第49話 Lv.1、赤羽新ダンジョンの抽選に当たる

「――ウオオオオオオオオオッ!」


 大広間のような空間の中、雄叫びが轟いた。


「お前……お前、面白いやつだど! 気に入ったど!」

「……あ、うん」


 雄叫びの主は壱郎を指さすと、ニンマリと笑った。


「決めたど! お前、おらとトモダチになるんだど!」


 なんて言い、手を差し出してくる。


「…………」


 壱郎はしばらくその手を握らず、じっと見つめていた――人を簡単に握りつぶせそうな巨大な手を。


 目の前にいるのは真っ赤な巨人。明らかにモンスター。


 そのモンスターから今、壱郎は友人関係を築かれようとしていた。

 


 ――どうしてこうなったんだろうか。


 目の前にいる真っ赤な巨人を前に、壱郎はこれまでの経緯を振り返ってみることにした。



***



「――朗報朗報!」


 事の発端は7月上旬。


 梅雨真っ只中の雨模様、壱郎はユウキと対戦ゲームをしてた時、エリィが騒がしくリビングへ入ってきた。


「ん、どうした?」

「――隙あり!」


 壱郎が顔を上げたと同時に、目を光らせたユウキは素早くコントローラーを操作する。

 決めるは即死コンボ。


「甘い」

「へぇっ!?」


 だが、壱郎の方が上手だった。

 ノールックで攻撃を回避すると、そのままユウキのキャラを掴み上げ。空中に放り、コンボを決めた。


「ほいっ、ほいっ、ほいっと」

「あぁぁーっ!?」


『GAME SET!』


 ユウキのキャラが場外へ吹っ飛ばされ、試合が終わる。


「わ、わざと僕を誘ったね!? この卑怯者!」

「いやどっちがだよ」

「ゲームの話は後にして! そんなことより、これ!」


 二人の前に立ったエリィが一枚の白い封筒をテーブルに置いた。


 『エリィの愉快な一団様 赤羽区域管理センター』――と、封筒の表紙に記載されている。


「赤羽……?」

「そう、当たったの!」

「……なにに?」

「赤羽新ダンジョンの先行抽選に!」

「お、おぉーっ!!」


 エリィの報告を聞いたユウキはさっきまでの怒りが消え失せ、感激のあまり思わず拍手していた。


「赤羽……新、ダンジョン? 赤羽ダンジョン、リニューアルでもするのか?」

「……はぁ」


 いまいちピンと来てない壱郎に、エリィは小さくため息をつくと……ガッと両肩を掴んだ。


「配信者の掟! アンテナは常に高くせよ! ――私たちは冒険配信者! 例え明日世界が滅ぶことは知らなくても、ダンジョンに関わる新情報だけは仕入れなきゃダメなの!」

「おぉ、それはすまん」


 ――いや、流石に明日世界が滅ぶニュースは知っといた方がいいような……?


 極端すぎるエリィのたとえ話にユウキが心の中でツッコミを入れるが、当の壱郎が納得してるので何も言わないでおく。


「赤羽新ダンジョンっていうのは、赤羽ダンジョン以外に新しくできた場所なの。正式名称は『赤羽第2ダンジョン』……まだオープンしてない、まさに未踏の地だよ!」

「おー……で、先行抽選っていうのは?」

「文字通り、オープン前に先行で入れますよーってこと。パンの懸賞で応募してたから、頑張って集めた!」

「いいの? そんなテーマパークみたいなノリで決めちゃっていいの?」

「もう当たっちゃったもん。仕方ないじゃん」


 そういえば、最近エリィがやたら菓子パンを配ってたことを思い出すが……どうやらこれが原因だったようだ。


「でも実際これ、相当なハイリスクハイリターンなんだよ? なんてったって、未踏のダンジョン、難易度は不明。この先行抽選の中で死ぬ可能性だって……十分にあるんだから」

「……まあ、そうか」


 確かに未踏の地を踏み入れるということは、それなりの覚悟が必要ということなのだ。気軽に応募できるようなものじゃないだろう。


「日時は7月15日と16日の二日間。ダンジョンに入れる時間帯は朝7時から夜10時までのみだよ」

「二日間か……」

「うーん、結構厳しいね」

「むしろ二日間ももらえるって思わなくちゃ。流石に全マップ制覇はできないだだろうけど……絶対ネタになる。なんてったって、まだ誰も足を踏み入れてない新エリア。配信は爆上がり間違いなしだねっ!」

「おぉ、じゃあ配信の許可は取ってあるんだな?」

「え?」

「「……え?」」


 途中までガッツポーズを決めていたエリィだが、壱郎の何気ない確認にピシリと空気が凍る音が聞こえた。


「……冒険配信者ってのはね、チャンスだと思ったらすぐに飛び込まなくちゃいけないんだ。後先なんて考えないんだよ」

「つまり、取ってないんだな? 許可」

「すっかり忘れてたよ」

「エリィちゃん……君って子は……」


 あっけらかんとするエリィに二人が頭を抱える。


 そんな時だった、助け舟が来たときは。


「……そんなことだろうと思った」


 と。

 リビングのドアが開き、制服姿の百合葉が入ってきた。


「あ、おかえりー!」

「ただいま。それと……これ。三人にお土産」


 なんて彼女がスマホを見せてきた画面には……一通のメール。


「エリィさんがなにか応募しようとしてたのは私も気づいてたからね。事前に許可もらっといてよかったよ」

「お、おぉっ……おおおぉぉっ……!」


 どこまでも先回りする百合葉に、エリィが感動でわなわなと震える。


「ゆ――百合葉ちゃぁぁぁんっ! ありがとぉぉぉ~っ! 私のリーダーとしての尊厳がなくなるところだったよぉぉぉぉぉ~っ!!」

「もう大半失ってるようなもんだけどね」

「ありがとぉぉぉぉぉ~!」

「むぎゅ」


 途中でユウキが口を挟むが、まるで聞こえていない。

 思わず抱き着いてくるエリィに、百合葉は鬱陶しそうに眉を潜める。


「んん……別にお礼なんていらない。欲しいのはお兄からのプロポーズ」

「一生手に入らないぞそれ」

「じゃあ代わりに私がめいいっぱいハグしたげる! ありがとぉ~っ!!」

「……すぐ手に入るものほど、手放したくなるもんだね」


 エリィからのハグからまったくありがたみを受けてない彼女だが、ボソリと呟いた。


「まあ……私が確認してなくても、大丈夫だっただろうけど」

「……? どういうことだ?」

「当日になればわかるよ」


 なんて言う百合葉の真意はわからないが……とりあえず許可をもらったことは確実。

 かくして三人は赤羽新ダンジョンの先行配信への切符を手に入れたのだ。

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