短編作品集

豆木 新

とあるげんきんなやつの話


 登場キャラクター

 ・ 悠(主人公)

   ゲーム好きの一般的なオタク。過去に配信者として活動していた経験がある。

   仲のいい幼馴染がいる。

 

 ・ 幼馴染(名前無し)

   悠の幼馴染。何かと悠にちょっかいをかけてくる存在。

   悠のことが好きで、さりげなくアピールしているが悠には全く気付かれていな  

   い。


 ・ 望月もちづき 沙利さり

   金髪で、言葉遣いが少し荒々しい幼馴染の友達。

   悠とは面識がなく、今回の出来事で初めて悠と会話した。


—————————————————————————————————————




「粋がってんじゃねーよ雑魚」

「陰キャが強いのはお話の中だけだろう?そんなのも分かんねーのか?陰キャは」

 

 俺は地面に倒れたまま、耳触りの悪いその声を聞いていた。

 ——だが、こいつらに言われなくても分かっている。

 

 自分が喧嘩で不良に勝てないことくらい。


「……先生! こっちです!」

「やべぇ! ずらかるぞ!」


 今思えば他にやりようはいくらでもあった。わざわざ自分で不良に喧嘩を売るなんていう馬鹿な事、普段なら絶対しない。


 ――それでも喧嘩を売ったのは。


「……やっぱりうまくいかないよな」

 

 好きな子の前でくらいカッコつけたかったからだ。結果、カッコつける前よりダサいことになっているのだが。


「――ちょっと、だいじょうぶ?」


 そんな惨めな俺を助けに来てくれた幼馴染に、「だいじょうぶ」と返して立ち上がる。

 ……が、フラついてまともに歩けず、結局幼馴染の肩を借りて保健室に行くことになった。


   ◇


「さっきはすごいボコボコにされてたねー」

「笑い事じゃないだろ。マジで死ぬかと思ったわ」

 

 保健室から戻って来るなり、隣の席の幼馴染がケタケタと俺の無様な行動を笑ってきた。


「それで? 今回は何で殴られてたの?」

「……なにも。ただ向こうの気に障ったってだけだ」

「ふーん?」


 嘘はついていない。片思いをしている女の子が襲われていたから、止めに入った結果向こうの気に障っただけのこと。

 なのに、この幼馴染は俺の回答が気に喰わないらしい。


「てーっきり、女の子が言い寄られてるから助けに入ったとかだと思ったんだけど。違うんだ? へぇー?」


 煽りながら顔を覗き込んでくる幼馴染から顔を背けた。あまりに図星過ぎて恥ずかしくなってくる。


「——変わんないね。昔と」


 そう言って今度は微笑んできた。こいつとは長年一緒にいるのに、未だになぜ表情をころころと変えるのか理解できない。


「そんな昔と変わらない悠に頼みがあります!聞いてくれる?」

「一文字につき百円な」

「おっけー。実はさ、私の友達にVチューバ―になりたいって子がいるんだけど……」

「却下。絶対やらない」


 幼馴染が言い終わる前に俺は拒否した。誰かに何かを教えるなんてめんどくさいことこの上ない。何より――。


「お前、俺がそういうの嫌いだってこと知ってるだろ」


 俺は昔から動画配信者が嫌いだった。大して面白くない動画をネットという海に不法投棄していくゴミ。そんなゴミを神のように推しだなんだと祭り上げるバカも。どっちも嫌いだ。

 挙句の果てに、動画が面白くないと批判すれば「私(俺たち)だって頑張ってるんですよ。人の頑張りを否定するのはクズですよね?」とか抜かすし、周りもその通りだと考えもせずに言う。


「えー⁉ いいじゃん! 私の親友なの! ねぇお願い!」

「お前が何を言ってきても絶対やらない。残念だったな」


「——は? なんで?」


 俺の声でも幼馴染の声でもない、第三者の声。

 そんな声が唐突に会話に入り込んできて、俺は声が聞こえてきた方へと振り向く。

 威圧的な声を放った主は、あろうことか俺より体の小さい金髪のギャルだった。


「私なんかには出来ないって言いたいわけ? 喧嘩売ってるなら買うけど?」

「ちょ、ちょっと沙利やめて! そいつボコボコにされたばっかりだから! 死んじゃう!」


 俺の胸倉をつかんで脅しをかけるギャルを幼馴染が必死になだめる。その状況にため息しか出てこなかった。


   ◇


「で、えっと…望月さんは何でVチューバ―になりたいんすかね…?」

「皆を笑顔にしたいから、だけど文句ある?」


 文句しか出てこない。まず人を笑顔にさせたいと思うやつの態度じゃない。次に、何をしたら人が笑顔になるのか想像もしてないタイプだ。


「……本音は?」

「――なにか⁉」

「いや、何でもないっす。すんません」


 あまりに見た目との違いがありすぎて思わず本音を聞いてしまったが、殺されそうな勢いで聞き返された。


「沙利が本気でそう思ってるのに確認するとかないわー。悠サイテー」

「……お前はとりあえず黙ってろ」


 金髪ギャル――望月沙利のなりたいVチューバ―は「皆を笑顔にする」だけらしい。チャンネル登録者数の目標も、どんな配信をするのかも全く決めてない――Vチューバ―をなめすぎじゃなかろうか。


「俺が決めろってことだと受け取っていいのか? ……これ」

「そう。私が決めてないところはアンタが決めて」


 そう言われたので、紙にやるべきことを書き出していく。とはいえそこまで時間はかからなかった。


「……まぁ、こんなとこか」

「おぉ、早いね。見して――」


 そう言って手を伸ばしてくる沙利から紙を取り上げる。


「はぁ⁉ ちょっと! どういうつもりなわけ?」

「――これを渡す前にお前に確認しなきゃいけないことがある」

「……なによ」


 脅される形でやったとはいえ、俺は元々動画配信者が嫌いだ。もしコイツがそういう風になるのであればこの紙は渡したくない。


「まず、お前が思ってるほどVチューバ―の世界は甘くない。それこそ四六時中動画のネタを考えなきゃいけないくらいだ。それでもいいんだな?」

「そんなのアンタに言われなくても分かってっし。だから早く――」

「もう一つ。私も頑張ってるって絶対言うな。」

「はぁ? なんでよ⁉」

「動画内、あるいはSNS。簡潔に言うと、お前の視聴者が見れる媒体で自分の頑張りを言うな。いいか? 動画配信者がどれほど頑張っていたところで見る側には一切関係ない。それが当たり前なんだ」


 面白くなかったら見てもらえないのは当たり前。批判コメントが来るだけまだマシだ。

 それを視聴者のせいにするなんて愚かすぎる。それがクリエイターとしての責任なのだから。


「わ、わかった……」

「――じゃあ、これ。言っとくけどそれの通りにやっても有名になれる保証ないからな」

「……はぁ⁉ じゃあ私、何のためにアンタに頼んだわけ⁉」

「甘ったれんな。さっきも言っただろ」

「……沙利だいじょぶだよー。悠が紙に書いたことやってればとりあえずうまくいくって! ねぇ? 悠——」


 細かすぎると悲鳴を上げている望月と、なぜか俺のことを信頼しきっている幼馴染を置いて俺は家に帰った。


「――ログボ回収でもするか」


 ……なんて呑気なことを考えながら。


   ◇


「――なんだ……これ」


 望月にレクチャーしてから、早いもので一週間が経っていた。

 そんな状況で朝、学校の自分の席で開いたスマホ。俺はその画面を見て呆然とした。

 最近日課になりかけているVチューバ―「サリアノ」のエゴサ。

 昨日の朝に動画配信サイトで検索した時は全くヒットせず探すのに苦労したというのに、今日はそれを開くまでもなくスマホの画面に表示された。


「——【Vチューバ―サリアノ殺人か】ってどういうことだよ……」

 

 まだ会ってから全然時間が経っていないが、人を殺すような奴じゃなかったと思う。人を殺しそうなくらいの目つきで脅されたが……多分殺してないだろう。そもそも、そんな奴が幼馴染と親友だとは思いたくない。


「とはいえ確かめようがないか……」


 ネットは既に、Vチューバ―が殺したというあやふやなものを事実だと思い込んでいる。「最低限、倫理観のある人間以外が発言するとこういったことが起きる」など、どういう事件なのかまるで報道していない。


「使えねー……」


 これ以上調べるのは無理だと判断して机に突っ伏せようとして――幼馴染に腕を引っ張られた。


「ついてきて!」

「――は、いや……これから授業だぞ⁉」

「いつも寝てるでしょ‼」


 俺じゃなくてお前が!というツッコミは、普段の話し方からは想像もできないくらい急いでいる幼馴染の耳には届かなかった。


   ◇


「沙利! 入るよ? ……悠もそんなところに座ってないで!」

「い、いや……。お前は、化け物、か……」


 正直、喋るのすら苦しい。

 目的地も告げられずに望月の家まで引っ張られてきたのだが、かなり走らされた。約二キロの道のりを全力ダッシュさせるのは普段運動してない人間を殺しに来ている。

 しかし、俺の皮肉に幼馴染は反応することなく、動かないままの俺の体をひきずって望月の部屋に入った。


「……ぁ」


 消え入りそうな声で反応する望月に、それまでの疲れが吹き飛んだ。

 ――今まさにベランダから飛び降りようとしている望月の姿が見えたから。


「飛び降りる前に、何があったのか俺にも聞かせてくれないか。……大丈夫。お前の味方だからさ」

 俺がそう話しかけると望月は涙を流しながら部屋に戻ってきた。


   ◇


「なるほどなー……」


 チャットのコメントに対して望月なりの意見を返したら、それを否定されたと勘違いした視聴者が自殺をした。というのが今回の事件の真相らしい。

 実際、そのコメントをスクショしたものを幼馴染に見せてもらったし、自殺者の母親らしきSNSのアカウントとも言ってることに変わりがない。

 

 ――だが。


「望月悪くないよな。これ」


 いじめをしたことがあるという視聴者に対し「いじめるのはよくない」と言ったら、何を勘違いしたか自殺した。

 それを殺したといって騒ぎ立てられているに過ぎない。


「私は人殺し……。私は人殺し……。生きてちゃいけない……」

「それでいいのか? お前。ここまでやってきたのに」


 個性がないとか何とか言われていたが、チャンネル登録者数は一万を超えていた。始めて一週間でここまで行くとは思いもしなかった。それを捨てるのは勿体ない。


「お前に問題があるわけじゃないし、一言謝罪すれば平気だろ」

「は、はぁ⁉ 人が死んでるんだよ⁉ 謝罪一言で済むわけないでしょ⁉」

「……お前馬鹿だな」


 ネットやコメント欄で散々叩かれた結果だろう。望月は自分が殺したと思い込んでいる。


 ――実に阿保らしい。


「望月が何をしたっていうんだよ。お前は正しいと思ったことを言っただけだろ。それを聞いて死んだんならそいつが弱いんだよ。思い悩んでたとか知ったこっちゃないだろ。自殺した奴は逃げたんだ。自分の過去の過ちから」


 ただ逃げているだけに過ぎない。理由があれば許されると思っていた過去を過ちだと言われて。

 変えようとすることも向き合うこともせず、全部自分を否定した人間のせいにして逃げただけ。

 そんな奴のために謝罪する事すらバカバカしい。


「だからお前がVチューバ―を辞める必要なんかない。――どうしてもっていうなら自分が言ってることは正しいって言ったうえで自殺者が出たことを謝ればいいよ」

「ぇ……?」

「後は、お前が自分で決めろって。……続けるつもりなら応援するよ」


 それだけ残して、幼馴染と望月の家から出た。


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