第66話 Lv.1は不穏な空気を感じる

「――【ボルト】!」


 相馬の手に青い稲妻が走ると――電撃の塊が飛んでいき、オーク・ボアの身体を焼き焦がしていった。


「……どうよ、俺の新スキル! 【ボルト】の威力は!」

「「おぉーっ」」


 得意げな顔をする彼に、壱郎とユウキは素直に拍手する。


「すごい、すごいよ相馬さん! ついに手に入れたんだね、中距離スキル!」

「あぁ、威力も速度も申し分ない。かなり強力なスキルだな」

「……へへっ」


 二人から絶賛された相馬は少し照れくさそうに頭を掻いた。


「これで……これで、どうかな?」

「ん? なにがだ?」

「少しは山田さんに――追いつけたかな?」

「「…………」」


 なんて言い出した彼に、二人は顔を見合わせる。


「うんうん、壱郎に一歩近づいたよ!」

「そのスキルをもっと鍛錬すれば、俺なんか簡単に追い越せそうだ」

「……へへっ、そっか」


 ユウキと壱郎の回答を聞いて、相馬は満足そうに笑みを浮かべた。


「でも、昨日習得したのなら言ってくれてもよかったのに。なんなら披露してくれても」

「えっ、あっ……あぁ、えっと……ほら、気づかなかったんだって。俺ってバカだからさ、スキル習得したことわかんなくてよぉ!」

「なるほど、そういうこともあるのか」

「そういうこと……ある、かなぁ?」


 一度もレベルアップしたことのない壱郎は、慌てたような相馬の説明を疑うことなく受け入れる。が、対するユウキは首を捻っていた。


「そ、そういえばさっ。あの刀のチビッ子、今日はこの辺にいるのか?」

「ん? さあ……ダンジョン内を巡回してるらしいから、大宮近辺のダンジョンにはいると思うが。雪音さんがどうかしたのか?」

「そうか……いや、いないんなら、それでいいんだ」

「?」


 何故か雪音がいないことにほっと安心する相馬。壱郎の不思議そうな視線に気が付き、彼は「いやその」と続ける。


「あいつ、ちょっと怖いっつーか……なんというか、ちょっと苦手なタイプなんだ。ほら、正しい規律以外は絶対認めなさそうだし、あの冷たい目なんかも特にさ」

「あー……雪音ちゃん、容赦なさそうだもんね」


 相馬の言葉にうんうんと頷くユウキ。しかし、壱郎はきょとんとした顔をしていた。


「え、そうか? あの子、結構優しいと思うんだが」

「……えっ。昨日つんけんされてなかった? というか、お前に一番当たり強くなかった?」


 Lv.80台にてかなりの実力を持っている雪音にとって、壱郎というダークホースと出会ってしまったことでプライドが傷ついたのだろう。昨日も『二度と会いたくないです』なんて言われていたのだが……?


「うん、それでも優しいと思うよ俺は」

「……壱郎」


 と、尚も肯定する壱郎にユウキは恐る恐る訊いてみる。


「もしかしてM? エリィちゃんからもそういうことされたい系?」

「いや、そういうのじゃないから」



***



 三人は今日も大宮北ダンジョンにてクエストをこなしている。


「【ウインド】!」


 ユウキの風魔法が放たれ、ミノタウロスのバランスが少し崩れた。


「よっしゃ、俺が!」



 その隙をついて相馬がすかさず懐へ飛び込むと、自身の剣に稲妻を走らせる。


「――【ボルト】!」


 相馬の剣は青い軌道を描きながら、ミノタウロスに見事一撃を食らわせた。


 ……のだが。


「――ヴォォォオオオオッ!」

「なっ……!?」


 まだ倒しきれず、ミノタウロスは咆哮しながら相馬へ拳を固める。

 やられる――そう思って、手でガードしようとした時。


「よいしょっと」


 一陣の風が吹き……いつの間にか近くまで来ていた壱郎がミノタウロスの拳を難なく受け止めた。


 ――【伸縮】+【伸縮】+【伸縮】+【衝撃波】!


 ドパンッ!


「あっ」

「あぁーっ!?」


 壱郎の一撃により、ミノタウロスの身体は破裂。粉々に散っていく様子を見てユウキが悲鳴を上げる。


「すまん、やらかした」

「もうっ! 今回は討伐クエじゃなくて部位報酬クエなのに! ミノタウロスの角が手に入らないといけないんだからね!?」


 木っ端微塵になってしまっては、部位なんてものは残ってない。頬を膨らませて怒るユウキに謝りつつ、ちらりと相馬の方を見た。


「相馬さん、大丈夫だったか?」

「……っ。お、おう、ありがとな!」


 なんてお礼を言うが……彼のその笑顔は、どこかぎこちなかった。


 ――さっきより威力が……もう時間になっちまったのか、くそっ。


 相馬はふと思い出す。


 効果時間は個人差あるが、10~12時間。効果が切れそうになったら……。


「大体壱郎はエリィちゃんがいないと――!」


 なんて二人が話している隙に、相馬がポケットから取り出したのは……白い錠剤。

 バレないように一錠、素早く口に放り込むと水で流し込む。


 ――流石にこんな早く定着するわけがないか……。


 スキルは定期的に使い続けること。

 スキルが定着するまで数日は必要。


 錠剤を貰った際に言われた言葉である。


 ――もっとだ。もっと、俺は山田さんみたいに強くならないと……!


「ま、倒しちゃったもんは仕方ないだろ! 山田さん、もっかいミノタウロス探そうぜ!」

「あぁ、そうだな」

「次はちゃんと角回収するからね!」


 なんて明るい会話の裏で相馬の心身はどんどんと黒く蝕まれていることに――この時はまだ誰も気が付いてなかった。



***



 相馬の体調が崩れていったのは、数日経った頃のこと。


「……ぜぇっ……ぜぇっ……!」

「……相馬さん、大丈夫? 顔色悪いよ?」


 彼は少し動いただけで激しく息切れをするようになっていた。


「っ……だ、だいじょう、ぶっ! こんなの、全然っ……!」

「いやいやいや、マジでやめとけって。今にもぶっ倒れそうじゃん」


 まだまだと言った感じで顔を上げる相馬だが、壱郎が慌てて彼の両肩を掴む。


「今日は休んどいた方がいいよ、うん。残りのクエストは俺たち二人でやるからさ」

「で、でも! 俺は! 俺はまだ!」

「なにを焦ってるのかわからないけど……まだ死にたくないだろ? 命あるのが一番なんだから」

「っ……」


 壱郎に諭され、相馬の顔が歪む。


 ふと脳裏に蘇るのは……かつての相棒、斉藤サイトの顔。


「……そう、だな。そうさせてもらうよ……すまん」

「送っていこうか?」

「いや、そこまでは……帰れるから、ちゃんと」

「そ、そう……じゃあ、うん、お大事に……」


 フラフラと帰っていく相馬の背中を、ユウキと壱郎はじっと見ていた。


「ユウキ……相馬さんさ……」

「うん……確証はないけど……」


 壱郎が言いたいことを察したユウキが頷く。


 突然のスキル発動。初めてにしては強力すぎる技、時間経過により不安定となっていく力。


 あくまで――あくまで想像だが、最悪の未来のことを考えると……。


「明日……までだよな。エリィが休むの」

「うん」

「明後日以降はまた配信活動に戻るんだよな」

「うん」

「じゃあ明日、雪音さんに来てもらおう。連絡先はもう聞いてあるんだ」

「うん、その方がいい。相馬さんが手遅れになる前に……僕たちで止めなくちゃ」



 不穏な空気が漂い始め……それを敏感に感じ取った壱郎とユウキは、静かに決心した。


 もしも……もしも相馬がモンスタースキルを服用しているのであれば――友人として止めなくちゃいけないことだと思ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る