第64話 Lv.1たちは桜剣士のおだて方を知る

「なんだ、斉藤さんのご家族じゃなかったのか……」

「誤解です、勘違いも甚だしいです。全国にどれだけ『さいとう』なんて読み方の人がいると思ってるんですか。あなたの中では全員『さいとう』さんはファミリーなんですか」

「なんだぁ……」

「いや壱郎、気にするところはそこじゃないから」


 ところ変わって第9階層。

 壱郎たちは突然現れた助っ人、斎藤雪音と共に大宮北ダンジョン内で休憩をとっていた。


「えーっと……なんと呼べばいいかな?」

「お好きにどうぞ。名前なんて飾りでしかないので」

「……じゃあ、雪音さんはどうしてここに? 迷子かな?」

「壱郎壱郎、この子警察官」

「え、そうなの? コスプレじゃなくて?」

「コスプレの子供がモンスターを狩れるはずないじゃん!」

「……はぁ」


 二人のやり取りを聴いていた雪音は小さなため息をついた。


「まったく、ここまで愚かだと返す言葉もありませんね。この私を迷子扱いする輩に出会ったのは、これで205人目です」

「めっちゃ会ってんじゃん」

「それほど愚か者が多いってことです」


 凍てつくような目で壱郎を睨みつける。


「それに見た目で判断するのは愚の骨頂ですね。私はもう16歳です」

「十分子供じゃん」


 妹の百合葉より年下な雪音は、どうしても子供という領域から抜け出せない。


「あと……私、強いので。あなたたちの力なんて借りなくてもこの程度の階層くらい、攻略できますから」

「あぁ、それはわかってる。あの剣捌きで只者じゃないってことくらい」

「……そう、ですか」


 あのオーク・ボアの群れを一瞬で葬り去った。その時点で相当な実力者だということくらい、壱郎にはわかっていた。


「……一年前」

「ん?」

「今から一年前ね……第30階層ものの秋葉原ダンジョンを初めてソロ踏破した人がいるっていう伝説があるんだ」

「……おぉ、なんか聞いたことあるな」

「あっ、俺も知ってるぜ!」


 唐突に語りだしたユウキに、壱郎と相馬が反応する。


「秋葉原ダンジョンと言えば難易度S、幾度とない戦闘を繰り広げた猛者のみが深層へ行けるダンジョン。Lv.70台を集めたパーティーでも簡単に全滅しちゃうくらい難しいんだ」

「へぇ……それをソロ踏破した人って、よほど凄い冒険者なんでしょうね。伝説級なんでしょうね」


 と、ユウキの語りを聴いていた雪音が急に乗ってきた。

 心なしか先程までの冷徹な表情ではなく、少し誇らしげな顔でチラリと壱郎たちの方を見てみる。


「結構ニュースになってましたもんね? いくら愚かなあなたたちでも、その踏破者の名前くらいは当然知ってますよね?」

「いや、うちにテレビなかったから知らん」

「世の中に興味ないから知らん」

「……………………」

「二人とも、ご本人が目の前にいるよ……」


 雪音がまた冷たい表情へと戻った。


「はぁ……もういいです。あなたたちを助けた私がバカでした。もうさようならということで――」

「あれ? 一年前ってことは15歳の時に攻略したってことだよな? あんた……すげぇな!」

「――っ」


 ピクリと。

 相馬の率直な意見にユキの耳が動いた。


「よく考えたら超すげぇじゃん! 15歳の時の俺なんて、覚えたてのスキル連発して遊んでた思い出しかないし!」

「……いえ、別に? そんな、褒められるほどでもありませんが?」

「「…………」」


 本人の中ではあくまで冷静を装っているのだろう。

 だが……明らかに違う雪音の態度に、ユウキと壱郎は顔を見合わせる。


「――そうなんだよ! 雪音ちゃんは最年少ソロ記録保持者! 今も16歳って若さでLv.87っていうとんでもない強さ! まさに最強と言っても過言じゃないんだよ!」

「さ、さいきょ……いえ、そこまで言われるほどじゃないですが?」

「さっきのスキル、そして剣捌き……まああれだけの実力を見せつけられて、只者なわけないよな。凄腕の冒険者以上だってことくらい、俺でもわかるよ」

「……そ、そうですか? 私、そんな風に見えますか?」

「「見える見える」」

「…………」


 連投するユウキと壱郎の追撃に、雪音はこほんと咳ばらいを一つ。


「そうですか。あなたたち、どうやら見る目があるようですね。もしよろしければ残りのクエストも手伝いますよ。ふふんっ」


 ――わあ、チョロい。『ふふん』って言ったよ、今。

 ――チョロ過ぎて、ちょっと心配になるレベルだ。


 いくら凄腕の冒険者だろうと16歳の少女。褒めに褒められ、彼女は今天狗になりつつあった。


「ところで、雪音ちゃんは巡回中……なんだよね? なんでここに?」

「はい、とあるモノを追ってるんです」


 ユウキのさり気ないちゃん付けにも反応せず、気をよくした雪音はスマホを操作する。


「あななたちは、こんなのを見たことがありますか?」


 と見せてきたのは一枚の写真。

 何かの注射器、そしてなんの文字も書かれてない錠剤が映っていた。


「なんだこれ……?」

「知らないな。ユウキ、わかるか?」

「えーっと……多分ネットのどこかで見たことがあるんだけど……ごめん、実際に見たことはないかも」

「……そうですか」


 それぞれの反応を見て、雪音は少し肩を落とす。


「これは人智を越えたスキルを与えるアイテム……『モンスタースキル』というものです」


 ――モンスタースキル?


 何処かで聞いたことあるワードに、壱郎はピクリと反応した。


「あっ、それは知ってる! 文字通りモンスターみたいなスキルを得られるんだ! ただ、かなり……いや超危険なアイテムというか……」

「えぇ、使用した者の身体を蝕み、最終的にはモンスターそのものになるっていう恐ろしいアイテムです」

「……あ、思い出した」


 二人の説明を聞き、壱郎がポンと手を叩いた。


「俺、そのワード言ってた奴らと会ったことあるわ。あれ、そのモンスタースキルっていう力を使ってたのか……ドラゴンの尻尾みたいなのを生やしたやつは暴走気味だったけど」

「――! まさしくそれです! その方たちは今どこに!?」

「あー……モンスターにやられちゃったよ」

「……そう、なんですか」


 ようやく見つけたと思った目撃情報だが……残念ながら、彼らはドラゴンシルクによって焼き尽くされた。もう骨すら残ってないだろう。


「で? そのモンスタースキルってのと、あんたがここにいる理由……どう繋がるんだ?」

「最近、このとんでもないアイテムが流行ってるんですよ。この大宮という街を中心に」

「……あぁ、なるほど。それでここ、大宮北ダンジョンにいるんだな?」


 察しがついた壱郎に、雪音はコクリと頷く。


「私の目的はこのモンスタースキルの出所を突き止めること……その為に、この大宮近辺のダンジョンを周回してるんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る