第46話 Lv.1の遅めの春

「――これで準備OK!」


 リビングに機材を設置し終えたエリィが周囲を見回す。


「みんなも配信準備、できてるかな!」

「うん、僕はいつでも」

「開始ツイートの準備できる。もう3万人待機してるよ」

「あぁ、俺も大丈夫だ」

「……よしっ!」


 それぞれのメンバーの返答を聞き、彼女は決意を込めて『配信開始』のボタンを押した。


 途端にドローンカメラが起動。ソファーに座っている三人のことを映しだす。


「時刻は午後6時――はーい、集合! みんな、『エリィの愉快な一団』が配信する時間だよ!」




 色々起こった秩父ダンジョン攻略から数日が経過した。


 身柄を抑えた黒崎は、百合葉が事前に呼んでおいた警察に引き渡しておいた。

 なにやらネットの掲示板で黒崎の住所が特定される騒ぎもあったようだが……壱郎にとってはどうでもいいこと。彼のこれからを知ろうとは思わないし、関わろうとも思わない。


 今までやってきた行為をきちんと裁かれてほしい――彼への関心など、たったそれだけなのだ。


 そんなことより大変だったのはエリィたちの方。事情聴取やら色々あり、配信する時間がなくなってしまった。

 結果、三日目から今まで配信することができなかったのだ。


「黒崎に襲われた時より悔しい想いだね。冒険配信者として活動できなかった期間は」


 なんてエリィは冗談交じりに語っていた。


 だが……そんなゴタゴタもようやくひと段落つき、こうして壱郎たちはまた配信できている。配信タイトルは『【秩父ダンジョン攻略】幻の三日目』。


「……でさ、それからがもう大変! 私はなんともないーって言ってるのに、病院に行かされたりなんなりでさ!」

「あははっ……エリィちゃん、暴れてたもんね。『配信させろー配信させろー』って」

「うん、軽い拷問だったねありゃ」


:草

:草

:お疲れ様w

:検査は一応受けなきゃダメよw


 今日の配信はエリィたちの拠点内で行われている。配信での振り返りや裏話なんかも踏まえて、あの三日間で起こった内容を話す雑談配信だ。


 あの出来事が起きてから、四人はなにも変わってない。ユウキは相変わらず男装してるし、百合葉は動画編集で忙しそうである。壱郎自身もなにか変わったわけじゃなく、ただ変わらぬ日常を過ごしている。


 その不変な日々が……壱郞には少し不満だった。


 ――唯一変わった点があるとすれば……。


 チラリとエリィの横顔を見つめる。

 正確には、エリィの背中を。


「? どうしたの?」

「いや……なんでもない」

「てか壱郎くん、配信中なんだからね! 黙ってチョコばっか食べてないで、喋る!」

「あぁ、すまない」

「もうっ!」


 エリィは頬を膨らませると同時に漆黒の翼をやや動かした。


 ……そう。あれからエリィは悪魔の片翼を普通に出している。

 色んな人からモンスター扱いされる――かと思いきや、意外にもそんなことなかった。


 黒崎に無理矢理晒された効果があってか、割と受け入れられている。むしろ「可愛い」「もっと気軽に出して」等のコメントが多く寄せられた。


 まあもう隠しても仕方がないことでもあったので、エリィは翼を常に出しておく方針に変えたのだ。


「あっ、そうだ! 無限の指輪!」


 と、エリィがふと気が付いたように、ポケットから指輪を取り出す。


「さ、壱郎くん! 右手出して!」

「え? いや、これはエリィさんが……」

「いいの! あの配信のMVPは壱郎くんなんだし! ね、みんなもそう思うよね!?」


:異論なし

:おk

:エリィがそういうならOK


「ほぉら! みんな了承してるんだし、さっさ出す!」

「うーん……まあ、そこまで言うなら」


 リスナーたちも反論の声が上がらず、壱郎はしぶしぶ右手を前に出す。


「では、トロフィー授与~」


 とウキウキで壱郎の指に指輪を通そうとするエリィだが……数秒後、怪訝な表情に変わった。


「ん、あれ……?」

「どうした?」

「入らないんだけど……」

「えっ?」

「おかしいな……壱郎くん、ちょっと自分で入れてみて?」


 エリィに指輪を渡され、壱郎も指輪をはめてみようとする……が。


「……入らないな」


 全然入らない。第二関節で突っかかってしまうのだ。


 その様子を見てたユウキが手を挙げる。


「もしかしてなんだけどさ……その指輪、エリィちゃんを所持者として登録されちゃったんじゃない?」

「「え?」」

「ほら、黒崎の手から離れた時、キャッチしたのはエリィちゃんでしょ? これはマジックアイテムなんだし、そういうこともあり得るのかなーって……」

「……つまり?」

「あぁ……エリィさんが所持者だから、通せないってことか」


 ユウキの推察にうんうんと納得する壱郎。


「うそん……」


 だが、対するエリィはかなりショックを受けていた。


「えぇぇ……これで壱郎くんのレベル上がらない現象が治ると思ったのに……! ちょ、壱郎くん! なんとかして通せない!?」

「いや、いいよ。俺はそこまで困らないし」

「私が困るんだよぉっ! こんな超強力なアイテム持たされても、使いこなせる気がしないよぉっ!」


 なんて叫ぶ彼女だが、本当に壱郎にとってはどうでもいいことだった。

 今まで『永遠のLv.1』だとバカにされてきた。誰もが蔑み、手を差し伸べてくれなかった。


 ――けど、今は。


 ここに百合葉がいる。ユウキがいる。そして……エリィがいる。


 その事実だけで、壱郎は満たされているのだから。


「けど、なんかあれだったねぇ」


 とユウキが少しニヤつきながら、エリィと壱郎を交互に見る。


「さっきの指輪渡し……結婚式の指輪交換みたいでドキドキしちゃったよ、僕」

「なっ――!?」


 その言葉に大きく動揺したのはエリィだった。


「な、なななに言い出すの! あれは入れる指が違うじゃない!」

「そうだけど、傍から見たら、そうにしか見えなかったよ?」


:草

:草

:確かに見えたw

:[\10,000]もう付き合っちゃえよ!

:尊くてしぬ


「~~~! みんなも! からかわない!」


 エリィが顔を真っ赤にして誤魔化そうとするが、コメントの勢いは止まらない。


「ほら、壱郎くんも! なにか言ってよ!」

「……なにか?」

「そう、なんでもいいから!」


 彼女に促され、壱郎がふと思い出したのは……ユウキの言葉。


 ――壱郎の素直な気持ちを伝えてあげたらさ。エリィちゃん、きっと喜ぶよ。


 素直な気持ち。

 あれから考えて考えて……至った結論。


 あの時から何も変わらない四人。

 でも、壱郎は……。


「エリィさん」

「うん!」

「――いや、

「……へっ?」


 身体を向けてくる壱郎にエリィはぽかんとした目で見る。


「俺、エリィに会えてよかった。本当に感謝してもしきれないくらいに」

「う、うん」


 真剣に話してくる彼に、エリィも体を向き直った。

 ようやく呼び捨てで呼んでくれているのだが……今の彼女の頭にそのことは入って来てない。


「君は俺の恩人だ。その事実には変わりない」

「そ、それは……どうも?」

「――でも、変わりたいと思うんだ」

「……ん?」

「これからも君を守りたい。一緒にいたい――傍にいたいって」

「んん??」


 そこで一区切りすると……壱郎は頭を下げてきた。




「好きです、付き合ってください」

「……………………」


 壱郎を見てエリィは処理落ちしたかのように固まる。

 そして……その言葉をだんだんと理解し、徐々に顔を赤らめていった。


「ちょっ、なっ、なっ、なっ……!?」

「……わお。これはびっくり」


 エリィのみならず、ユウキも目を丸くさせる。

 確かに壱郎に素直な気持ちを言った方がいいと助言したのは彼だが……こんなことになるとは思ってなかったらしい。


「な、なに言って!?」

「……ダメか?」

「いや、ダメとかじゃなくて! わ、わた、私たち、グループだし!」

「うーん……いいんじゃないかな? 最近、こういうこと多いって聞くよ?」

「ユウキぃ!?」


:ああああああああ尊い尊い尊い

:おいおいおいおい死ぬわ俺

:[\20,000]山田ぁ!よく言ったぞぉ!

:ヒューッ!

:エリィ、返事は!?

:これは……伝説の告白!

:伝説の告白だああああああ!

:すげぇ……初めてリアタイしたよ……


「みんなもこの空気大丈夫な感じ!? ってか伝説の告白ってなに!? そんなの初耳だよ!!?」

「ほら、返事は? 壱郎、待ってるよ?」

「なっ、いや、そのっ……!」


 しどろもどろするエリィの視界に……ふと作業部屋から顔を覗かせている百合葉が目に入った。


 変わらずの無表情だったが――彼女の目がエリィに何か訴えかけているようである。


「うぅっ……うぅぅっー……!」


 唸りに唸って……やがて顔を真っ赤に染めたエリィは観念したかのようにコクリと頷いた。



「こ、こちらこそ……よろしく、お願いします……」


:きゃあああああああああああ

:はい俺死んだ、間違いなく死んだ

:まぶしくて画面が見えない

:[\10,000]山田ぁ!幸せにしろよぉ!

:[\30,000]さよなら現世。死因は尊死だったよ

:[\5,000]やばいニヤニヤが止まらん

:[\10,000]推しカプが結ばれた…もう浄化してもいいや…


「で、でも! 今までと同じように接するように!」

「あぁ、わかった」

「えぇー? デートとかしないのぉ? デート配信とか、需要ありそうだよ?」

「しないわそんなん!」


:して

:やって

:是非!

:俺らは一向に構わんぞ!


「だ・か・らぁっ――!」


 壱郎がLv.1なのは変わりない。

 この四人がこれからも配信活動を続けていくのも変わりない。


 だが――ほんの少しでも変われたことが、壱郎には嬉しかった。


 季節はもうすっかり夏なのだが……彼には季節外れの春が来ていた。


~第1部 完~


――――――


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

 第1部完です! ハッピーハッピーエンドです!

 実はこの小説、見切り発車として始まったので、ノリと勢いだけでここまで書きあげてきました!

 こうして書き終えられたのは、ひとえに皆様の応援があってこそです……本当にありがとうございます!


 少しでも『面白い』と思っていただけたら、よろしければ♡や☆☆☆などで評価していただけると嬉しいです!

 作者的には応援コメントやレビューなどのメッセージがもらえることがすごく嬉しいです……!(応援コメントしてくれる皆さん、本当にありがとうございます!!)


 第2部は『片翼の悪魔』編! エリィの翼の謎に迫ります!

 ではまた!

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