第59話 Lv.1に託された想い
「ラヴ、手当だ! シルクの方優先!」
「う、うん!」
事態はまさに地獄だった。
比較的冷静なシャドーとラヴは真っ先に子供シルクの方へ向かっていく。
「っ……いち、ろ……」
「っ! ブレイズ!」
そんな中、赤い巨人の片目に微かな光が戻った。
「す、すまねっ……えっ……! 約……束が……!」
「今、それはいいから! 誰にやられたんだ!?」
「い、壱郎の……トモダ、チ……と名乗ってた、集団……だど」
「……!」
――やっぱり、あいつらか!
今この場にいないチャラ男集団。彼らは先にダンジョンへ入り込み、今の現状を作ったのだ。
「……でも、ブレイズさん! 強いはずなのに、どうして……!?」
「それ……は……あいつを、盾にしてきたんだど……」
「――!!」
と、ブレイズが震える右手を動かし指さすのは……破られた巨大な繭。
「おらが、攻撃しようとすれば……あの繭を破壊するって……だから……!」
「ひどい……!」
ブレイズにとって、あの繭の死守は使命であり、生命線そのもの。
卑劣な戦い方に、ユウキが眉間に皺を寄せる。
「……それで、お前は攻撃したのか?」
「し、しなかったど……できるわけが、なかったど……」
「だよな……」
そんなこと言われて、ブレイズが攻撃できるわけがない。この場から逃げるわけにもいかないので、ただやられるのみの状態。
だが、現状は繭が破かれている。
「つまり――あいつらはブレイズを倒した後、繭を破壊したんだ」
「……!」
それしか考えられない。
繭を破る理由などないのに……奴らはただ破壊衝動と快楽の赴くままに、繭を破壊したのだ。
「だ、騙されたんだど……あいつら、壱郎のトモダチだ……っていうから、ここまで案内した途端……後ろから一斉攻撃、されて……」
「なっ……なんだよ、それ……!」
完全なる不意打ち。正々堂々とは言い難く、脅しながら勝負を挑む。
やること為すこと全てが卑怯そのもの。
聞いてるだけでどす黒い感情が湧き出てくるような話である。
「で、でも……」
ブレイズがゆっくりと頭を捻り……頭のない死体の方を見た。
「おらがやられる前……あの男はおらと繭をずっと守っててくれたんだど……」
「斉藤さんが……」
頭部がなくなってしまうので、判断しづらいが……相馬が近くに寄っていることや、昨日と同じ冒険者の格好からしておそらく斉藤なのだろう。
「あの男がいなかったら、もっと早くやられてたど……本当に……助かったんだど……」
いつから気付いていたんだろうか。
斉藤は昨晩……いや、ここに来た時点で、あいつらの行動を注視してたのだろう。
「いち……ろう……」
ブレイズが掠れた声で、壱郎のガントレットを指さす。
「その手についてるの……『ジャバウォックの涙』なんだど……」
「……! 知ってるのか?」
「へへっ……モンスターの中で、ジャバウォックを知らないやつなんていないど……」
彼はフッと笑うと……ゆっくり手を伸ばしてきた。
「壱郎……おらの力、受け取ってほしいんだど……」
「…………」
「……頼む。おらはもうじき死ぬ……だから……おらの代わりに、かたき討ちを……!」
「……あぁ。わかった」
彼の切なる願いを受け取るように――壱郎がその手を掴んだ。
「お前の想い――託されたよ」
「あぁ……」
握手した瞬間、水晶が赤い光を放つ。
壱郎の返答を聞き、ブレイズは優しい口調でつぶやいた。
「おらは、本当にいいトモダチを持ったど――」
天を見上げ、幸せそうに笑うと……目から光が消滅し、握っていた手から力が抜ける。
そして数秒もしない内にもう動く気配もない、ただの物言わぬ赤い鎧となってしまった。
「……山田さん」
と。
シャドーが斉藤の胸ポケットから抜き取ったスマホを壱郎に渡してくる。
「録画中でした。今さっきまで」
「……!」
壱郎はスマホを受け取ると、動画データを確認した。
『――おっとぉ、攻撃していいのかなぁ!? こいつに攻撃しちゃうぜ!?』
『ぐっ……やめるんだど! こいつには手を出すなど!』
『だったら――大人しくやらとけやっ!』
『ギャハハハハッ、こいつザッコ~! こんなの守るために本領発揮できないとか、雑魚の極みじゃ~ん!』
「……なにそれ、動画?」
と、気になったエリィも横から覗き込んでくる。
モフ太の繭に刃を向け、半笑いで脅しているチャラ男の姿がそこに映っていた。
場面は転換する。
『おい邪魔だてめぇ!』
『ここをどけよカス!』
『はぁっ……はぁっ……どか、ない! どくわけ、ないでしょうが!』
ボロボロになったブレイズは壁で動かなくなり、次にチャラ男たちはカメラ――斉藤に向かって、武器を構えていた。
『大体、これはないんじゃないの!? あいつが手出ししなかったら、この繭にはなにもしないってのが――!』
『あぁ? なに勘違いしてんだよてめぇ』
『最初から、どっちも殺すに決まってるじゃーん! ひゃはははははっ!』
『……っ!』
同じ人間だとは思えない下衆な発言に、斉藤の身体が強張るのが伝わってくる。
『大体よう、こいつらモンスターだろ? 冒険者はモンスターって悪をぶっ潰す……俺ら、なんも間違ってなくね?』
『間違ってないなぁ! 正義だよなぁ!』
『むしろ、モンスターの味方をするお前の方が間違ってる! 悪の手先じゃねぇか!』
『こ、このっ……お前らと同列になんか――!』
『あー、もういい。話にならん。お前は悪ってことで――顔面、ぶっつぶれろやぁぁぁああっ!!』
『ごぱっ――!?』
ハンマーを振りかぶったかと思いきや――視界は暗転。ゴシャリと嫌な音を立て、映像が乱れる。
『……うーわ。人の頭が潰れるとこ、生で見たよ』
『気持ち悪っ』
『おい、あいつらの配信観てるが、もう第5階層来るぞ! 急げって!』
『まーまー待てよ。お楽しみがあるんだから――よっ!』
と、一人が短剣を構えて繭に突き立てた。
乱暴に引き裂かれた繭から、成長途中のモフ太を引き抜く。
『はーい、ご開帳~』
『モフッ……!?』
『あああぁぁ~! あいつらが守ってたものをぶち壊すの、気持ちぃぃ~!』
『いくらボスモンスでも、ここまでちっちゃいのなら、楽勝だよな~!』
『モフッ、モフッ!』
『は? なにこいつ、抵抗すんの?』
『人間様に楯突こうってわけ?』
地面に叩きつけられながらも、なんとか抗おうとするモフ太に一人の男が短剣を構えた。
『立場が上なのはどっちか、わからせてやるよ――この害虫っ!』
――パキィッ!
男の短剣が振り下ろされたところで、突然画面に亀裂が走る。
持っていた壱郎の手に力が入ったことでできたヒビだった。
「シャドーくん、ユウキさんこっち来て! この子、まだ――あれ、二人とも!? どこ行くんです!?」
ラヴの呼び掛けに応じず、壱郎とエリィはボスの部屋へと続く扉を開く。
「おっ、来たぜこっちに!」
「っへーい! 気分はいかがだい!?」
「俺らに歯向かったらどうなるか、わかった!? これでわかった!?」
ふざけてるとしか思えない声が大広間に響き渡る。
扉の向こうには……予想通り、チャラ男集団がニヤついた笑みで二人のことを待ち構えていた。
「お前らさ……自分がなにしたのか、わかってるのか?」
「「「……はぁ?」」」
という壱郎の問いかけに集団はピタリと動きが止まり……やがて大笑いしだした。
「いーひひひひっ! 怒ってる怒ってる!」
「はぁあ~!? なにしたのかわかってるのか、ってぇ~!?」
「説教か!? 説教ですかぁ!? もしかして説教系配信者ですかぁ!?」
男たちは馬鹿にしたように笑い出し、うちリーダー格らしき色黒金髪が壱郎の前まで歩み寄る。
「俺たち、悪いことしてなくなぁい? ただ、モンスターを狩っただけなんですけどぉ? ――なぁ、みんな!?」
「「…………」」
「そうだそうだ! なんも悪いことしてねぇぞ!」
「「…………」」
「モンスターぶっ殺して何が悪いのかなぁ!!?」
「「…………」」
「なに、お友達死んじゃったことに心痛めてるの!? 冒険者向いてないよ、やめたらぁ!?」
「「「い、い、言えてるぅ~!!」」」
「「…………」」
「――と、いうわけですがぁ?」
各々が罵倒を浴びせ、色黒金髪が勝ち誇った表情をした。
「俺たち、ちゃんと冒険者やってっからさ? どうなろうがどうでもいいんだよ、あんな化け物どもっ!」
「……にするな」
「あぁ? 聞こえない聞こえない、ぜーんぜんっ、聞こえなぁーい! これだから陰キャくんは困るんだよなぁ~! よぉーし、仕方ないから冴えないおっさんに教育してやるよ! 言いたいことがあるんだったらよぉ、はっきりと――ぶはぁっ!!?」
男の言葉はそれ以上続かなかった。
何故なら――壱郎とエリィの拳が色黒金髪の顔面にめり込んだのだから。
「……一緒にするな」
拳を震わせ……壱郎とエリィは怒りに満ちた表情で集団を睨みつける。
「お前らみたいな化け物と――あいつらを一緒にするなっ!!」
「あんたたち、絶対に――絶対に許さないっ!!」
――【
水晶が赤く光った瞬間……壱郎の身体から蒸気が溢れ出してきた。
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