第3話
私はその日、昼休みの時間を使って、職場から自宅に忘れ物を取りに来ていた。よりよって今日中に会社へ提出しなければいけない書類を今朝テーブルに置き忘れてしまったのだ。
普段なら絶対にしないミス。だが、ここ最近の私はどうも調子が悪かった。きっと、あのクローゼットと染みのせいだ。最近の自分は家でも職場でも、アレのことずっと考えている。
私は幽霊や宇宙人は信じていない。何故なら見たことがないからだ。だが友人のことを疑っているわけではない、彼女は確かに霊感があるのだと思っている。結局人間は自分の身に起きたことでなければ心から信じることは出来ない。
そんな事を考えながら自宅に向かっているといつの間にかドアの前に来ていた。
靴を脱いで玄関の方を見ると、染みがいつもより薄くなっているような気がした。いや、薄いというよりは染みが黒色というか灰色のようになっている。今朝見たときはこんな色だっただろうか。
そんな事を気にしている場合ではない、昼休みも無限ではないのだ。そう思って、机の方に向かうと、そこには案の定必要な書類が置いてあった。
私はそれを持ってきたクリアファイルに入れ、早々に職場に戻ろうとする。すると、クローゼットに目が留まった。クローゼットは半開きにはなっておらず、閉まったままだった。
当然だ、朝来る前にちゃんと閉めたのだから。ここ最近はクローゼットが半開きになっていればその都度閉めるようにしていた。クローゼットのことを考えていたから書類を忘れたのかもしれないな、なんてバカなことを思う。
私はもう一度玄関に戻り、ローファーを履こうとする。
すると、リビングの方からバンッという激しい音が聞こえた。何かが内側から強引に叩くような音だ。音のした方はおそらくクローゼット。クローゼットが開かれたのだ。
続いて、ドスドスという勢いよく走るような音が私の耳に聞こえた。
私は急いでローファーを履こうとするが、パニックになっているのか体が思うように動かず、手間取ってしまう。
音はどんどん近づいてくる。やっと履けた。
その時、私は無意識的に後ろを振り返ってしまった。
そこには、うねうねと蠢く赤色の紋様を纏った真っ黒な影のようなものが私に向かって走ってきていた。その紋様はまるで地面を這う芋虫のように、影の体をぐねぐねと這い回っていた。
影はもう私のすぐ近くまで来ていた。あと数秒したら影は完全に私に追いつくだろう。私は悲鳴を出すのも忘れて、自分でもびっくりするほどの素早い動作でドアを開けて外に出る。
後ろを振り返ると、影は私のすぐそばまで来ており、私に向かって手を伸ばしていた。
影が私に到達するよりも早く、私は勢いよく扉を閉める。ドアを閉め、しばらく放心状態であった私はへなへなと力なく地面に座り込む。
心臓は今までにないほど忙しなく動いており、息が苦しい。
今の私には目の前の扉を開け、中を確認する勇気は到底なかった。
結局その日は、仕事後そのまま家に帰る気にはなれず、同僚の家に泊まらせてもらうこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます