第12話 鎮圧作戦 急

 都近郊の砦を制圧し、立て籠もっていた反乱軍は現在混乱の極みにあった。


 大成功を収めた研修生達のステージ、それを現地でも生中継していたからだ。


 未だ成熟したとは言い切れない技術。

 映像に乱れは入り、音声も質が下がっている。

 それでも彼らを混乱させるには十分過ぎた。


 レイラとアリーシャ、その完全なるアイドルを信奉していた者共に示された無数の可能性は、清楚だ肌面積だのという議論を容易く吹っ飛ばす。

 未だファーストシングルこそが唯一無二と謳う者もいる様子だが、紛いなりにも統率されていた動きに乱れがあった。


 ただ、瓦解するには至らない。


 いつしか彼らの中心となっていた勇ましい頭部の男達、牙の国の戦士達は滔々と反乱兵らを聡し、それぞれが信奉する映像水晶を与えて部屋へ籠もらせた。


 研修生らのライブ映像は繰り返し流されたが、僅かな離反者を出しつつも彼らは堪えてみせたのだ。


「P……これはもう」

「いいや」


 現場を預かる指揮官が強行突入しかないと、そう進言するのを瓶底眼鏡の青年は遮る。


「いいや!!」


 まだ、暴力に訴える訳にはいかない。

 そうすればすべてが水の泡だ。


 芸能神マップァへの信仰は高まっているが、数百年に渡って争い続けてきた大陸で、戦神に対抗しようと思うのならまるで足りていない。

 あまりに日常的となった戦いの中、その作法は生活にすら溶け込み、アリーシャですら矯正するには苦労したほどだ。


 故に、ここで暴力を用いたなら、芸能の価値は地よりも深く沈み込み、またあの暗い神殿へと戻ってしまうだろう。


 暴力は容易い。

 きっと最初からそれを用いていたなら、ここまで長引く事など無かっただろう。

 それではいけないのだ。


 武力を用いて戦争をし、あるいは身を守りながらでは、戦神への信仰を削り取ることは出来ない。


 アイドルを。


 世界をアイドルで満たさねばならない。


「ここが正念場だ。指揮官、どうかあと少し、持たせてほしい……!!」


「そう、長くはありませんよ……」


「それでもだ」


 Pは待っていた。


 研修生の発表によるアイドルへの信仰増加、ではなく。

 その存在によって世界へ示した、結果を。


 大好きなライブへ行くことも我慢して、現場へ留まる事で兵らの暴発を抑えつつ、じっと、じっと……待ち続けた。


 そうして、来た。


 こんな一部の者達が寄り集まって出来た、ファンの暴走などではない。


 本物の反乱。


 極東にある島、かつては南朝と呼ばれた地域の辺境で。


 辺境伯が自らの手でプロデュースを行い、アイドルを擁立したのである!!


    ※   ※   ※


 「っ、ふざけたことを」


 緊急招集された会議の場で、アリーシャが忌々し気に吐き捨てる。

 ようやく南北が纏まって、相互の軋轢も緩和が進んで来た所に、まさかの反乱である。


 相手は辺境伯。


 小さな島国とはいえ、それなりな領土を持ち、大陸にも程近い立地の大貴族だ。

 かつては大陸からの離脱者、あるいは海賊などを撃退する場であった為に辺境と呼ばれていたが、大陸進出を狙う稲穂の国にとっては極めて重要な土地となり、港の開発が進められていたというのに。


「投じられていた資金を幾らか着服し、領内に神殿を築いていたようです。侵略者を妨害する意図もあって道の開発が進んでいないこともあり、情報が届くまでにかなりの時間を要してしまった、それが反乱を許した原因でしょうな」


 護国卿の発言にかつて南朝側だった者達が顔を俯かせる。

 反乱が起きたのは彼らの側だ。

 管理責任というのなら、責めを受けるのは南朝側だろう。


 対し北朝側にもそれみたことかと睨む者も居た。

 併合して一つの国として再出発はしたものの、未だ南北という意識は残り続けている。

 故に無理な協調は避け、それまでの形態から段階的に統一をしていこうという計画だったのだが、議会制を有する北朝側に対して南朝側は貴族権限が大き過ぎて、変革が遅れているのは周知の事実でもあった。


 そんな南北の機微を察しながらも敢えて護国卿は自らの非を認めた。

 応じるのは、併合後も続投を求められ、護国卿とも友誼を結びつつある元老院議長だ。


「どの地域でも起こり得た事ですな。まさか神殿まで築くとは驚きですが、そもそも都での反乱をいつまでも解決出来なかった事が発端でしょう。それについてP、貴方の意見を伺いたい」


 ともすれば非難するような言葉に、周囲の者達は緊張した。

 元老院制圧からアイドルの擁立、その為の資金援助に至るまで、Pを大きく支えていたのは誰であるか知らない者は居ない。


 楽しかったアイドル。

 可愛かったアイドル。


 その政策も、ここまでか、と。


「ふむ」


 瓶底眼鏡の青年が俯かせていた顔を上げる。

 机の上で汲んだ両手に、口元を隠しながら。


「んーーーー………………」


 と、彼らしからぬ間延びした返答の後に、言った。


「皆、反乱とか造反とか言ってるが……なんの話だ?」


    ※   ※   ※


 どこかズレていた。

 結構、致命的にズレていた。


 そうPは思う。


 そのズレがイマイチ理解出来ていなかったので、今日まで文句も言わずに応じていたのだが、ここへきてようやく一つの答えが出た。


「都近郊の砦を制圧した者達、彼らは国の施設に立てこもってアイドル論を語り合っているに過ぎない、ただの一般人だ」


 は? となる者達を差し置いて更に言う。


「辺境伯が神殿を築いてアイドルを擁立した? いいではないか。芸能とは分け隔てなく万民が扱うべきものだ。それを反乱と呼ぶのは一体どういうことなんだ……?」


 皆が固まる中、更に更に言う。


「敢えて言うのなら、砦の者達は不当占拠を続ける厄介ファンで、施設が取り壊し予定だったことを加味しても肝試しで廃病院を訪れた者達と大差はない。甘い判断だとは思うが、軽犯罪と見るのが普通だろうな。辺境伯についてもだが、まあ予算の着服は犯罪となるので別途追及はするが、非公式な神殿一つ建てた所で反乱扱いは流石に可哀そうではないか? 私も懸念していた所だが、かの地は流通が滞りがちで映像水晶の供給も十分では無かったと記憶している」


「まっ、待て待て待て!? 違うのか!? だって、アイドルは私達にとって政治の柱であり、軍事力としての効果がある……、っ!?」


 ついつい慌てたアリーシャへ、がばりと立ち上がったPが叫ぶ。


「アイドルは軍事力ではなああああああああい!!!!」


 机を叩き、目を血走らせ、また始まったかと皆が顔を背ける中、Pくん係だけはどしようもない。


「それはアレか!? 前に牙の国を撃退したからそう言っているのか!? 何を勘違いしているっ、我々は新たなファン獲得の為に活動をしていたに過ぎない!! 確かに芸能活動の妨害を跳ね除ける加護をアイドルは受ける事が出来るがっ、そんなものは副次効果に過ぎないのだ!!」

「わかった……っ、わかったから詰め寄ってくるなぁ……っ。ちかぃ、もうっ、落ちつけぇ……!」

「いいや分かっていない!! そもそもだァ……っ、その戦争脳をとっとと切り替えろといつも言っているだろうっ!! 芸能神の筆頭巫女であるお前がそんなでは戦神に力を与えてしまうだけだと理解すべきだっ、つまり今日は徹底的にお前の脳を洗浄するっ!! 寝ても醒めてもアイドルとして人々を幸せにすることしか考えられなくなるまでゼッタイに離さないからなァ……!!」

「や、やめろぉ、むりぃ、は、はなし、離し、てぇ…………っ」


 かつては戦場で炎髪姫とかなんとか言われたこともある騎士団長は顔を真っ赤にして崩れ落ちた。


 可愛い。


 見ていた者達はそう思いつつも目を逸らした。

 だって巻き込まれるからね。


「これこそが待ち侘びていた展開だ!! 我々以外にも神殿じむしょを立ち上げアイドルをプロデュースする者が現れる事!! ふはははははははっ、これからは爆発的にアイドルの供給が増えるぞ!! 急ぎ必要物資と技師を纏めて辺境伯へ送りつけてやろう!! 神殿もこちらから正式に認める発表を行う!! あぁでも、着服についてはしっかり追求しよう。アイドルの為になら犯罪も容認されると思われては困るからな。グッズ販売やステージ入場券など、金銭が発生し得ることについても法整備を急がねばならない。やることはいっぱいだ!! さあ会議を躍らせようか諸君っ、アイドルに満ちた世界が待っているぞ!!!!」


    ※   ※   ※


 反乱軍、もとい、立て籠もり犯達は解散していった。

 辺境伯による独自アイドルの擁立は世間に衝撃を与え、それを国が公式に認めた事で彼らの行動に意味はなくなったのだ。


 理想のアイドルを欲するのであれば、自らプロデュースすれば良い。


 今まで神格化されていたレイラとアリーシャによって、その道程が見えていなかった者達は研修生の存在によって気付いたのだ。

 未熟でも良い。

 今は拙くとも、いずれ二人の様に。

 それを目指すことは不可能では無いと。


 故の大規模ユニット、故の研修生、そして四十八名の中から拾い上げられていく特待生という制度。


 他にはないか。

 そう考える者も居るだろう。


 まさしく多種多様な価値観と、多種多様な手法によってこれからはアイドルが次々と生み出されていく。


 因みに枕営業は禁止だ。

 現役中の恋愛禁止も同じく。

 ただし、引退後は別であると明言されてもいる。

 過度に金銭を求めることも下劣と蔑まれアイドルの品位を落とすモノとされた。


 また絶対の掟として公布されたものが一つ、アイドルに触れるべからず。


 憧れを我が物にしようと権力を盾に下心を漲らせる者は出たが、芸能神マップァの巫女へ手を出そうとすると、神の加護によって弾かれると知られた。

 彼らに出来たのは、精々コスプレした娼婦を抱くくらいである。


 反乱は終結……そもそも反乱ですら無かった訳だが、ともあれ混乱は収まった。


 極東の島国より発したアイドルという存在は確固たる地位を確立し、近隣国から海を渡って見に来るものまで発生し、国を大いに潤わせた。


 順風満帆。

 数百年ぶりの平穏を味わう人々がゆっくりと戦いを忘れていって、どのアイドルがいいかと議論を交わす。

 また大地そのものにも良い影響があった。

 芸能を奉ずる者を守護するマップァ、その加護によって作物は大いに育ち、荒廃していた大地に力が戻ったのだ。


 餓えてこそ争いは激化する。

 他者から奪い、奪われた者は恨みを燃やし、また争う。


 その流れを断つ、大きな力へと育ってきていたのだ。


 故にまた、この出来事も必然ではあった。


「大変だ!!」


 レッスン室へ駆け込んでくるアリーシャ。

 既に準備を終えて、兄に手伝って貰いながら身体を解していたレイラ。

 二人の視線を受けつつ、彼女は告げた。


「影絵の国が我が国のアイドルを模倣し、巨大同盟を立ち上げた!! このままでは信仰を奪われてしまうぞ!?」






















    ※   ※   ※


   幕間 ―アイドル周辺機器誕生秘話④―


「さて、直接話をしたいとのことだが」

「はい、P。頼まれたことがイマイチ分からなかったもんで」

「私が頼んだのは照明機器だ。ただ周囲を照らすだけでは無く、こう、ビームのように色とりどりな光を放てるものや、花火のように特定の場所へ特定の形と色の光を発生させることが出来るのなら尚良い」

「びーむ? はなび? ってのは、一体どういうもので」

「ビームとは目標地点へこのように紐状に光の線を放つもので、花火は目標地点に光を散らして絵を描くようなものだと考えて欲しい。しかし、やはり難しいか……いや、貴族街などに街灯はあったからもしやと思ったのだが」

「出来ました。けどこんなの、適当な魔法使い集めた方が早い気もしますがねぇ」

「マジでか。凄いなファンタジー」


    ※   ※   ※

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