湿気った思い出に火をつける

@FuaDayo

店主の独白

彼らには人を惹きつける力があったように思う。ただ立っているだけで視線を集めていて、それが彼らにとって当たり前だったんだろうと思う。

彼らは宝石でできているかのようだった。鋭利に煌めき、突き通すほど硬く、暴力的に美しかった。だから、在るだけで愛され、居るだけで疎まれていたと思う。

彼らは渾沌を好んでいたし、彼ら自体もまた渾沌だった。

そうであったから、あの日、私の店にやってきたのだと思う。



彼らと出会ったのは、季節も夏に変わりそうな暑い日だった。正確な日付は忘れてしまったが、エアコンをその年はじめてつけた日だったことは覚えている。

ほこりとたばこの臭いがするぬるい風が部屋の温度を下げ始めたとき、勢いよくドアベルが鳴った。開店してすぐに客が来ることは珍しかったから、私は少し驚きつつも、『いらっしゃい』と言おうとした。しかし、うちの店にしては異常な彼らを見て、言葉を失った。

背の高い彼らは、ドアをくぐるようにして入ってきた。そして私が何か言うより先に、彼らのうち青い瞳をした方が口を開いた。


「え、暑。なんなん?」


投げつけるような口調だった。そして私と目を合わせることなくぐるりと店内を見回して、エアコンの下へと歩いていった。

『なんなん?』と言いたいのは私の方だった。

なぜならここは雀荘で、しかも昼間。日が暮れればいいという訳でもない。彼らは制服姿だったから。正直、彼らほどの体躯があれば、私服で入ってこられたら学生だということはわからなかったかもしれない。だが風営法で縛られているここに、制服の彼らがいるのは私の立場がまずい。立ち去ってもらうため口を開こうとしたとき、遮るように黄色い瞳の方が言った。


「すみません、開店したばっかだったでしょ。俺ら涼めるとこ探してて。ここエアコン入ってるし、ちょっとだけ居させてくれません?」


口調こそ穏やかだが、その声色には説得力と威圧感があった。反論はするなと暗に言われているように感じた。気づけば私は「客が来るまでなら」と答えていた。答えさせられていた。

私の答えに満足したのか、にっこりと笑った彼は、そのまま卓の一席に座り、スマホを触り始めた。その横顔に、先程までの人当たりの良さそうな笑顔はない。


「ヤニくせ〜」


エアコンの真下で涼んでいた青い瞳の方が、笑いながら戻ってきた。文句があるなら出ていけばいいのにと思った。しかし願い届かず、青い瞳の彼はそのまま黄色い瞳の彼の隣に座り、私を見ながら言う。


「な〜、おれ麻雀した〜い」


卓にべったりと両手を投げ出して、まさしくおもちゃを強請る子供のように。

黄色い瞳の方はスマホから目線を上げずに口を開く。


「ルール知ってんの」

「しらん。教えて♡」


黄色い方の小さな溜息が聞こえた。


「マスター。お客さん来るまで借りてていいです?」


また有無を言わせないような口調で言われて、私は頷くしかなかった。許可を出してしまったからには仕方がないので、しぶしぶ牌を出してやり、人数合わせで私も加わって、一戦打った。


「え?なに?お前の勝ち?」

「下手くそがいると勝ちやすくていいわ」

「は?ウザ」

「兄ちゃん、そりゃあ悪手だよ」

「はぁ〜〜〜〜〜??」


いつの間にか来店していたうちの常連客からもダメ出しを受けて、青い瞳の彼はベッと牌をひっくり返し、ぶっきらぼうに「やめるわ」と言った。世話焼きな常連客がルールや手法を教えてやろうとしていたが、完全に拗ねてしまった彼は全く取り合っていなかったのを覚えている。

そう、それが彼らとの出会い。彼らはそのあとも何度もうちを訪れては、卓を囲んだり、私に煙草を強請ったり(制服姿だと流石の彼らでもコンビニで買うということができなかったらしい)、窓際にふたりで座ってじっと外を見ていたり、そんなことをしていた。常連たちも彼らがいることに慣れつつあって、仲良さそうにしていることがあった。



彼らとは3年行かないくらいの付き合いだった。もっと短かったかもしれない。私が彼らについて知っていることは、出会ってからの年月に対してとても少ないと思う。

青い瞳の方が『ダン』、黄色い瞳の方が『カナメ』という名前なのは、彼らの会話の中で知った。制服を見るに近所の高校に通っているようで、しかし学年まではわからなかった。住んでいる場所も、年齢も、うち以外の行きつけの場所も、何一つわからなかった。

ただ、吸っている煙草の銘柄と、うちを存外気に入ってくれていることだけはわかった。

そして私も、煙草の煙で霞んだ部屋の中で真剣に卓上を見つめる彼らの横顔を、景色を眺めるように見ているのが好きだった。



彼らはひたすらに横暴で、手前勝手で、人好きと人間嫌いの狭間にいて、歪んだ精神をその大きな身体の中に押し込めて、いつも退屈しのぎを探していて、どこまでも、どこまでも、子供であった。私にはそう見えた。

私はこの店を、彼らが年相応の子供でいられる場所にしてあげたかった。唯一の安心できる場所にしてあげたかった。憩いの場、第二の家、心のあるべきところ、そういう場所にしてあげたかった。随分と身勝手な思いであったことは、私が一番わかっている。

私の傲慢さが伝わってしまったのか否か、いつの間にか、彼らがうちに訪れることはなくなった。その頃にはもう、私は、彼らが来ないことに少し寂しさを覚えてしまうようになっていた。

せめて理由を知りたかったが、興味をなくしたのか、土地を移したのか、他の要因があったのか。私には知る由もない。彼らがそろそろ成人しただろう年も、いいおじさんになっただろう年も、私が体を壊し店を開けられなくなった年も、彼らは訪れなかった。




 彼らのために購入したアーク・ローヤルのカートンは、今もまだ、封も開けずに棚に飾っている。




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