第5話

5

懐かしい彼の声、待っていた訳では無いけど、何故か心が揺れてしまった。

彼と別れて6年経つけど、

まだ私、彼の事を愛しているのかな?

会う場所は、彼とよく行ったスカイレストラン。あのホテルから見える夜景は、

今も綺麗かしら?


会う時刻は午後8時ね。

まだ時間があるわ。


私は馴染みの美容院に立ち寄る。


いつも空いているお店。

待つこともないお客の少ない美容院。


「洗髪とセットをお願いします。」

と、私の心は揺れながら、髪を洗ってもらう。

不思議ね、私。あれほど憎んだ人なのに。


アスカは遠い過去を思い出していた。

それは苦い過去であった。

息子が事故で亡くなり、アスカの心は荒れに荒れていたあの頃。

落ちこむ心を誤魔化すのは強い酒でしか無かった。

家事もろくに出来ず、夫に愚痴を言うだけしか出来ない、愚かな自分。

そんな自分自身に嫌気がさして、また酒を煽る。そんな日々が続いていた。


でも、解って欲しかった、夫だけには。

夫だけには、私を優しく包んで欲しかった。

母親が子供を亡くす辛さ、切なさを

解って欲しかった。

貴方だけには!


しかし、その希望も虚しく

夫婦仲は悪くなり、夫は帰宅する事が無くなっていった。


そして、夫には恋人ができた。

不倫と訴えたかったが、アスカのプライドが

許さなかった。

こちらから、別れてやるわ。

あんな男は真っ平御免よ。

と、別れてもう六年。


…彼のいい噂は聞かない。

女を取っ替え引っ換えしてるらしい。

今日私に「寄りを戻したい」と言ってきても

そうは簡単には問屋が下さないわ。

私だって意地があるもの。

土下座でもしたら別だけど・・・。…


「お客様、洗髪できましたので、髪を乾かしセット致しますね」

と、座席のシートを起こされた。

六年の月日で変わった事は、私のこの髪。

以前はショートカットなんてしなかった。

全ての想いを断ち切る想いで

私は自慢のこの髪を切ったのよ!

なのに、わたしは・・・・・。




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