14 騎士道と従者のプロ意識


「てめぇ……なにしやがるっ!」


 土煙を上げながら叫ぶレオはまだピンピンしていた。


 すごいね。


 50メートル以上は体が吹き飛んでいたのに、怪我一つないのは彼の身体強化の精度を物語っていた。


「それはこちらの台詞です。我が主に手を出そうなどという愚行、黙って見過ごせるわけがありません」


 そして隣のシャルロットも淡々とした口調で言い返す。


 彼の剣幕を全く意に介していない当たり、彼女も相当肝が座っている。


「平気で不意打ちかましてくる女が……自堕落令嬢の側近は性根も腐ってるらしいな」


「自堕落令嬢……? 誰のことを言っているんですか?」


 周りのクラスメイトを見回すシャルロット。


 いや、あなたは察することできるでしょ。


「シャルロット、彼はわたしのことを言っているのよ」


「なるほど、今すぐ彼の息の根を止めましょう」


 うん、絶対やめてね?


 これ以上、話を拗らせないで?


「いやいや、まずいから。騎士団長様の令息を従者が上回るとか聞いたことないから」


「私如きに遅れをとる騎士なんて必要ありません」


 ないとは思いたいが、今のシャルロットなら本当にレオを凌駕しそうで恐ろしい。


 特にレオは腕っぷしでそのキャラクターを確立させている。


 彼からその個性を潰すような事があってはならない。


「なんでオレを倒せる前提で話が進んでるんだよっ! 従僕風情が舐めるなよっ!」


 わたしたちの会話を聞いていたレオが更に憤怒の表情を深くする。


 気持ちはわかるよレオ君。


 けれど、うちの従者はどういうわけか原作と全然ちがう子に育っているのだ。


 心配になるわたしの気持ちも分かって欲しい。


「弱い者ほどよく吠えると伺います。貴方のことでしたか?」


「……ッ!!」


 しかし、そんなわたしの思いは一切届かない。


 煽り続けるシャルロットに対し、レオが眉間の血管を浮かび上がらせる。


「どうなっても知らねえからなっ!」


 大地を踏みしめたその一蹴りで空を駆けるレオ。


 先程の数倍は速く、鋭角な動き。


 彼も本気になっていることが分かる。


「ちょっと、シャルロット!? 向こう本気だけど!?」


「お任せ下さい」


 基本的に身体強化を主に使う相手には距離を取らなければならない。


 魔術の行使にはタイムラグがあり、接近戦のような小回りが利かない。


 ゆえにレオに接近を許せば、それは敗北を意味する。


 まあ、シャルロットが敗北してくれる分には構わないんだけどさ。


 怪我とかされると困るじゃん。


石壁ストーンウォール


 シャルロットは“土”に適性があるらしく、校庭という環境的な相性の良さも相まって地面から石と土で固められた壁がそり立つ。


 推定6メートルはあろう壁の高さは、瞬時で展開する魔術としては異様に練度が高い。


 やっぱりこの子、強すぎじゃない?


 ――ガァン!!


 壁の向こうから衝突音が鳴り響く。


「いてえっ!!」


 レオが激突したのだろうか、轟音と同時に叫び声も上がる。


 怪我してないかな?


「出てこい! 小賢しい真似しやがって!」


 ガンッ、ガンッ、ガンッ!


 と衝突音が何度も鳴り響く、体当たりを繰り返しているらしい。


 いくら身体強化が強固と言っても脳筋すぎる。


「……なるほど、なかなかやりますね」


 関心したように頷くシャルロット。


 見ると石壁に亀裂が入り始めていた。


 粉砕されるのも時間の問題かもしれない。


「え、まずいでしょ? 突破されたらどうするの?」


「困りますね、私は魔術に関しては防御しか覚えてないんです。あ、いつでもお嬢様をお守りするためですからね? 自己保身のためじゃありませんからね?」


 いや、理由は聞いてません。


「それよりどうするの!?」


 壁の綻びが大きくなっている。


 次の一撃で壁は崩壊しそうだ。


 しかし、わたしが魔術を使うわけにはいかない。


 “ロゼは魔術を使えない”、その設定は絶対だからだ。


「こうします」


 シャルロットは屈み、大地に手を当てる。


 それと同時、壁はレオの体当たりによって崩壊した。


「ははっ! 直接お前に一撃を食らわせてやるよ!!」


 狂気的な笑顔を浮かべながら駆けだすレオ。


 怖いよ、恋愛対象キャラが敵になることなんてないから心がザワザワするよ。


「お断りです――ホール


「え、ぬああああっ!?」


 すると今度はレオの足元に空間が広がる。


 レオは吸い込まれるように一瞬にしてその姿を消す。


 ドスッという生々しい音が聞こえたのから察するに、地面に深い穴を開けてレオを落としたようだった。


「そこでしばらく反省していて下さい」


 穴を覗き込んだシャルロットがレオに告げる。


「はあ!? するわけねえだろっ!」


 レオは自力で這い上がろうと、穴の中を駆け上がる。


 ほぼ直角の壁を走るその姿はかなり恐ろしかった。


「……仕方ありませんね、ウォーター


 するとレオの足場は泥状態になり、ぬかるみに変わってしまう。


 土に水を合わせた混合魔術だ。


 というか、しれっとやってるけどシャルロットって二属性ダブルなの?


「な、なんだこれっ!?」


 足を取られ身動きをとれなくなるレオ。


 身体強化と言えども、その沼からは抜け出せないようだ。


「お嬢様に謝罪の言葉があれば無罪放免にして差し上げます」


「オレがお前らに謝ることなんか一つもねえ!」


「そうですか、それではそこで大人しくしていて下さい。それが貴方の罰です」


「て、てめぇ……!!」


 平気で見捨てるシャルロット。


 この子もこの子で恐ろしいな……。


 ていうか、この展開でいいのだろうか……。


「――直すヒール


 その一言で、地面からせり上がるようにレオが顔を出してきた。


 声の主はリリーちゃん。


 聖魔法では、ホールは魔術による地球への状態異常と捉えるらしく、穴は塞がっていった。


「お二人とも、喧嘩はやめてください!」


 割って入るリリーちゃん。


 おお、さすが主人公ヒロイン


 とってもそれっぽい仲裁だ。


「喧嘩だぁ? これは正義の鉄槌だ」


「そうですね、悪の権化が目の前にいるので見過ごすわけには参りません」


「お前のこと言ってんだよ!!」


「え? 貴方のことですよね?」


 えっと、二人ともそろそろ落ち着いて欲しいんだけど……。


「あ、あの、や、やめて……くだしゃい……」


 ほら、リリーちゃんが困ってるじゃん。


 可哀そうに涙目になってるよ。わたしも同じ気持ちだよ。


 どうしてこうなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る