第3話 討伐隊も王子妃もお断り
全く油断も隙もありゃしない。ちょっとしたミスのせいで聖女だと勘違いした王子様がぎゃあぎゃあ騒ぎながら、竜討伐隊への参加を強要してくる。
最初は、王宮のお使いみたいな服を着た太鼓腹のオッサンが、さもさもお得情報をお伝えしますみたいな感じでやってきた。
「お断りします」
なんで竜退治になんか行かなきゃいけないのか。
オッサンは目の玉が飛び出そうに驚いた。なぜなの? 大喜びするとでも思っていたのかしら。
「王子様や貴顕の方々とお知り合いになれるうえ、王子様とのご結婚が期待できるのですぞ?」
いや、なんで王子と結婚したがると思うの。
「王子妃になれるのですぞ?」
今度は地位を強調しだした。王子本人に魅力はないのか。
「殿下は超絶イケメンですッ」
顔を知らないので知らんと言ったら、翌日ニッコリ笑顔の王子殿下の絵姿をくれた。
この王子様、イケメンかもしれないけど態度が偉そうだな。
「この絵姿は、街で銀貨十枚するんですぞ!」
「えっ?」
驚いたのは絵姿の値段ではない。
私の薬は一瓶銀貨一枚だ。こんな絵が銀貨十枚だと言うんなら、薬を値上げしようかしら。
「殿下の美貌に驚かれましたか」
「いや、そうじゃなくて……(絵の値段がぼったくりなんじゃないかとか)」
小一時間問答したが、結局、ちっとも参加したくないし、結婚したくないことだけはどうにか伝わったらしい。
「変人!」
太鼓腹のオッサンは捨て台詞を吐いて帰っていった。
その後は、毎日のように騎士と王子様本人がやってきて、わいのわいの騒ぐ日々が続いた。
『ナタリア様、引っ越しましょう。これでは昼寝もできません』
ゾラが言うのももっともである。
王子殿下が直々に討伐隊のメンバーになれと勧誘してきた翌日には、宮廷風のドレスを着こんだ、とても気位の高そうな女性が踏み込んできた。後ろにはいつもの倍くらいの数のおじさん騎士や、今回はそのほかに大勢の貴婦人方がくっついてきていた。庭には踏み込まないでくださいね。
「貧乏そうな家ね」
彼女は家を一渡り見回すとそう言った。
普通なら、その一言で
「でしょう?」
我が意を得たりとはこのことだ。
「こんなに貧乏くさくちゃ、王子様の奥様なんか、絶対に務まりませんわ」
宮廷の貴婦人は説得に来たのだから、務まりませんよねーと言われても、同意してはいけない。いけないのだが、内心では深く同意する部分があるらしかった。
「それに、そもそも聖女だなんて嘘っぱちですわ」
私は言った。
「それは違うと裏が取れています」
宮廷の貴婦人は真っ向から否定して生きた。裏って何よ。
「では、宮廷の女官様、聖女とはどういう方のことを言うのですか?」
何かのテストじみてきたが、私は聞いた。
「ええと、それは神のご加護により、癒しの魔法を使う者のことです」
「女官様、私、癒しの魔法なんか使えませんよ」
女官様は、ポカンとした。
察するところ、これまで彼女が面接した数々の女性たちは自分こそが聖女であると力説してきたらしい。女官様のお仕事は、そのぼろをつついて矛盾や嘘をあぶりだすところに力点が置かれていたらしい。
「これまで、王子妃になりたいばかりに、嘘ばかり並べる女性ばかりだったのに」
驚きのあまり、彼女はポロリと本音を漏らした。
ここぞとばかり私は力説する。
「私は加護の魔法なんか使えません。私は単なる薬売りです」
驚いたせいか女官様は、素直に、ほんのりうなずいた。
「討伐隊についていっても、何の役にも立ちません。穀潰しです」
穀潰しとは、ご飯を消費するだけの人のことである。討伐隊に参加しても、私は何の力もないので、勇者だの王子だのと言ったほかのメンバーに守ってもらい、足手まといになりながら、ただ単に行って帰るだけの人になるわけだ。ただ飯を食いながら。
「そんな人はいりません。それくらいなら、私に作らせた薬を持って行くだけで事足りると思います!」
真実。
彼らに用事があるのは、私の薬くらいなもので、本人の私には何の用事もないはずだ。
そのようなわけで、女官様は帰って行かれた。
『引っ越しましょう』
もうもう、我慢ならぬと言った様子でゾラが言った。
『先日、イノシシ狩りに出掛けた際、頃合いの宮殿を見かけました。あそこで間に合うでしょう』
「頃合いの宮殿?」
私は首を傾げた。私は田舎の村の出身である。魔女の村だ。
魔女の村だけあって、家の中に一歩足を踏み入れると、威風堂々たる宮殿風だったり、愛猫のことしか考えていないネコハウスだったとか、家の真ん中を巨木が貫くツリーハウスというのもあったけど、どの家も見た目だけは必ず農家だった。でないと周りの村々の連中から、怪しまれるからね。
まあ、それでも怪しまれたらしく、襲撃されてしまったけれど。
でも、誰も宮殿には住んでいなかった。
引っ越しは賛成だ。
毎日、王子一味がうるさいもの。
だが、宮殿って、どうなの?
「なぜ、宮殿?」
ゾラは焦ったらしい。
『あ、ええと、常々ナタリア様には宮殿とかがふさわしいかなー?って、考えておりまして』
「なぜ?」
私はますます不思議に思った。
『宮殿でも、あばらやでも何でもいいじゃありませんか。贅沢言ってる場合じゃないでしょう』
ゾラは早口で言った。
贅沢を言っているわけではないんだけど、まあ、確かに急いだほうがいいみたい。
「わかったわ」
私は一晩中、薬の瓶だの、わずかな服だの、大事な魔法の教科書だのをカバンに詰めた。
『早く寝てください。明日の朝早くに出発です』
だが、トランクに荷物を詰め終わってベッドに倒れこんだところで、ドアをたたく音がした。夜中に王子様自らが訪問してきたのだ。王家に常識ってないのかしら。
なんで王子様だとわかったのかというと、王子ですと名乗ったからだ。
「こんばんわ、王子です。ナタリア嬢、夜分遅くにすみません。時間が取れたので、直々にお願いに来ました」
『帰れ』
ゾラが叫んだ。まあ、にゃああとしか聞こえないけど。仕方ない。私は灯りを持つと、階下に降りドアに向かって言った。
「お引き取りください」
「そんな冷たいこと言わず、ドアを開けてください。絶対参加して欲しいので」
王子様の声が熱心に言った。
「行きたくないんで」
「ええと、来て欲しいんです」
なに? この不毛な会話。人の言い分は聞こうよ。
「今日、女官の方に説明しましたわ。私は聖女ではありません。ただの薬師です。あなた方が必要としているのは、薬であって、私ではありません。薬は女官様にお渡ししました」
グイと力を込めてドアが開けられた。
なぜだろう。開かないはずのドアが開いた。
思いがけず整った顔の王子様が、そこにはいた。あれ?
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