鹿之助,惑い悩む憂う
@hosigame
第1話 爆誕
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」
山中鹿之助は、愛刀 三日月を抜き、神に誓った。
「本当にいいのぉ?」
優し気な声がする。
「何者であるか?」
誰何するも姿が見えず、いらっとする。この熱き誓いを侮辱されたようで面白くない。
「本当に七難八苦与えちゃってもいいのか聞いてるんでしょが。いい?七難八苦っていうのはね、七つの苦難と八つの苦しみ、っていう訳ではないのよね。沢山のって意味だからね。そこんトコロ間違えないで、よく考えて返事してね」
「誰かは知らんが、覚悟のうえで申したに、念を押されるまでもない。尼子家を再興する願いを聞き届けてもらえるならば、どんな苦難でもかかってこいや、でござる」
「その願い、聞き届けようぞ。いや、ま、尼子のものたちが、ふがいなく、せっかく鹿之助ちゃんが努力した)にもかからわず、その後に直ぐに滅んじゃったとしても、(結局そうなるのは決まっているのだけれど。) わたしに文句言わないで欲しいのよね。それだけよ。では、頑張ってちょうだいな。」
風もない三日月の夜、鹿之助は片膝をつき、右手に刀を、左手は待て、と手のひらを前に突き出したまま、突然の光に辺りが覆われた。鹿之助、21歳、春の出来事だった。
兜は三日月の前立てに鹿の雄角、鎧は黒革づくりの組みひもが緋縅、籠手や脛あてまで黒革で統一された洒落もの仕立て。右手には抜身のままの愛刀 三日月。鹿之助が白い光に包まれたまま、現れたのは、電車の中だった。
右手に刀、左手は…
「きゃーっ いやあっ」
電車はホームに滑り込む。ドアが開くと我先にと乗客が下りてゆく。ホームで電車を待っていた人々も、いち早く非常事態を察知して、駅員を呼んだ。鹿之助の左手によって乳をもまれたままの女は、恐怖と羞恥心で、凍り付いたまま息をするのもままならないようだ。 いや、鹿之助を見つめたまま、凍り付いたようになっている。真っ青だった顔が、赤く染め上がる。
時代にそぐわぬ立派な体躯。その体躯にそぐわぬ優し気な細面は、思いもかけず鋭い眼光を宿している。その眼は大づくりで、だが切れ長で。濡れたように輝く黒目は人より大きく、見るものすべてを魅了する。
すべての者を服従させてしまうまなざしで見つめられて、女が動けなくなっている。
ー痴漢とはこれいかに?うむ、この感触は悪くないぞ。良き乳じゃ。小ぶりだがの。ー
鹿之助は、本能の赴くまま、左手をグッと握りしめる。
おお、目元のホクロも色っぽい。その濡れた唇 吸い吸いしたい。
「危ない、逃げろ、刀を持っているぞ。」
そのとおり、これは刀だが?何か?
「はい、下がって下がって。君、落ち着いて。まずは危ないので刀をしまってくれるか?そうだ、そうだ。え、片手で刀収めてるし。次にその左手を放そうか。存外貴殿が話が分かるので助かった。」
ー左手は放したくなかったのお。ー
「えー、では。一緒に来て頂けますか。これは転送案件でしゅので、いや、ですので、保護いたします。」
ー保護とな?ワシは子供か?ー
「保護される覚えはないが」
「では、周りをご覧下さい。何かお気づきで?」
ーいや、ないわ。なにこの人たち。ここどこ?あれやこれやなに。意味が分からん。ー
「パニクっているところ誠に申し訳ございませんが、名のある武将殿とお見受けします。ここは一先ず私を信じていただいて、一緒に来ていただけましゅか?」
鹿之助は、嚙みがちな駅員に連行された。
「まずはこちらにお掛けください」
連れてこられたのは、駅長室だった。駅長自らお茶を入れる。
「粗茶ですが」
「かたじけない」
ーうまっ ケチくそな小姓が入れてくれるお茶とは比べ物にならんわ はあ、心が落ち着く。何事にも動じない心を養ってきたつもりだが、激動に次ぐ激動。異変に次ぐ異変。怒涛の展開。予想も出来ぬわ。まずは、気を静めるためにもう一服頂きたい。ー
絶妙なタイミングで
「もう一服いかがかな。」
と、駅長に聞かれ、
「頂戴いたす」
間髪を入れず、だが鷹揚に答える。
駅長室は、しばしまったりとした時間が流れてゆく。駅長は一人掛の椅子にチョコンと、短い足をぷらぷらさせて、何から話すべきか迷いながらある人物を待っていた。
「落ち着いておられますな。私は東京駅の駅長です。過去から転移なさった方は、ここに一旦預かることになっています。今、係りの者が到着するまでの間に、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「山中鹿之助と申す。」
「あの伝説の山中鹿之助様、ご尊名はかねがね。」
「わしを知っていると申すか?」
「はい。武勇の数々、後の世に知れ渡っております(歴史好きには)」
ーわし、後の世に知られておるとは、驚いた。誰が歴史に残してくれたのか。うむ、愛いやつ。ー
「その甲冑は見事なものですな。さぞかしこだわってお作りになったのでしょうな。重くないですか?ま、ここで脱がれても困りますが重そうな兜だけでも。今、こういう事態に対処してくれるものが参りますまでしばしお待ちください」
鹿之助が兜を取ると、断りを入れてすかさず手に取り、愛でる駅長。
ー何もすることがないのも、つらいものよの。あやとりのひもでも、持ってくるんだった。ー
駅長室のドアがノックされ、一人の姿の良い青年がバーバリーのトレンチコートを片手に入ってきた。
「お待たせ致しました。私は転移局から参りました、兵藤というものです。」
兵藤と名乗るものは、小さな紙片を鹿之助に向かって両手で捧げた。転移局チーフプロデューサーの肩書の隣に何故かカメが描かれている。
ーこ奴悪いやつではなさそうだ。カメ好きに悪者なし。ー
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