に何も分かっていないな…自分の大切な息子が自殺をした。それはどんな病気よりも重い!」


「そんな…まさか…頼むよ…何でもする…母さんを助けてくれ!」


カウリエルの言葉は虚しく響き、目の前の母は椅子に上る。


「カオル…ごめんなさい…貴方の事を何も分かってあげられなかった…母さん、今そっちに行くからね…」


母は首にロープを巻き、椅子を蹴る。


「やめろぉぉぉ!」


カウリエルが叫ぶとユミノエルが指を鳴らす。母は椅子を倒し、ロープが今まさに首に食い込む所で世界は止まる。カウリエルは涙を流し今の状況に混乱する。


「お前にチャンスを貰った。お前の母は天寿を全うしてはいない…このまま死ねば母は永遠に見届け人として人々の死を見届けなけばならない」


「俺に…どうしろって…言うんだ…」


「母の走馬灯を見届けろ!お前にはその義務がある!」


カウリエルが涙を拭い、その隣にユミノエルが立つ。そして2人は振り返る。


部屋の景色が遠く飛び去り、母がカオルの部屋の扉を開ける。中には首を吊り、変わり果てた息子がいる。母は絶叫し、ぶら下がる息子を急いで降ろそうとする。ロープがなかなか取れずに指先が真っ赤に染まっていく。涙を流し、やっと降ろした息子は既に帰らぬ人になっている。母は救急車に電話をして息子に縋り付き子供のように泣いている。隣のカオルも母を見つめながら涙を流す。後から出てきた遺書にはこう書かれてある。『疲れました。ごめんなさい。カオル』たったそれだけしか書かれていない遺書を母はずっとずっと読んでいた。そこからカオルが自殺した理由を探すように。


カオルとユミノエルが振り返る。場面が飛び母が少し若くなる。隣のカオルも背が縮む。母は夕ご飯を作っている。玄関から何も言わずにカオルが入ってくる。


「おかえりなさいカオル。今、夕飯できるからね」


「いらねーよ!クソが!」


カオルがそう吐き捨て、部屋に籠る。母は悲しそうな顔をしていた。

ユミノエルの隣のカオルが話し出す。


「母は女手1つで俺を育ててくれた。どんなに貧乏でも俺に少ない小遣いをくれるんだ。俺はちゃんとその有難みを知っていた…でも中学のクラスの不良に毎回取られちまった…それは高校に上がってからも同じだ。その事を俺は恥ずかしくて母さんに言えなかった…」


ユミノエルが黙って聞く。


「本当馬鹿だったよ…母さんに何の親孝行もしないで勝手に1人で死んじまったんからよ…」


ユミノエルがカオルの肩に手を乗せる。2人は振り返る。また場面が変わり、母と小さなカオルが公園にいる。


「僕ね。大きくなったらね。お父さんの変わりにお母さんを守るんだ!」


「ホントに?お母さん嬉しいな!じゃあお母さんはカオルが大きくなるまで守るからね」


「うん!指切りげんまんだよ!」


2人は指切りをする。隣の小さなカオルは泣いている。2人は更に振り返り場面が変わる。


「済まなかったな…子供の顔はどうも見れなそうだ…」


その男は髪が剃り上げられサングラスをかけている。腹は真っ赤に染まり、顔から脂汗がダラダラと垂れていた。母が泣きながら口を開く。


「今すぐ病院にいこう!このままじゃカミノが死んじゃう!」


「それは出来ない…組の連中が張ってる…お前は逃げろ…」


「嫌だよ!カミノがいなかったら…私一人じゃこの子を育てられないよっ!」


カミノが口から血を垂らしながら微笑む。


「お前は…良い母親になるよ…俺は所詮…人殺しだ…良い父親には…なれ…ない…さ…」


「そんな事ない…良い父親になるよ!絶対!」


カミノは静かになる。力なく手を垂らし、目を閉じる。母は立ち上がり涙を流しながら夜の街へと消える。


それをただ眺めるカミノはこぼす。


「見送り人は誰かを殺すとならねぇといけねぇ。なぁカオル…聞こえるか?俺はお前の父親で居られたのはほんの僅かだったから、余り偉そうな事は言えねえ。俺は組の頭を殺し、お前の母ちゃんを助けた。後悔はねぇ!だがお前はどうだ!?自分を殺し母ちゃんも殺そうとしてんだ!」


その場にいないカオルにカミノは続ける。


「だが息子の誤ちは父親がどうにかするもんだ!地面に頭擦り付けて神様にチャンスを貰った!合格だ!お前もちゃんとこれから母ちゃんを守ってやれ!」


遠くで会ったことの無い父の声が聞こえた。カオルは目を覚ます。台所の方から卵の焼けるいい匂いがする。俺は部屋を飛び出し、母に後ろから抱きつく。


「びっくりした!どうしたの急に?」


「何でもない…何でもないんだ…ただ、俺が父さんの代わりに母さんを守るよ…!」


「懐かしいわね…良く覚えているわ。でも、あんたが大人になるまでは母さんに任せなさい!カオルが大人になったら楽させてよね!」


カオルは涙をボロボロ流しながら何度も頷く。


「泣いてるの?お父さんそっくりね。あの人も泣き顔見られたくなくていつもサングラスをかけていたわ」


母は昔を思い出すように目を細める。


「母さん!俺、会いに行きたい人が居るんだ!」


カオルは櫻子さんに会いに行った。あの時に会ったほど凛々しくはなかったが、カオルを見る目は優しくて大好きになった。カオルは櫻子さんが天寿を全うするまで家に通った。彼女の最後の顔はあの頃の凛々しい顔だった。


俺には2人の母親と2人の父親が居る。死んでいった3人の親の分も天寿を全うして生きてる母に俺は親孝行をするつもりだ。

そう思いながら笑顔のカオルの足は学校へ向かう。


「ユミノエル先輩?あの青年がどうしたんすか?うわっ!サングラスから滝が流れ出てますけど、どうしたんですか?」


「何でもないさ。ちょっと汗をかいただけだ…それよりシャツはしまえ!私の部下になった以上、身なりはキチンとしてもらう!見届け人の仕事はかなりキツイからな?」


「いやいや、この仕事より優しい所は無いって皆言ってましたよ?不公平だって!」

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