夢の中から
カーテンの隙間から入り込む朝日の眩しさが、まだ夢の世界に片足を突っ込んだままの僕をこちらへ引きずり戻した。
2週間前に沙知と再会してからというものの、浅い眠りが続いて夢をよく覚えている日が増えた。
そしてどの夢にも沙知がでてくる。
初めてのデートで行った水族館も、思いを伝えた大きなクリスマスツリー下も、これまで二人で訪れた場所すべてが夢の舞台となって毎晩鮮明に現れる。
目覚めてすぐにスマホに手を伸ばし、ぼんやりと明るい部屋に人工的な白い光を自ら目に取り入れる。
ロック画面はクリスマスの日に沙知と二人で撮った写真だ。
AM7:30と画面は表示している。
すぐに一番右の数字が1に変わった。
出勤まであと30分も無い。
相変わらず僕のスマホの通知は企業からのお知らせだけだった。
だらだらとスマホを眺めても何にも興味が沸かないことは自分が一番わかっているので、布団にスマホを放り投げて洗面所に向かう。
足元のペットボトルや弁当のゴミがカサカサと音を立てる。
朝にクラシック音楽をかけて優雅に時を過ごす人間がこの世にはいるらしいが、僕にはこのゴミ達が奏でる重奏がお似合いだ。
支度が済んだ時には家を出なければならない時間の5分前だった。
コーヒーカップの中に入れた家の鍵を取って、玄関を開ける。眩しい朝日が汚れた僕をこの世から浄化しようとしているのではないかと感じられた。
***
「おはようさん」
僕の肩をポンっと軽く叩きながら、上司の石橋は笑顔で言った。
この工場の責任者の一人である彼は人当たりが良くて仕事も自ら率先して進めてくれる。
現在も、そして仕事中も煙草を吸っているが、本人曰くこれまで事故を起こさなかったのだから今日も大丈夫だという考えのもと吸っているらしい。
「おはようございます」
僕がそう言うと、石橋はわざとらしい不満げな表情を浮かべた。
「お前、最近全体的に覇気がねえよなぁ。前はあったかと言われれば返事に困るが。2週間くらい前からそんな調子だぞ?」
僕の覇気が無くなったかどうかは分からないが、2週間前というピンポイントなタイミングを指摘した石橋は、やはり人をよく見ているらしい。
「まぁ、色々ありましてね」
「ふうん、まぁ何か相談したいことでもあれば声かけろよ」
石橋はそう言って立ち去ろうとしたが、何かを思い出したらしく僕の方を振り返った。
「言い忘れてたことがあった。今日の午後から爾志大学のグループがここに来るってよ。部品をうちで作って欲しいとか言ってたな。お前には直接は関係ないかもしれないが、まぁ頭に入れといてくれ」
リーダーはかなりの美人らしいぞと言い残して今度こそ石橋は工場の奥へ消えていった。
大学の研究グループで、女性のリーダー。
期待よりも、この場から逃げ出したい気持ちが僕を蝕んでいた。
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