20 交友関係


「あー……上手くいかない」


 わたしは頬杖をつき窓の外を見ながら気付けば、ぼやいていた。


 思わず吐露してしまうくらい、悩んでいるのかもしれない。


「お嬢様の計画のことでしょうか?」


 隣にいるシャルロットが問いかけてくる。


「ええ、そうよ」


 魔力鑑定の水晶は割れて、ロゼの実力は半信半疑のままだし。


 ヒルベルトもレオもノエルも、聖魔法に興味をもたないし。


 (まあ、ノエルは若干あったけど……原作と比べると明らかに反応ちがうのよね)


 結果、リリーちゃんは一人ぼっちで自己肯定感が低いままだし。


「改めて伺いたいのですが、お嬢様がこれ以上学園の方々に嫌われる必要性はあるのでしょうか?」


「うーん……」


 原作のロゼは、リリーちゃんを蔑む嫌われ役。


 それを攻略対象の子たちがリリーちゃんを守ることで、距離が急接近。


 お互いに少しずつ意識していく……それが王立魔法学園編の大まかな流れだ。


 だが、最近むしろロゼの方がリリーちゃんのフォローに回っているくらいだ。


 完全に本筋とズレている。


 もちろんシャルロットにここまで説明はしていないが、こうしてわたしの溜め息ばかり見ていては彼女も疑問に思うのは無理はないだろう。


「いえ、初志貫徹。わたしは決めたことはやり通すのよ」


 そうは言っても諦めるわけにはいかない。


 なんせ彼女たちは魔王討伐を果たす勇者と聖女のパーティーだ。


 その進行が上手くいかないと、リリーちゃんが闇落ちして人類滅亡ルートに入ってしまう。


「お嬢様……その目的にはやはり【人類の救済】があるのですね?」


 シャルロットには8年前からこの悪役令嬢ムーブの目的は、人類存続のためと説明している。


 嘘は言っていないが、それを一切疑わないシャルロットも相変わらず恐ろしい忠誠心だ。


 だが、詳細を言わずともこの説明で協力してくれるので助かってはいる。


「ええ、その通りよ」


「ああ……女神様……」


 うん、この話するとシャルロットは絶対どこかに意識が飛んでいくのであんまりしたくないんだけど。


 とは言え、最初は原作知識を生かして、悪役令嬢ロゼを演じるだけの簡単なお仕事だと思っていたのに。


 正直、全然上手くいっていない事には頭を悩ませている。


 人類の運命はわたしの手に委ねられていると考えると、事が上手く運んでいないことには緊張感を覚えざるを得ない。


 ……気分、悪くなってきたな。


「シャルロット、わたしちょっと外の空気吸ってくる……」


「あ、お供を――」


「いえ、一人になりたいの。ちょっとだけでいいから」


「かしこまりました……」


 わたしの陰鬱な空気を察してくれたのか、シャルロットは押し黙って従ってくれるのだった。



        ◇◇◇



「はあ……」


 裏玄関から学園の外に出る。


 王立魔法学園は王都の中でも、かなり外れの方になる。


 大勢の生徒が実技訓練に魔術を使用するための広大な土地と、周囲への影響を考慮するとどうしても離れた位置になるのだそうだ。


 生徒の中には中央都市に住んでいる者も多く、この立地に文句を言いつつ実家から馬車を走らせ通っている生徒も多いと聞く。


 とはいえ、それだけに景観は自然に富み、裏口は特にその傾向が強かった。


 気分転換にはちょうど良い。


「わっ、ロゼさん……?」


「え、リリー……?」


 一人と思っていたのに、先客がいた。


 リリーちゃんだ。


 お互いにぽかんと口を開けている。


「ど、どうしたんですか? こんなところで」


「それはわたくしの台詞ですわ。貴女の方こそ、こんな所で何をしていますの? 私を待ち伏せていたのかしら?」


 危ない危ない。


 驚きで一瞬、素になってしまいそうだったがロゼを何とか取り繕う。


「あ、そうじゃなくて……ちょっと教室だと居場所がないので……」


 うむ……。


 なかなか言いづらいことを正直に打ち明ける子だねぇ。


 いや、この子は自分に自信がないだけで、基本的にいい子なんだよね。


 ある意味こうさせてしまっているのは、わたしのせいでもあるので罪悪感がある。


「そう、でも逃げてばかりでもいられないでしょうに」


「それは、そうなんですけどね……」


「この学園にいる限り、自分の力を証明しなければ貴女の居場所を作れませんのよ?」


「でも、ロゼさんは力を使ってませんよね? その……実技練習でも一切魔術を使っているのを見たことがありません」


 ええ、全部わたしはボイコットしていますからね。


『こんな簡単なカリキュラムでは、わたくしの実力は正しく測れませんの』


 とか言ってずっと教師を困らせている。


 ヴァンリエッタ家の看板が大きすぎて、教員の方々もあまり口を出せないのだ。


 ごめんねみんな。


 でもこれは原作のロゼ通りだから許してほしいの。


 話を戻そう。


「貴女は私の真似など出来ないのですから、自分の力を証明することに注力するべきです」


「そうなのかもしれませんけど……本当にわたしの魔法が必要とされているとは思えませんし……」


 あれ、思ったよりリリーちゃん病んでないか?


 やっぱり聖魔法に対して疑いを持ってしまっている。


 これは非常によろしくない。


「信じなさい」


「……え?」


「私には分かりますわ、貴女の力は必ず必要とされる日が来ます」


 主に攻略対象の子たちにね。


「そう、なんでしょうか……」


「ええ、その日は近々訪れるはずですわ。それまで貴女は自分を少しでも信じて、その力を高めなさいな」


「そうすべきだと、ロゼさんは思うんですか……?」


 揺れる瞳でリリーちゃんはわたしに聞き返す。


 うんうん、自信がないから確認したいんだね。


 心配性な気持ちはわたしも分かる。


「ええ、そう思いますわ」


「……そう、ですか」


 リリーちゃんはこくっと頷くと、その唇を強く引き結んだ。


「分かりましたっ、ロゼさんがそう言ってくれるなら少しだけですけど、自分を信じられるかもしれません」


 おお、よかったよかった。


 まだ闇落ちルートは回避できそうだ。


 リリーちゃんの悩みでここまで来たが、ちょっとだけ良い方向に向かってわたしも嬉しい。


 お互いにストレスが少し緩和された。


「ええ、期待していますわ」


「はいっ、ロゼさんのためにもわたし頑張りますっ」


 そうしてリリーちゃんは両手を強く握って、その場を後にして行った。


「うん、そんなに“ロゼのため”を強調しなくてもいいからね?」


 そもそもの敵対関係は、未だ作れないでいる。

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