第60話 Lv.1の大切なトモダチ

「……やったな? 今、お前らからやったな!?」

「んじゃ、正当防衛ってことでいいすか~!?」

「ぶっ殺してやるよ! てめぇら二人なんざ!」


 壱郎とエリィの怒りの鉄拳を見ていた他の連中が武器を構えた。


 ――六人……いや、あの金髪はまだ倒せてない。七人か。


「エリィ。あのスキンヘッドの男――任せていいか?」

「……!」


 壱郎に指示された男は……初日、エリィに色目を使ってきた男。

 そして繭を斬り裂き、一番最初にモフ太へ刃を振り下ろした男でもある。


「……うん、任せて。あいつは私がやる」

「よし。後の連中は任せろ」


 エリィの返答を聞いた彼は力強く頷くと……一気に跳躍。複数相手に向かって飛び込んでいく。


「【インパクト】っ!」

「――むっ!?」


 エリィもスキルを発動すると、スキンヘッドに向かって肉薄していった。


「へっへ、ちょうどいい! まずはお前から――」


 ――出力40%!


「【インパクト】!」

「う、ぉおっ!?」


 問答無用。大剣を思いっきり振りかぶっていく。


「ちっ……そうかい、そういうことでいいんだな!?」


 スキンヘッドは舌打ちすると、懐から真っ赤な宝石を取り出す。


「今手に入れたこの宝石の力――ここで試させてもらうぜ!」

「……!」


 男が宝石をククリナイフに当てると、銀色の刃が赤く発光しだした。


「――っらぁ!」


 スキンヘッドの大きな横振り。


 ――けど、そんな大振り……見切れる!


 エリィは軽く身を引く……が。



 ――ドガンッ!


「あ゛ぅっ――!?」


 避けたと思った彼女に、思いもしない衝撃波が走った。


「ハッ……ハハハッ! こりゃあいい! 強力なモン手に入れたぜ!」

「っ……!」


 ――今の、爆発……!?


「おらぁあっ!」

「ぐっ――!」


 次なるスキンヘッドの攻撃。今度は避けずに大剣で受け止める。


 ドガンッ!


「うぁあっ!」


 やはり刃が振りかざされた瞬間、爆発が走りエリィに襲い掛かった。


「はぁっ……はぁっ……!」


 ――これ……あの宝石の力だ!


「【爆破】の付与――いいねいいねっ! テンション上がるねぇっ!」


 その圧倒的な力にスキンヘッドは勝ち誇った表情を浮かべると、距離を取ったエリィへ余裕の態度を取る。


「おら、休めると思うなっ! どんどん行くぞ!」

「――っ!」


 一気に駆け出してくるスキンヘッドに、エリィも慌てて武器を構え直す。



 一撃。


「ぁがっ!」


 また一撃。


「ぐ、ぅうっ!」


 また一撃。


「ぃぎっ!」


 爆破という未知数の力に、エリィはどんどん押されていく。


「これで――終わりだっ!」


 ――ドガンッ!


「あ゛ぁあっ!?」


 スキンヘッドの大振りな攻撃。

 普段なら簡単に避けることができる彼女だが……受け止めることすらままならず、直撃を受けてしまう。


「へっへっへ……よっと!」

「ぅあ゛っ!!」


 もはや攻撃など必要ない。

 男は満身創痍のエリィを突き飛ばし、地面に倒れた彼女の華奢な身体へ馬乗りになった。


「一目見た時から可愛いなって思ってたんだよなぁ!」

「……っ!」


 ボロボロになったエリィを見て、スキンヘッドはにんまりと笑う。


「リーダーには悪いが……一足先に味見、させてもらうぜ!」


 そして今にも破れそうな衣装へ手をかける。


「……っ!」

「おっ? なんだぁ? 可愛い抵抗だなぁ?」


 伸ばされる男の手をエリィが必死に掴んでいた。


「――らぁっ!」


 そして空いた左手で男へ平手打ちを繰り出す。


「はっは! えらく力の入ってない攻撃だな、えぇ?」


 男は避ける素ぶりすらない。

 エリィが何度も何度も抵抗するが……そんなもの、防具を着こんでいるスキンヘッドには全く意味を為さないのだから。


「ぜぇっ、ぜぇっ……!」

「もうわかっただろ? どっちの方が強いのか!」

「……っ」


 とうとう男がエリィの両手首を掴んだ。もう抵抗できない体勢にされてしまう。


「へっへ、悪く思うなよ? お前の身体でちょっと楽しんで――そのまま人質にする。そうすりゃ、あのおっさんの動きも止まるだろ?」

「……!」

「弱いお前が悪いんだよ。弱いお前が――」


 ――ガギンッ!


「あっ……?」


 いよいよエリィの柔肌へ触れようとしたその時……スキンヘッドの腰から衝撃が走った。

 いや、正確には――腰に納刀しておいたククリナイフ。


 突然衝撃を受け、ククリナイフは男から離れた位置まで飛んでいく。


「なんだぁ……?」


 スキンヘッド自身に衝撃はない。急にナイフのみに衝撃波が飛んできた……そんな感じだった。


「……私」

「あ?」

「私……あなたに何回触れたと思う?」


 と。

 抵抗できない状態でふとエリィが問いかけてきた。


 それがなんの意味なのかわからないが……男はにんまりと笑う。


「んー……10回、いや11回じゃないか? 可愛い抵抗だったなぁ。嗜虐心がそそられたぜ?」

「そう、11回。私は11回、あなたの身体に触れた」


 対してエリィはひどく落ち着いていた。

 これから自分が何をされるのか想像がつくだろうに、一切取り乱してなかった。


「私ね、スキルが【インパクト】しか覚えられてないの」

「……?」

「その原因がこの羽のせいなのかわからないけど――とにかく、いくらレベルを上げてもそれしか覚えられないんだ」

「……ははっ。それがどうしたんだってんだ? ただの不幸自慢かぁ?」

「……はぁ」


 彼女は小さくため息をつく。

 ここまで言えばわかると思ったのに……相手の危機感のなさに呆れたのだ。



「だからさ……使い方もできるの」


 ――パァンッ!


「――っ!?」


 エリィの言葉と同時に――男の手に衝撃が走った。

 何もされてないのに、だ。


「最初は手に一回……だったよね?」

「なっ、なっ……?」


 衝撃を受け、思わずエリィから手を放してしまう。


「な、なにがっ……!?」

「まだわからないの? 私の【インパクト】は触れたものに衝撃を付与する。即発動させることも――

「――!!」


 その意味を知った瞬間――スキンヘッドの顔がさっと青ざめた。


「お、おま、まさかっ!?」

「さあ食らいなさい! 残り、身体に触れた分を!」

「や、やめ――!」

「【インパクト】10連打!」


 エリィがそう叫んだ瞬間――男の身体に走る衝撃。


「――がぁあああっ!!?」


 まるで見えない攻撃をされているかのように、スキンヘッドの身体に攻撃が打ち付けられていく。


 エリィは一気に立ち上がると、仰け反った男に蹴りをかまして地面へ転がした。


「うがっ――!」

「させないよ」


 懐に入れようとした手をエリィは踏みつけて止める。


「みんな……今まで出会ってきた相手ってさ、私のこと舐めてかかってくるんだ」

「……!」

「私が女だからなのか、こんなちっこい身体をしてるからか……理由はよくわかんないけど、とにかく私を『弱い』って認識するみたい――でも」


 そう言って、彼女はスキンヘッドを睨みつける。


「今の状況見てさ――どっちが弱いんだろうね?」

「ひっ……!」


 スキンヘッドが顔を歪めた。


「や、やめっ……やめてくれ! 俺が悪かった! 許してくれ!」

「……なにそれ、命乞い?」


 武器は飛ばされた。対抗手段も封じられた。

 もう打つ手がなく、情けなく叫ぶ男にエリィは凍り付くような目を向ける。


「あの子の傷……すごく痛そうだった」

「へっ……へっ?」

「見てるだけで私も痛かった。何度も何度も刺されて、本当に苦しそうだった」

「な、なにを言って――」

「そんなひどいことをした奴に! 『やめてくれ』だなんて言われたって――なんにも響かないんだよっ!!」

「ぶべっ!?」


 怒りのこもった叫びと共に、彼の顔面を蹴りつけた。


「……ちょうどいいや。私もこの前手に入れた力、ここで試させてもらうよ」


 とエリィが嵌めたのは……黄金に光る、無限の指輪。

 スキンヘッドの胸ぐらを掴みあげると、無理矢理身体を起こさせる。



「い、いやだっ! いやだいやだいやだっ! やめて、やめてくれ――!」

「あの子が受けた痛み全部! その身で思い知れっ!!」


 彼女は右拳を固めると、腹部に向かって思いっきり殴り付けた。


 ――出力100%、フルパワー!


「【インパクト】ッ!!」



 ――ドパンッ!!



「――ぁぁぁぁぁあああっ!!?」



 エリィの凄まじい衝撃波にスキンヘッドは大きく吹き飛んだ。

 情けない悲鳴を上げながら宙を舞い、壁へとぶち当たる。


 ――拳でこの威力なんだ……。


 普段の大剣の数倍はある衝撃波に、エリィはじっと指輪を見つめた。


 ――これ……大剣で使ったら、どうなるんだろう?


 その威力は未知数。

 とんでもない代物を手に入れたことを改めて実感したエリィの頬に一滴の汗が伝う。


「吹っ飛べ!!」

「「「うがぁぁぁああっ!?」」」


 と。

 目にも止まらぬ壱郎の連撃に、他の六人もまとめて壁に叩きつけられていった。


「おう、こっちは片付いたぞ」

「……壱郎くん」

「ん?」


 壱郎の身体には傷が一つもなく、なんだか余裕そうにも見える。

 それに対してエリィは満身創痍の状態だが……彼女は精一杯の笑顔を壱郎に向けた。


「こっちも一発、かましてやったよ」

「……そっか。気分は?」

「最高っ」


 彼女の返答を聞き、お互いコツンと拳を合わせる。


「ぐっ……くそがっ……!」



 と壱郎たちを睨みつけるのは色黒金髪。


「な、なんで勝てねえんだ……!? こっちはモンスタースキルを使ってるってのによ……!」


 ――モンスタースキル?


「だが、弱点もわかったぜ……お前らは俺たちを殺すことができない! 生半可な優しさなんて持ってるから、殺すのに躊躇してるんだ……!」

「…………」

「ヒーヒッヒッヒ……! 生きて帰れば儲けもんよ……! 俺たちはちょこーっとだけ反省してるフリすりゃあいいんだからな!? モンスターを討伐してた時に、事故で近くにいた人も死なせてしまっただけ! これが真実! 法では俺たちは裁けない! ざまあみろ!」

「……もうちょい痛めつけるか、あの減らず口」


 気になるワードがあったが……どうでもよくなかった。

 まったく反省してなさそうな男たちに制裁を与えるべく、壱郎が拳を固め直して一歩踏み出した――その時。



「――じゃあ、判断はこの子に委ねましょう」


 入口の方からラヴの声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにいたのはラヴとシャドー、ユウキ。そして――



「――ヴォォォォォオオオオオオオオオオッ!!」

「――!!」


 部屋中に轟く咆哮。

 全身が綿のドラゴンで形成されたシルク。


 Sランクモンスター、ドラゴンシルクである。


「モ、モフ太……!」


 そのドラゴンシルクを見た瞬間……それがモフ太だとエリィは一瞬で判断できた。


「なっ、なっ、なっ……!」

「なんでっ、どうしてっ……!?」

「か、確実に殺ったはずだ! そんなわけが――!」


 チャラ男集団が狼狽する中、モフ太は翼を広げる。

 天高く飛び上がり、やがて集団の前へと降り立った。


「ヴゥゥウッ……!」


 その唸り声からして……とても友好的な態度とは思えない。


「確かに僕たち冒険者じゃ、君たちを殺せない。法で裁くにしたって、僕たちの満足いくような結果にならないだろうね……でも」


 ユウキが怒りの籠った目で睨みつける。


「いたんだよ、唯一君たちを正しく裁ける子が。まだ希望は残されてたんだ」

「ヴォォォォォオオオオオオオオオオッ!!」

「「「ひぃっ……!」」」


 咆哮するモフ太に、男たちの顔がさっと青ざめた。


「お、おおおおお落ち着け! 相手はドラゴンシルク! 火属性の魔法さえ与えなければ――」

「【フレイム・バレット】!」

「【ファイヤーボール】!」

「――ぁ? あああぁぁあああぁぁーっ!?」


 通常種のシルクは火に弱い。だがドラゴンシルクは身体に火を纏うと、攻撃力が大幅に強化される。


 よって――ラヴとユウキの放った火はモフ太を強化するのに十分な材料となった。


「お、お前らぁ! 利敵行為だぞっ!?」

「う、裏切り者ぉっ!」

「そうだそうだっ!」

「利敵? ……なにか勘違いしてないかい?」


 喚く集団に対し、ユウキは冷たい声で言い放つ。


「僕たちはモフ太の味方であって――君たちの味方なんかじゃないよ。最初からね」

「――ヴォォォオオオオオッ!」

「「「ひ、ひ、ひぃぃぃいいっ!!」」」


 炎を纏ったモフ太の咆哮に、全員が身を固める。

 そこにいる誰もが動けない。壱郎とエリィによって痛めつけられ、身体はボロボロの状態だからだ。


「た――助けて、助けてくれ! 悪かった、悪かったよ! 俺たちが悪かったから、許してくれ!」


 さっきまでの態度はどこへ行ったのやら。

 色黒金髪はひどく狼狽した声で、エリィたちに叫んできた。


「あ、あんた、このモンスターと仲良しなんだろ!? 止めてくれよ! なぁ!?」

「…………」


 情けない男の叫び声に、エリィはじっと炎を纏ったドラゴンシルクを見つめる。

 彼が本当にモフ太なら……きっとエリィの声が届くはずだ。


「……モフ太」


 ピクリと僅かにドラゴンシルクの頭が揺れ動く。

 それは……エリィの言葉に反応しているかのようだった。


 彼女は続ける。




「やっちゃって」

「――ヴォォォォォオオオオオオオオオオッ!!」


 その一言と呼応するように――ドラゴンシルクの炎が激しく噴き出した。


「な、なんでだよっ!? 止めてくれよ! おい止めろって!! こんなん許されると思ってるのか!? 人を助けるのが、普通だろ!!? 殺されるのを、黙って見届けるわけがないよなっ!!? なぁおいっ!! おいってば!!」

「あのね」


 怒りと後悔が混じり合った醜い声にエリィははっきりと言い放つ。


「私たちはヒーローじゃないの。だからあんたたちが今からどうなろうが、殺されようが――どうだっていい」

「「「――!!」」」


 突き放す彼女の言葉に、全員に絶望の表情が広がった。


「うわあああああああああっ!」

「いやだ、いやだああああああああっ!!」

「死にたくない、死にたくないぃぃっ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃぃっ!!」


 悲鳴を上げる者、命乞いをする者、今更謝る者。

 集団は一斉に叫び声をあげるが……壱郎たちは誰もその呼びかけに反応しない。


「……おっと」


 ふとシャドーがドローンカメラに気が付く。


「これから見える映像は――君たちリスナーには刺激が強すぎるかな」


 そう言って、自身のハットをカメラに被せた。

 グロテスクな映像だと判断した場合、ドローンカメラは自動的にモザイク加工をするシステムとなっている。だから別に隠さなくても大丈夫なのだ。


 だがそれでも、なるべく刺激の少ないように――紳士を志すシャドーにとって、それが最大限の配慮。


 彼の行為を見ていたユウキも、自分のマントを脱いでエリィのドローンカメラに被せてやる。



「あぁぁああああぁぁぁっ!」

「熱い――熱い熱い熱い熱い熱いぃぃぃっ!!」

「がぁあっ!! あああああぁぁぁっ!!」

「死ぬ! 死ぬ! 嫌だ、死にたくないぃぃっ!!」


 制裁は既に始まっていた。

 モフ太の噴き出したブレスに、男たちの身が焼かれていく。


「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「あぎゃぁぁぁあああっ!!」

「かひゅっ……うあああぁぁぁぁぁっ!!」


 肉が焼け落ち、呼吸ができなくなる。

 因果応報。今まで行ってきた罪が全て返ってくるように、炎は集団に襲い掛かっていた。


「……あぁ、そうだ。地獄へ行く前に一つ」


 壱郎が思い出したかのように、炎の中へ呼び掛ける。




「裁かれる理由は――わかるな? お前らは俺たちの大事なトモダチに手を出した」

「「「あぁぁっ――!」」」



 彼の言葉を聞き、なにを考えたのだろうか。

 憎悪? 後悔? それとも反省? ……どの感情を抱こうが、もう遅い。


 荒れ狂う炎は――男たちの身体が灰になるまで続いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る