21 好感度調整イベント


「とうとうこの日がやってきたわね……」


 結局、数週間を経て物語に一切の動きはなかった。


 良くも悪くも、リリーちゃんは攻略対象キャラとの絡みもないことで女子からのヘイトを買わずに済んでいた。


 聖魔法という誰とも比べることの出来ない魔法を使うことも功を奏したのかもしれない。


 彼女は今の所、特別害がない存在だった。


「だけど、それはそれで困るのよねっ……! もっと光り輝いてくれないとっ」


 もっと恋愛対象たちとの恋に花を咲かせ、女子たちの嫉妬も買って欲しい。


 そうして主人公ヒロインは輝いていくのだから。


「お嬢様の存在感は今日も光り輝いております」


 そしてシャルロットはいつものように勘違いして、わたしにヨイショする。


「……あ、いや。わたしのことじゃなくてね」


「お嬢様の魔術を一切使おうとしないスタイルを貫く姿はこの学園においては異彩を放っております。私としては少々不本意な目立ち方ではありますが、」


「使おうとしないんじゃなくて、使えないんだけどね。そこ間違えないでよ」


 ともあれ、わたしの避けられ具合も半端なかった。


 教員の方と事あるごとに嚙みついては、魔術の授業を拒否。


 ヴァンリエッタの看によって強くは言えない教員の方を、当然クラスメイトも見ているので心象はよろしくない。


 従者として常に側にいるシャルロットは、対照的に抜きんでた魔術の使い手で他を圧倒する。


 ヒルベルトは『すごいなぁ』と感嘆し、レオは『……ちっ』と舌打ちし、ノエルはそもそも授業に出ていなかった。


 そしてシャルロットはわたしの悪評も相まって、黒髪を揶揄され『本当は魔女なのではないか……?』という噂まで流れ始めていた。


「そんなことよりさ、シャルロットは気にならないの?」


「何のことでしょうか?」


「ほら、その……最近“魔女”って言ってくる人もいるじゃない」


 シャルロットは元々、魔女という蔑称で差別を受けてきた。


 この世界では魔女は魔族の女であることを指し、人間ではないという意味に値する。


 幼少の頃はそのせいで心を閉ざしていたのだ。


 植え付けられたトラウマというものは、そうそう消えるものではない。


「なるほど、そのことでしたか。全く気にしていませんので問題ありません」


 あっけらかんと答えるシャルロット。


 一見、本当に何でもないような反応にも見えるが……案外こういう反応の時こそ隠し事をしているのかもしれない。


「本当? あんまり強がっちゃダメよ」


「心配して頂いてありがとうございます。ですが私はその程度のあざけりで心を痛めていたあの頃とは違うのです」


「強くなったってこと?」


「はい、お嬢様が褒めて頂いた髪ですから……例え全人類から蔑まれようと、お嬢様が認めて下されるのであれば意に介する必要などございません」


 元黒髪として当然の反応をしただけなのに、シャルロットにとっては全人類を上回る言葉として受け止めていたの?


 ……重い、重いよ。


「……ま、まあ、シャルロットが気にしてないなら、それでいいや」


 うん、そうしておこう。


 彼女が凹んでいないのなら、それでいいのだ。



        ◇◇◇



「今日の実技演習はダンジョン攻略です」


 教員の方から授業の概要を説明される。


 ようやく恋愛対象キャラが出揃ってのイベント。


 わたしはこの展開を待っていた。


「三人一組でグループを使って、ダンジョン攻略に挑んでもらいます」


 合格基準は授業時間である一時間で、最奥にある魔石を回収してくることだった。


「実践を想定して低級魔獣を放っていますが、皆さんなら問題ないはずです。ですが、万が一がありますので、有事の際には必ず転移魔法で脱出して下さい」


 基本的に学園内にある実技訓練用のダンジョンには、どこでも転移魔法が発動できるようになっている。


 敷地内ということもあり、ありとあらゆる場所に転移術式が施されており、一年生でも発動できるような仕組みになっている。


 教員の方も総出でフォローにも入るため、学園内の歴史の中で万が一が起きたことはない。


「……そう、今日この日まではね」


 乙女ゲームの主人公ヒロインと恋愛対象キャラとのイベントだ。


 何もないで済むはずがない。


 そして、この一件でリリーちゃんの株は急上昇。


 つまり、今からでも形勢逆転が可能なイベントなのだ。


「さすがお嬢様、魔族を葬るのに闘志が漏れてしまっていますね……」


 うん、ちがうけどね。


 大事なイベントだから気合入ってるだけだけどね。


「それでは、まずグループを作ってください」


 相変わらずの任意でのグループ作成。


 まあ、それも仕方ないんだけどね。


 貴族には派閥があるため教員の方が下手に口を出してしまうと、お偉いさんである親が口を出しかねない。


 こういうのは自主性を重んじるという建前を使うのが無難なのだ。


「さあ、リリーちゃん。ここからよ」


 ダンジョン攻略は三人一組。


 原作ではプレイヤーが、ヒルベルト・レオ・ノエルの内の二人を選んでパーティーを組むことになる。


 露骨な好感度調整のイベントだ。


 そんなリリーちゃんは誰を選ぶのか……?


 わたしは攻略対象たちに視線を移す。


「じゃあ、僕の護衛はレオに任せようかな」


「ふん、王を守るのは騎士の務めだからな」


「まだ二人とも学生だよね」


 ……あれ、おかしいな。


 なんか攻略対象三人でグループ作ってない?


 おいおい、なんで男子で固まってるの?


「お嬢様どうしましょうか? 私たちはクラスメイトから距離を置かれてるので二人になってしまいますが……」


「いや、待ってシャルロット、今それどころじゃなくて」


 ちょっ、リリーちゃんは何してるのかな。


 わたしはキョロキョロと視線を動かして彼女の姿を探す。


 すぐに見つけると、同時に目が合う。


 そしてパタパタとこちらに寄ってきた。


 ……あ、まずい予感。


「あ、あの、わたしも一緒に入れてもらえませんか?」


 うるうると瞳を揺らしてお願いしてくるリリーちゃん。


 や、やめてよ……そんな目をされたら断りづらいじゃん……。


「お嬢様、残念ですがここは彼女の提案に乗る他ないかと」


 まあ、何となく分かってましたよ。


 いまさら原作通りになんてならないよね……ちょっとだけ期待はしてたけど。


「いいですこと。足手まといになるようなら置いていきますわよ」


「は……はいっ、精一杯頑張ります!」


 うん、でも大丈夫。


 この後のイベントをリリーちゃんが達成すれば、学園中の生徒が彼女を見直すことになるのだから。


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