jumble'ズ 〜令嬢はみそ汁に抱く〜

水上陽衣菜

朝食は家族で取る。

財界の豪雄で知られる旧家、桑乃家にも、平凡な家庭らしい取り決めがあった。

東西南に跨いで建てられた３棟からなる和風木造屋敷。四季折々の風情が楽しめる内庭に面して、家族の食事の間がある。

屋久杉の一枚板を贅沢に使った１０人掛けのテーブル。そんなものが悠々に収まる部屋の広さ。

会話はない。時折、ししおどしの音が庭から響いた。

この屋敷で暮らす桑乃本家の人間は４人。

早々に朝食を切り上げた瑞希が、末席を立つ。

「ごちそうさまでした。水上」

桑乃当主、夫人、長女。陽衣菜が仕える桑乃瑞希は、末子にあたる。本来なら、長女の上に長兄がいた。

名前を呼ばれた陽衣菜は、同様に待機していた二人の使用人に一礼し、瑞希に付いて部屋を辞する。

「陽衣菜は、これから朝ごはん？」

家族、というより父と姉の目がなくなると、瑞希と陽衣菜は主と使用人の関係から友人に戻る。

「うん。今日はほっけの一夜干しなんだぁ。私の好物なんだよ」

瑞希の気分を盛り上げたくて、陽衣菜は殊更明るく言う。

「知ってるわよ。ほんと、中学生のくせに好みがおじさん臭いんだから」

「え～っ、ほっけ美味しいんだよ」

板敷の廊下が左右に分かれる。使用人が起居するのは右の廊下の先だ。

「ほっけに夢中になって遅れたら置いてくわよ」

「えへへ、大丈夫だよ。それじゃああとでね、瑞希ちゃん」

手を振り別れた。

学校生活での補佐という名目で、陽衣菜は瑞希と同じ中学に通わせてもらっている。

瑞希が身支度をする間に、陽衣菜は朝食と学校へ行く支度を済ませなければならない。

「やっぱり元気なかったな、瑞希ちゃん」

使用人が食事をする調理場へ向かう道中、陽衣菜はぽつりと言った。

「気にしてないって言ってたけど、フェリセットのこと、きっと諦めきれないんだ」

どうにかしてあげたい。

友達が落ち込んでいるのも、それを家族にすら見せられず気丈に振舞っているのも、陽衣菜には我慢できない。

朝食を手早く済ませ、制服に着替え裏口から屋敷を出る。走って正門に回ると、すでに瑞希が立っていた。

「遅れちゃった？」

「私もいま出たばっかりよ」

そう言って、瑞希はいつも待っていてくれている。

フェリセットは、瑞希が大切にしていた猫のぬいぐるみだ。

可愛いものが好きでも家族の目を気にして買えない瑞希に、陽衣菜が誕生日にプレゼントしたものだった。

それが三日前、瑞希の部屋からいなくなった。

「やっぱりもう一度、フェリセットを探そう」

朝のHR前の教室は、登校した同級生で賑やかになってきた。

陽衣菜が言うと、瑞希は躊躇うように目を逸らした。

「見つかりっこない。屋敷の中はふたりで隈なく探したんだから。庭のどこかだとしたら広すぎる」

屋敷を囲う外庭は、学校のグラウンド三つ分以上の広さをもつ上、木々が生い茂っている場所もある。

「うん、だから手伝ってもらおうよ」

「手伝ってもらうって、誰に」

「呼んだかっ」

脇からずいと頭を突き出してきた男子に驚き、瑞希がきゃっと椅子から落っこちそうになる。

「わわわ、瑞希ちゃん大丈夫⁉」

「ちょっと白河、急に出てこないで！」

「ひぃ、ごめん」

「ない。まさかアレに頼むつもり？」

「違ったけど、尚継くんも話したら協力してくれるかも」

クラスメートに限らず、この学校の人間は瑞希を遠巻きにする。在校生は瑞希に好奇な目を向けるし、先生は財界に大きな力を持つ桑乃の名を意識している。

そんな中。

尚継は数少ない、隔てなく瑞希と陽衣菜に話

「私がよく休みの日に買い物に行く商店街のスーパーで知り合った人なんだ」

「スーパーでって、大人？」

瑞希は大人を敬遠しがちだ。旧家財閥には、腹に一物あって近寄ってくる大人は少なくない。

「ううん、高校生。春香さんっていう、とっても親切で優しい人なんも何回か会う機会があって、連絡先交換したんだ」

「ふぅん。それは親切ね」

瑞希はつまらなそうに言う。あれ、なにか癇に障るようなこと言ったかな、と陽衣菜は首を傾げる。

「春香さんに、話してみてもいいかな？」

おずおずと尋ねた。瑞希は腕を組み、目を閉じた。

長い睫毛に白い頬、小さな唇。同性の陽衣菜でも見惚れてしまう。

やや青味がかった黒髪は短く切りそろえられているが、よく手入れされていて艶を帯びていた。伸ばしたらきっと似合うとは常に思っている。

ややあって。

「わかった。頼んでみよう」

瑞希が言った。

「いいの⁉」

断られる予感がしていたので、つい声が大きくなってしまった。

「フェリセットは、大切な家族だから」

「そっか。えへへ、じゃあ春香さんに連絡してみるね」

「水上、いま春香さんって言ったか？　春香さんてって、俺の憧れの森宮春香さんのことか⁉」

寝ぐせを直して戻ってきた尚継が駆け寄ってくる。

「だから急に来るなって言ってるでしょ」

尚継は瑞希に蹴り飛ばされた。