リミット

鳴川レナ

第1話


 終わりが来て、人々は感染症で血がにじみ死んでいく。

 僕は、そんなループを何度も見ている。

 学園の最後、地球の最後。


 アンドロイドの少女は、死んでいく人たちを悲しく眺めている。全然、人間と区別はつかないけれど、彼女は機械の肉体なのだ。

 彼女は、学園長の孫娘で、活発で誰にでも好かれる元気な少女だ。彼女は、学園のヒロインで、優しくて、楽しそうで――。

 

 判らない。判らない。

 なんで、終わりが訪れるのか。

 でも、このループの間、僕も感染症で死にはしていない。

 もしかして、感染症にかからない僕は本当はアンドロイドなのかもしれない。いったい僕は普通の生徒で赤点ギリギリもとるのに、演算機能や記憶領域があるのか。


 ラジオが外の様子を告げ始めると、世界は終わりの針を巻き戻す。

 僕はある地点へと時間を繰返す。


「ハネモトはマリンスノーを見たことがあるかい」


 学園長の孫娘は起き抜けの僕に言った。

 僕は無言で、表情で「ない」ことを告げる。


「潜水艦から見る、海の死滅した有機物が幻想的だなんて、ロマンだよ」


 僕たちのカプセル。この最後の楽園も、潜水艦の中のようなものだ。

 地上は死の灰が降り続け、灰色の世界は終わりを知れず、宵闇の美を描いている。


「ほら、立ち上がって、お勉強しよ。未来のためにね」


 彼女は、僕の手を引く。

 温かい。

 彼女がメンタルケアを目的に作られた医療用のアンドロイドであること、そんなことはどうでもいいぐらいは、僕は彼女が、好きである。

 きっと、ここにいる住人のほとんどにとって、彼女が、生きる希望になっている。彼女は、僕たちに以前の普通を教えてくれる。


 学校に通って勉強して試験を受ける。

 そんな日常はとうに昔のことなのに。

 そして、こんな日常も終わりを告げるのに。


 盗みが得意な後輩がマントを翻して逃げてくる。ボーイッシュな少女は手癖が悪く、いたずらに物を盗んでは、職員室の落とし物BOXにおいていく。

 そして、その少女を追うのは、憲兵風の格好をした、その姉。長髪がなびき、腰の刀は動きに合わせてカチャカチャと鳴る。


「拾っただけなんだってっ!」

「ふざけるなっ。もう分かってるんだぞ」

「ひえー、助けて孫娘っ!狼少年だって――」

「ふふっ、この二人は」


 孫娘を盾に後ろに隠れる盗人。

 憲兵少女は、孫娘の前で止まった。


「毎度毎度、迷惑をかけるな。そいつを渡してくれ」

「ひどいことをしてはいけませんよ」

「大丈夫。手首から先が欠けるだけだ」

「駄目です。没収します」


 帯刀した彼女の刀は、孫娘に取られた。特に抵抗することなく、憲兵風少女は諦めた。

 それを茶化そうとしていた泥棒少女に、孫娘は完爾として微笑む。


「今度はきちんと盗む前に予告状を出してしなさい」

「え、そんなことしたら――」

「一流の怪盗はそうするそうよ。昔の本に載ってるよ」

「は、はーい」


 泥棒少女はそう言いつつ、颯爽とかけていった。それを追いかけていくのは追いかけていた少女。

 ため息を一つ、少女は、吐き出す。


「あの二人は全く――」

「元気があっていいじゃないか」

「もっと健康なことに元気を使って欲しい」


 少女は、バイバイと僕から離れていく。

 僕は惜しみながらも、それを見せないように、見送った。


 僕の毎日は勉強だ。

 試験の成績に応じて、お給料がもらえる。僕はそれを貯めることが趣味だった。いつか役に立つかもしれない。そう考えて蓄えるのが。


 だから、僕は終わりまで勉強する。

 終わりが来るとわかっているのに、死を迎える世界で、学ぶ。

 お金のためというやつだ。低俗らしいけど、お金の価値なんて骨董品の時代だけど。

 

 ああ、僕はなんで未来を変えようとせず、何度も同じ繰り返しをしているのだろう。

 凡人が天才になるには繰り返しがいるらしい

 それは機械にはとても簡単なことだ。

 でも、僕は少し繰り返しが下手で、少しずつズレてしまう。僕は不完全だから。機械にはなれない。

 工芸品がせいぜいだ。



 僕は終わる。

 終わりの時を知っている。


 僕は、孫娘から試験の給料を受け取る。

 それは終わりまでのほんのひととき。

 可愛らしい孫娘は、頑張ったねって言ってくれた。それから、彼女は、走って、大好きなおばあちゃんのところに向かう。


 パッと鮮血が花開く。

 人間は70%が水分。それを吸い込んで一気に植物が芽吹くように。

 鮮やか赤は、いたるところで、叫び声とともに風景となる。僕は呆然として、終わりを見つめている。

 傍観者。

 僕は、何も知らない。


 孫娘がふらついて、理事長室から出てきて、何かをつぶやいている。

 高度な演算処理をしているのだろう。あらゆる権限を利用して。セキリュティのすべてをチェックして。

 

「もうおやすみ」


 孫娘の涙を初めてみた。

 ああ、僕は夢を見続けている。繰返す繰返す繰返す。

 僕はスリープしてしまう。

 いつか、僕を起こしてくれるかい。

 この景色を夢だったと思えるときに。


「ストレス値限界の人間――73%――強制睡眠のために――エラー――Error――換気口の開閉ができません――」


 孫娘は、住人には見せられないような顔をしていた。


「敵を排除します――typeshift:G−mode」


 

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リミット 鳴川レナ @morimiya_kanade

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