第40話 クラス分け 

 4月8日金曜日、午前8時。

 俺は覧月らんげつ高校の制服を着て、家を出た。濃紺のブレザーに臙脂色のネクタイ。

 自転車を道に出して少し待つ。

 すぐに左隣の家からあかりちゃんが現れた。濃紺のブレザーを着て、臙脂色のリボンをつけている。俺のそばまで自転車を押してきた。

「おはよう」とあいさつを交わして、自転車を走らせた。

 住宅街を進んで、通い慣れている俺たちの高校へ向かう。

 公園の横を通ったとき、桜吹雪が舞った。

 

 途中、あかりちゃんの口数は少なかった。

 500円ものお賽銭を投げるほど気にしていたクラス分けのことを考えているのかもしれない。

 神社山神社で「ふゆっちと同じクラスになりたい」と言っていた。

 そんなに同じクラスがいいのだろうか。隣の家に住んでいて、隔日で会えているのに。 


 覧月高校へは15分ほどで着いた。

 自転車を置いて、あかりちゃんとふたり並んで体育館へ行く。

 たくさんの生徒たちが体育館に向かって歩いている。

 そこで始業式が行われる。

 クラス分けも体育館で発表されることになっている。それを見なければ、自分のクラスもわからない。


 体育館の壁に何枚も模造紙が貼ってあって、各クラスの名簿が書いてあった。

 大勢の男子と女子が群がって、模造紙を見ている。

「同じクラスだね」と言い合っている女子たちがいて、「分かれちまったな」と話している男子たちがいた。

 2年A組の紙の前に空がいて、俺と目が合って笑った。

 空はA組なのだろうか。


 俺とあかりちゃんは2年A組の名簿を眺めた。

 出席番号順に名前が書いてある。

 1 浅香空

 2 天乃灯

 俺の幼馴染はふたりともA組だった。

「浅香と同じクラスか」とあかりちゃんがつぶやいた。

「ふゆっちは……?」

 33 森川冬樹

 俺もA組。

 3人とも同じクラスだ。

「やった! 神様ありがとう!」

 あかりちゃんは満面の笑みを浮かべた。


「同じクラスね。1年間よろしく」

 空が俺の近くに寄ってきて言った。

「うん。よろしくね」

「天乃さんも」

「ええ。よろしく……」

 空とあかりちゃんの間の空気がピンと張った気がした。


 俺たちはクラス別に縦列に並んだ。

 始業式は校長先生のあいさつから始まった。

 新任の教員の紹介、校歌斉唱。

 型どおりの式が終わり、生徒たちはぞろぞろと体育館から出て、それぞれの教室へと散っていった。


 2年A組の教室は4階建て校舎の3階にあった。

 1年のとき、教室は4階だった。3年の教室は2階。学年が上がるにつれ、しだいに地上へ近づいていく。

 俺は教室に入った。

 顔見知りがいておしゃべりしている生徒とひとりきりで座っている緊張したようすの生徒がいた。

 俺のあとからあかりちゃんと空がつづいて、何人かの生徒から視線を向けられていた。

 ふたりはとびきりの美少女で、有名人だ。注目を浴びて当然の女子たち。


 黒板に座席表が貼ってあった。

 出席番号順に座らされるようだ。

 1番の空は窓側の1番前で、2番のあかりちゃんはその後ろ。

 33番の俺は、廊下側の前から3列目だった。


 俺の隣の席に1年のときに同じクラスだった中島康介なかじまこうすけがいて、安心した。

 中島はライトノベルや漫画の話ができる友人だ。

「中島」と声をかけると、小柄で童顔の彼は人懐っこい笑みを見せた。

「森川、よかった同じクラスで」

 中島はひとりで緊張して座っている側の生徒で、俺の顔を見てほっとしたようだった。


 だが、その笑顔は長くはつづかなかった。 

 空とあかりちゃんが俺の席の近くにやってきた。中島はふたりの美少女を見上げて、なにごとかと驚いたみたいだ。

 ふたりはただ単に俺の幼馴染なのだが、そのことを彼はまだ知らない。


「1番廊下側なのね」と空は言った。

「そっちは窓側だね。校庭が見下ろせてうらやましい」

「1番前よ。落ち着かない。クラス替え直後、出席番号順に並べるのは、いいかげんやめてほしいわ。わたしの名前だと、いつもあそこなのよ」

「あたしもやめてほしい。浅香の後ろなんてやだ。ふゆっちのそばがよかった」とあかりちゃんは言った。

「ふゆっち?」と素っ頓狂な声をあげたのは、中島だった。

「え? 森川、天乃さんと知り合いなの?」


 あかりちゃんは中島を、誰この人、という感じで見下ろした。

 彼女は中島のことを知らない。一方、あかりちゃんは有名だから、中島は彼女を知っているのだ。

「ただの知り合いじゃないの。とっても親しい幼馴染なのよ。ねえ、ふゆっち?」

「ああ。彼は中島康介。1年のとき同じクラスだった友だちだ」

「天乃灯よ。よろしく、中島くん」

「よろしくお願いします」

 あまりにあかりちゃんが綺麗なので、けおされているのだろうか。同級生なのに、中島は敬語を使った。


「わたしのこともよろしく、中島くん。浅香空と言います」と空は言った。

 学年で1、2を争う美少女ふたりとつづけさまに話すことになって、中島はわけがわからないといった表情をしていた。

「空も俺の幼馴染なんだ」

 俺が言うと、「えええ~?」と中島は叫んだ。

 教室中の注目を浴びてしまった。 

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