第2部

第47話 Lv.1の幸せはどこ?

「ねぇ壱郎くん。壱郎くんは今、幸せ?」

「……え、どうした急に? 哲学?」


 それはとある休日の拠点内での会話。


 することもないので配信動画を漁っていたところ、エリィから急に問われて壱郎は困惑した。

 質問主であるエリィがスマホを操作して見せてくる。


「いやさ、こんなメッセージが届いてさ」

「ほう?」


 と彼女が見せてきたのは、tweeterで設置していた質問箱からのメッセージ。


『いつも配信、楽しみに観てます!

 質問なのですが、人にとっての幸せってなんだと思いますか?

 冒険者にとっては強くなること、配信者にとっては人気になること。他の人たちも、それぞれの仕事に合わせた幸せの基準があると思います。

 でもそれは仕事にとっての幸せであって、人にとって幸せじゃないような気がするんです。

 人として共通の幸せがあると思うのですが、エリィさんはなんだと思いますか?

 長文失礼しました。これからも配信、頑張ってください!』


「えーっと……カウンセラーでも始めたのかい?」

「こんな質問、別に珍しくもないよ」


 なんて質問する壱郎にエリィは苦笑いした。


「まあ、この前の配信の影響はあるかもね。ほら、雑談枠でそんな話したじゃん?」

「あぁー……エリィが酔ってめちゃくちゃ暴れてたやつ」

「そうそう、配信中なのに壱郎くんが酔い潰れて寝ちゃったやつ」

「「…………」」


 二人の間に火花が散る。

 ちなみに、一番苦労してたのはユウキだということを忘れてはいけない。


「で、その時に幸せ関連について話した気がしてさ。こんな質問が来たわけよ」

「ふーん……でもなんで俺に訊くんだ?」


 質問されてるのはエリィのはず。

 首をかしげる壱郎に対し、エリィは少し言いにくそうに目を背ける。


「いや、その……ほら、壱郎くんって色々苦労してきてるじゃん?」

「……あぁ、そういうこと」

「えっと、気を悪くさせちゃったのならごめんね? 別にバカにしてるわけじゃなくて――」

「大丈夫だよ。別に遠慮しなくてもいいって言ったじゃないか」


 少し遠慮がちな彼女に壱郎は笑いかけた。


 世界中にダンジョンが出現し、全人類にレベルが付与された現代。

 ダンジョンに挑む冒険者のみならず、学校や社会にも様々なレベル制度が採用されている。

 まさに時代はレベル格差社会と言っても過言ではないだろう。


 さて、ここに山田壱郎という人物がいる。

 彼は幼少期からずっとレベルアップしないLv.1。レベル基準となってしまった現代では、まさに最底辺の存在。誰もが彼のことを蔑むような目で見てきた。


 だが、そんな時に出会ったのが個人勢の冒険配信者エリィ。

 彼女のおかげで今、フリーランス兼冒険配信者として生活できているのだ。


 だが……そんな彼も全ての問題が解決したわけではない。

 壱郎は依然としてLv.1のままだし、今は配信冒険者として成功しているものの……それが人の幸せと直結しているとは限らないだろう。


 だからこそエリィは気になったのだ。

 はたしてイチローは……本当に幸せなのかどうか。


「そうだな……」


 質問内容をじっと読んでいた壱郎がぽつりと呟く。


「そもそもなんだけど、前提条件が間違ってるよ」

「……えっ?」


 ポカンとするエリィに壱郎は続ける。


「今の俺は幸せだよ」

「そう……なの? でも……」

「なにかを成し遂げるとか、解決するとか……幸せっていうのはさ、そういうことだけじゃないと思う」

「…………」

「お兄、ちょっと」

「ん、今行く……あ、その質問は君が考えてみてほしいかな。エリィなら――きっと、俺と同じ答えになると思うから」


 壱郎はそう言い残すと、百合葉に呼ばれた作業部屋へと入っていった。


「自分で考えてみてほしい――か」


 リビングに残されたエリィは一人考えてみるが……答えは出ない。

 壱郎はLv.1。エリィやユウキ、百合葉は彼のことを認めているし、だんだんと認知も高まっているとは思うが……まだまだ世間では彼のことを認めてるとは限らない。

 だが、それでも壱郎は幸せだと言ったのだ。


 ――壱郎くんにとっての幸せって……なんなんだろう?


 そんな疑問と共に、彼女の背中に生えている悪魔の片翼がばさりと広がった。


***



「――あはっ。この子もかーわーいーいーっ! あーしのお気に入り、決定!」


 薄暗いどこかの洞窟。しんと静まり返っている不気味な雰囲気の中、キャピキャピとした声が空洞内に響き渡っていた。


 桃色の長い髪と瞳を持った少女。服は黒いワンピースのみ。地面にしゃがみ込んでるその姿は色々と見えてしまいそうで、どこか扇情的に見えてしまう。


「うーん……お前がいいかなー? それともお前かなー? ――よーし、どっちもお持ち帰りしちゃおっ!」

「――それは聞き捨てなりませんね」

「んげっ……」


 と。

 一人楽しく遊んでいた少女だが……背後から冷え切ったような声を聞いた瞬間、眉を潜めた。


「はぁ……こんなところにいたんですね、姫」


 ため息交じりに近寄ってくるのは上半身裸という奇抜なファッションをした黒髪の大男。その上半身から見える筋肉から非常に鍛えられていることがわかり、整った顔立ちも合わせて屈強な戦士を彷彿とさせる。


 だが……頭に生えた禍々しい二本の角、凶悪そうな黒い尾、肉食恐竜のような歯からして、普通の人間じゃないことが明らかだった。


「ふーんだ、ふーんだ。あーしの幸せタイムを邪魔するようなジャローなんて知りませんよーだ」

「…………」


 まるで子供のように拗ねる桃色黒服少女に、ジャローと呼ばれた男は白い目で見る。


 ……と。


「――ヴォォォオオオオオッ!!」


 彼の背後からレッドミノタウロスが雄叫びと共に駆けだしてきた。

 だが、ジャローは振り返らない。


「あっ♡」


 ――ザンッ!


「あぁーっ!!?」


 ジャローが右手を軽く振り上げた瞬間……ミノタウロスの右半身が消失した。


「――ォォォッ……」

「あ、あぁあーっ!」


 自身に何が起きたのかさえわからないままミノタウロスが倒れると同時に、桃色の少女から悲鳴が上がる。


「ちょっとぉ! その子も可愛かったのに! なんで顔ごと食べちゃうのかなぁっ!!?」


 なんてヒステリックな声で非難しだす彼女に、ジャローの目がますます鋭くなっていった。


「――いい加減にしてください。あなたのコレクションだけで、こちとら整理整頓が大変なんですよ。お持ち帰りしたいのなら一つまで。そして不要なのはさっさと処分しなさい」

「むぅ……ジャロー、なんかお母さんみたい」

「約束を守れなければ、全て捨ててもらいます」

「わかったよぅ……」


 動じないジャローの態度に少女は口を尖らせると、自分が持っているものを見比べ。


「じゃあ、こっちはいーらないっ」


 と投げ捨てた。

 ドサリと足下に落ちたのは……ワイバーンの生首。


「帰りますよ、姫。我らがダンジョンへ」

「はーい……あっ、そうだ! 聞いて聞いて! ようやく見つけたんだよ!」

「……見つけた、というのは?」

「もう、とぼけないでよ。あーしが捜してる子って言ったら……一人しかないじゃん?」


 なんて立ち上がった少女の背中から――ばさりと悪魔の翼が広がる。

 だが……その翼は完全なものではない。

 

 左の翼しかない、


「あぁっ……あーしって、ホント幸せ。会うのが楽しみだな、楽しみだなぁっ……!」


 恍惚とした表情で桃色髪の少女は呟いた。

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