第4話 王子様登場

あれ? この王子様、何か違和感がある?

王子様は絵姿通り、整った目鼻立ちだったが、全然偉そうではなかった。むしろ自信なさげで、気弱に見えた


だが王子様は、私に一生懸命話しかけてきた。


「僕の言い分も聞いてください。ね? 僕に会ったこと、覚えていませんか?」


私は灯りをかざして王子様の顔をじーーーーっと見つめた。


「全く知りません」


王子様は、ものすごくガッカリしたようだった。


「ほら、最近!」


「最近?」


私は首をひねった。


「毎日」


あ!っと私は手を打った。王子様は、口元を嬉しそうにほころばせた。


「思い出してくれましたか」


「あなたは毎日、騎士のおじさんたちと、わーわー押しかけてきて、大変迷惑でした」


「違います!」


王子様は完全否定した。

毎日来てたのは自分じゃないとでも言いたいのか。迷惑かけたくせに何を言う。


「毎日来ていたのは、僕の兄! 兄の第三王子です」


え?


そういえば、この王子様の声は甲高くない。体つきも細い。

外はもう暗かったので、髪の色や目の色ははっきりわからなかったが、顔立ちは絵姿通りイケメンだった。ただ、絵姿と違って全然偉そうではない。私の顔を見ると、遠慮気味に笑顔になった。

それに、言葉つきが丁寧だ。


「ほら。街で。薬を売っていたでしょ? かわいいネコの絵の付いた」


私は不精不精にうなずいた。王子様は声を弾ませた。


「あの時! 毎日行ってたんだ、僕は」


「え?」


王子殿下は大きくうなずいた。そしてドアの中へ顔を突っ込んだ。


「見覚えあるでしょ?」


こいつ、自分がイケメンだから記憶に残ると思ってやがるな。あいにく、客の顔なんかいちいち見ていない。


「イイエ」


知らないものは知らない。王子様はすごく残念そうだったが、言葉を続けた。


「僕は客じゃなくて、君が売っている様子を見ていたんだ。うん。かわいいなあって」


ストーカーか。背中に寒いものが来た。


「売っているときの会話も聞いていた。一度聞いたら忘れられないよ。いつでも、お客の様子や薬の効き目を気にしていたよ。優しいんだなあって」


薄さ加減を確認していただけなのに。なんという曲解。


「暇なんですか?」


王子様はがっくりしたような表情に変わった。そして黙った。


「暇なんですね?」


私は追い打ちをかけた。


「今度、討伐隊に参加するから」


何か言い訳っぽい言い方だ。


「ちょっとは忙しい」


「じゃあ、ここへ来る暇なんかないでしょう? お帰りください」


私はドアを閉めかけたが、王子様は靴先をドアに突っ込んで、それを阻んだ。そして言った。


「聖女なんか世の中にいるわけないでしょ?」


私は驚いた。まあ、いないだろうけど、それならどうして探しているのだ。


「でも、討伐隊に聖女様は必需品なんだよ。それなら誰でもいいだろうって」


「はあ?」


誰でもいいって、なんだか失礼ね。


「討伐隊に参加だなんて、高貴な身分の令嬢に務まるわけないでしょ? 野営が多いんだよ。戻ってこれれば、王子と結婚出来るご褒美があったとしても、無理だよ。もう、僕としては君一択だったんだよ」


いろいろと失礼な王子様だ。だが、それどころではない重要な情報がこの話の中には含まれていた。


「あのう、戻ってこれればっておっしゃいましたね? 戻ってこれるのですか?」


王子様は慎重に答えた。


「多分」


多分てなに?


「やってみなくてはわからないよ」


なんでそんな危険な旅に、(本人曰く)好意を抱いた人を熱烈に誘うんだ。おかしいだろう。文脈的に!


「そうじゃない! 君の安全は保障するよ」


「なんでそんな保証が可能なんですか?」


「だって、危なくなったら、みんなに脱落してもらうつもりだから」


「脱落?」


脱落とは?


「討伐隊からの脱落さ。竜の攻撃が激しすぎて、王子一隊とはぐれました、残念ってさ。それで全員、離脱する。王子以外」


「あのう、その場合、王子様ご自身はどうなるのですか?」


「僕は脱落できない。帰れないよ」


「へ?」


「僕が僕とはぐれるわけないだろ? だから、竜に勝たない限り、僕は王都に戻れない」


「死ぬ気ですか?」


王子様はきょとんとした。


「いや、まさか。適当なところで離脱するよ。王都に戻れないだけで。僕は隣国にでも行って勝手に暮らすさ。君と一緒にね」


王子様はちょっと嬉しそうにウネウネした。


「気に入った女の子と一緒に暮らすんだ」


「帰れ」


「ダメだよ。君が嫌なら、早めに離脱してくれてもいい。でも、君は聖女って噂が立っている。それなら、聖女のふりをしてきて一緒に来てくれないかなって。どこかのご令嬢を連れて行くより、ずっと気を使わないし、迷惑をかけないと思って」


『ナタリア様のご迷惑は考えないのか。それに、ナタリア様の本当のご身分を知らずに失礼な奴だ』


いつの間にか足元に来ていたゾラがシャーッといった。


「これ、君のネコ?」


『私の本当の身分を知らずに、失礼な奴だ。ネコ呼ばわりしやがって』


「本当の身分て何の話?」


私は、ゾラの話が王子様に聞こえないことを忘れて突っ込んだ。ゾラは黙り込んだ。王子様はゾラを不思議そうに眺めていたが、今度は紙の束を取り出した。


「これは、君宛てのお願い状」


「お願い状?」


「今日、僕の母が君のところに来たと思うが……」


え? あれ、王妃様だったの? いつもより大勢の騎士のおじさんと、そのほかに宮廷の貴婦人っぽい女官がうちの家の庭の柵に鈴なりになっていたけど、そういう訳だったのか。


「君のこと、無理だって言ったので……」


何だと? あんなに薬をくれてやったのに。返せ、銀貨で。


「そうではなくて、君が断ったことが伝わって、他の令嬢のご両親から、お金や宝石やいろんなお礼を出すから、ぜひ君に聖女になって欲しいとお願いが来ている。」


王子様は真顔になった。


「ごめん。この話、貧乏くじなんだ……僕はみそっかすの末の王子で、兄たちはこんな危険で、結局帰ってこれないような討伐隊に参加するのは嫌なんだ。兄たちには妃や婚約者がもういて、その家からも圧力がかかってきている。僕は末の王子で王位継承権の順位も低い。婚約者もいないから、後ろ盾もない。竜退治という名目の捨て駒にぴったりだったんだ」


『よくそんな話をナタリア様のような方のところに持ってくるな。知らんとは恐ろしいことだ』


ゾラが細身の王子様の周りをシャーシャー言いながら周り、恐ろし気な声で言った。


「ネコちゃん、怒っているみたいだね。でも、こういっちゃなんだけど、これが一番丸く収まるんだ」


「丸く収まる?」


「兄の第三王子がうるさくしてゴメンね。でも、兄には婚約者がいる。公爵家の跡取り娘だ。僕が行かなかったら、兄が討伐隊の隊長になってしまう。公爵家の令嬢は聖女役をしなくてはならなくなる。きっと兄は婚約破棄されると思う。彼は王都を離れたくないし、公爵家の跡取りになりたいんだよ。ほかの兄たちも似たような事情だな」


聖女役を受けろ受けろと大騒ぎしていたのは、自分がやりたくなかったからか。自己中め。


「あなたは?」


「僕には何もないから大丈夫。王都に帰らないだけさ」


王子様は、へらりと笑った。背はそこそこあるが、痩せすぎで頼りない感じで、自分の運命をあきらめきってるみたいだった。



何をしているのよ! 自分の運命は自分でどうにかしたらどうなの?


私はだらしのない王子様を宮殿に追い返した。なぜ帰ってくれたのかというと、一応考えてみましょうと答えたからだ。いわゆる方便だ。嫌な客を追い払う時には便利だ。


「いい返事を待っている。君じゃなきゃダメなんだ」


何を言っている。

私は王子様がドアからどいてくれたので、ドアをしっかり閉めた。それからお願い状とやらを熟読した。


…………


「聖女役をやる代わりに提供してくれると言う全金品を回収しましょう」


私は、何十通もあるお願い状を検分したのち、結論を出した。


「討伐隊に参加してから引っ越しするも、討伐隊に参加しないで引っ越しするも、遅いか早いかの違いだけではないですか。どうせ途中で離脱するなら」


私は某公爵家の令嬢(十七歳)の父上から金貨百枚ご提供の文面を読んで、右側のお手紙の山に乗せながら、ゾラに言った。

左側は値段がわからない宝石などのお申し出で、真ん中は侍女などとしてお雇いただけると言う申し出だが、これはお断りだ。私は現金第一主義者である。


『どうしてそういう時だけ理詰めに強いのか』


ゾラが嘆いた。


『ナタリア様には、バカにされた気がするとか、軽く扱われた気がするとか、そういうお怒りはないのですか?』


「ない」


だって、あの王子様も、結局は理詰めでここに来たのだ。最初は好きだとか訳の分からないことを言っていたが、本音をよく良く聞くと、聖女のなり手がいないから頼みにきたのだ。

貴族の令嬢たちは不便で過酷な旅なんか誰も参加したくない。そうかといって、平民の娘を連れて行くわけにもいかない。うまくいけば王子妃、つまり王家の一員になろうかというのだ。

その点、万一帰ってきて結婚となっても、聖女なら平民でも言い訳が立つ。誰も苦情を言わないだろう。


「そういう理屈なのねー」


私は金品の回収が済めばすぐにでも討伐隊に参加する旨王子様に伝えた。王子様は大喜びだ。


「騎士さんや僧侶さんはどなたが参加されるのですか? こちらも誰でもいいのですか?」


ちょっと王子様は返事に詰まった。


「幼馴染の連中が来てくれる。途中で帰すから心配はいらない。途中で帰されても、国一番の勇者とか僧侶になれるから、苦情はないと思う」


「なるほど」


困ったことに王子様は本気で嬉しそうだった。討伐隊に参加させられて一番の被害者は王子様だと思うんだけど。


「よくぞ理解してくれた。聖女も似たような扱いだから心配しないで欲しい」


「早めに離脱させていただきます」


「え……行けるとこまで一緒に行こうよ」


「私は殿下の幼馴染ではありませんので、ご一緒しても和を乱すだけではないかと思いますわ」


私はそう言った。

この国でずっと暮らしていく騎士さんや僧侶さんたちと違って、この国で聖女として名前を売るのはデメリットがある。基本魔女は目立たないのが一番だ。


出発式は一週間後と定められた。それまでに準備をしておくようにと。


持っていくものなど基本的にはなかった。ゾラを連れて行くことは案外簡単に許可が出た。平民の私のことなんか、どうでもよかったのだろう。多少気になるのが、薬を買いに来る人たちのことくらいだ。


今度、薬を売りに行く時は多めに売っておこう。もうお店を開かないことも言っておかなくちゃだし。


「今後はここで、店を出せなくなってしまったんです」


「え? どうして?」


「私はただの薬売りなのに、聖女だと言う噂が立って、そのせいで討伐隊に参加することになったんです。とても困っているんです」


彼らはどよめいた。思ってた反応と違う?


「ただの薬売りなんかじゃありません! 聖女様という言葉があなたほどふさわしい方はおられないと思います!」


あ。ちょっと、結論ずれてる。そうではなくて私が言いたいのは、本人が討伐隊に参加したくないという点……それと、私、聖女じゃないの。聖女じゃないって認めて、お願い。そこ、聖女誕生で喜ばないで! 歓喜すんな!


「聖女様! そうですか。言われてみれば、本当にそうですね。いつも謙虚で、決して偉ぶらない。目立たないようになさって、善行を施される」


「いえ。本当に何もしていませんが……」


何種類も作ればいいのだけど、面倒くさいので、作る薬は一種類だけ。あとは、均一に薄めるのが面倒くさいので目分量で適当に薄めていたら、いろいろな効き目の薬ができてしまって、それがどういう訳か結構な確率でクリティカルヒットして、全快を果たすと言う不運が重なって、今ココ状態なのですが……。


急に声がした。


「何をおっしゃることやら!」


また来やがった。例の妻が全快しました男だ。あいつが元凶に違いない。しかも妻と子どもが一緒だ。手の施しようがないわ。


「この子を置いてあの世へ旅立たねばならないと思うと、胸が張り裂けそうでした。御覧の通り、ここまで歩いてお礼を言いに来ることができるようにまで回復しました!」


目に見える奇跡だ……誰かが余計な注釈を付け加えた。黙っとれっちゅうのに。


「一家が一緒にいられるだなんて、ナタリア様のおかげです」


「なたりあさま、おかあちゃんを助けてくれてありがとう」


一家がおいおいと声をあげて泣き出し、周りもつられて泣き出した。


「しかもあの薬がたった銀貨一枚! なんと無欲なお方でしょうか」


えっ? 聞き捨てならないわ。私の価格設定間違っていたのかしら?


「じゃ、今日から銀貨三枚に値上げ……」


「聖女様あ! 聖女様あ!」


どこからともなく湧き上がる聖女様コール。


止めんかい。人の話を聞けー。いいですか、私は討伐隊にふさわしくないので参加したくないんです。それから、今日から、この薬はガラスの小瓶一本当たり銀貨三枚いただきま……


「バンザーイ! バンザーイ!」


「聖女様が討伐隊に参加されれば、竜の息の根を止めること間違いなし!」


「第四王子ヘロリ様とご一緒されるだなんて。国を憂いて、あの悪竜を征伐されるとは!」


あの王子様、ヘロリ様というのか。なんだか野菜っぽい名前だな。でも、ちょっと消化に悪そう。


私は湧きおこる聖女様コールに見送られ、そそくさと帰宅することにした。

このまま販売を続けたら、もっと多くの観客がやってきそうな気がする。

私は見世物ではない。


家に帰ると、ゾラがげんなりした様子で待っていた。


『客人だ』


見ると、キッチンのお気に入りの私の椅子に、ヘロリ王子様が勝手に座っていた。


「回収してきた」


テーブルの上には、金貨銀貨が山のようになっていた。


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