15 価値を伝えるのは難しい


「覚悟しろよ」


 レオの眼光に鋭さが増す。


 未だ衰えぬ闘争心を剝き出しに、その一歩を踏み出す……が。


「な、なんだっ」


 その場で倒れるように膝をつくレオ。


 恐らく身体強化を常時フルで出力していたため魔力切れを起こしたのだろう。


 加えてレオはシャルロットの石壁ストーンウォールに何度も突撃し負傷もしている。


 反動で体が言う事を聞かなくなったのだ。


「どうしました? 私は何を覚悟すれば良いのでしょう?」


「お前っ……」


 これでもかと煽り続けるシャルロットに、レオは苦虫を潰したような顔を見せる。


 お願いだから、二人とも引くことを覚えて欲しい。


治すヒール


 そこに聖魔法の光がレオに降り注ぐ。


「なんだ、これ……」


 さっきまで膝をついていたのが嘘だったように、軽々と立ち上がっていた。


 目を丸くして自身の体を見回すレオ。


 自身の状況を確認しているようだ。


「……お前が、治したのか?」


 レオはリリーちゃんに問いかける。


「あ、はい。えっと、これがわたしの魔法です……」


 !!


 閃いたっ。


 今まさにレオはリリーちゃんの聖魔法によって助けられた。


 彼女の魔法の特異さを、彼は身をもって体験したのだ。


 当初の予定からは全然変わってしまったが、これはレオがリリーちゃんに興味を持つチャンスではないかっ!


「おーっほっほ! それが彼女の聖魔法ですのよっ!」


 わたしはリリーちゃんの聖魔法をプッシュするべく高笑いをする。


「聖魔法、だと……?」


「そうですのよ、彼女が平民でありながらこの学園に入学出来た理由。万物の治癒を司る魔法、それを扱うのがリリー・コレットですのよ」


 リリーちゃんの聖魔法は魔王討伐を果たすパーティメンバーを裏から支え、最終局面ではその魔法が世界を救う。


 その偉業によりリリーちゃんは【聖女】の称号を得るのだ。


 彼女はすごいのだ、ほら、興味を持ちなさいレオ君。


「……ちっ」


 え?


 なんで悔しそうに唇を歪めて地面を見つめているの?


 そこはもっと友好的にリリーちゃんと接するタイミングでしょ?


「ヴァンリエッタの自堕落令嬢に嘲笑され、その従者に遅れを取り、平民の民間魔法に助けられたのか……オレは……」


 おっとぉ?


 かなりまずい方向に解釈してませんか?


 なんかレオ君、自信喪失してません……?


「令嬢をエスコートすら出来ず、その従者に敗れ去り、平民に救われる……そんな騎士、聞いたことありませんね?」


 シャルロット、お口が過ぎますよ!?


「……ぐっ」


 うな垂れてしまうレオ君。


 ちょっ、ちょい待ちッ。


 なんでシャルロットはトドメ刺しちゃうのかなっ。


「シャルロット、そろそろ黙ろうね? それ以上レオ君のこと悪く言ったらダメ」


「れ、レオ君……!? 君づけとは何事ですかっ! お嬢様、聞き捨てなりませんよっ! 婚前交渉は認められていませんし、何よりまずは私に相談してから……!!」


「うおおおっ、意味わかんない所で過剰反応しないでよっ。どこからツッコめばいいか分からないんだけどっ」


「つ……突っ込む!? お嬢様! 白昼堂々と何て破廉恥な!!」


 おい、誰だよこんな従者連れてきたの。(ブーメランなのは気にしないで)


 本当に貴族の子かよ。


 頭がピンクすぎるでしょ。


「こ、こんなふざけた奴らにオレは……」


 トボトボと退散していくレオ君。

 

 おいおい、これは非常にまずいでしょっ。


「ちょ、ちょっと待ってレオ……」


「行かせませんっ、行かせませんよお嬢様! 私はお嬢様を見守る義務があるのですっ!!」


「やめてよっ!?」


 なぜか腕を掴んで、レオ君の後を追うのを止めてくるシャルロット。


 身体強化でも使えばこんな手を放すことなんて簡単なんだけど……わたしは魔法を人前で使うわけにはいかないのだ。


 八方ふさがり。


 そうして、シャルロットと押し合っている内にレオ君はどこかへ消えてしまった……。


 授業サボってるじゃん……。


 わたしは脱力する。


「あ、あの……先程はありがとうございました……」


 すると、おっかなびっくりといった様子で恐る恐る話しかけてくる子がいた。


 リリーちゃんだ。


 正直、今はもうお話をするテンションではなくなっているのだけど……。


「何のことかしら?」


「その、わたしの魔法を褒めてくれたので……。嘘と分かっていても、嬉しかったです」


「……」


 リリーちゃんにとって、聖魔法は自身を否定する力でしかなかった。


 それもシナリオが進めば賞賛され、リリーちゃんの自己肯定感も高まっていくのだけど……。


 ヒルベルトもレオも、一番先にその価値に気づいていく人間がスルーしちゃってるんだもん。


 レオに関しては【民間魔法】とか言ってたし……罰当たりすぎる。


 唯一、その価値に気づいている生徒はわたしだけ。


 そりゃリリーちゃんもわたしに話かけてくるよね。


「嘘じゃないわ、貴女の魔法は本当にいずれ世界を救う力になる。だから精進しなさい」


「あ、は、はい……ありがとうございます」


 笑顔をほころばせるリリーちゃん。


 うん、可愛いね……。


「それで、その……」


「うん?」


 まだこれ以上何かあるのかな?


「よかったら、わたしと授業のペアを組んでくれませんか……?」


「……なんと」


 どうして攻略対象のレオではなく、悪役令嬢ロゼとペアを組もうとしているのだ。


 それはどう考えてもよろしくないよっ。


「勿論、お断りですっ! お嬢様は私とペアを組むのですからっ!」


 間に割って入るシャルロット。


 謎の敵対心をまたしても燃やしているけど……今回は助かったかも。


 シャルロットとペアを組んで、リリーちゃんには別の子を探してもらおう。


 これ以上、ロゼとリリーが慣れ合うのはよろしくない。


「おい、シャルロット・メルロー、こちらへ来なさい」


「え、なんでしょう?」


 しかし、シャルロットが先生に呼び出されていた。


「何でじゃない、授業そっちのけで模擬戦を始める奴がどこにいる。生徒指導だ」


「ええっ、そ、そんなっ。ですが、それで言えばレオ殿も同罪で……」


「レオ・バルデスは既に生徒指導室に移動している。お前も一緒に来るんだ」


 レオ君はどこかへ消えたと思っていたが、そういうことだったのか。


 確かに二人とも初めての実技の授業で暴れすぎている。


 先生の言う事を無視したのだから怒られても仕方がない。


 「お、お嬢様ぁ……!!」


 手を差し出すシャルロットに、わたしは首を振って見送ることしか出来なかった……。


「あの……やっぱり、わたしと組んでもらってもいいですか……?」


 そして残されたのは隣のリリーちゃん。


 冷静に考えると、わたしってシャルロット以外に仲良い人いないのよね。


 悪役令嬢を演じているので。


「……そこまで言うのでしたら、付き合ってあげてもよろしくてよ?」


 これが精一杯の悪役令嬢ムーブでした。


「あ、ありがとうございます!」


 うーん。


 やっぱり何一つ上手く行かない。


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