第31怪

 暗闇によろめく梓馬。サッと地面に降り立つ純平の手には短刀が握られていた。


「俺一人じゃ何もできなかった。梓馬を救いたいって思ってる仲間が協力してくれた。梓馬を乗っ取った邪神め……人間は強いぞ」


「きっ、貴様ぁぁぁ!!」


 すうっと無数の光の帯が純平の持つ短刀に集まる。血筋の呪いによって集められた青崎家の霊力そのものだ。短刀を梓馬の胸に差し込むと黒い闇が徐々に引き離されていった。


「千年待たせたな、俺もこの千年間何度も転生した。もう思い残す事は無い、一緒に逝こう。梓馬」


「めい……しん……」


 まばゆい光に包まれ、魂が天へ還る。梓馬の身体は徐々に崩壊していき、その隣には純平が倒れ込んでいた。






 翌日、昨夜居なくなったことをこっぴどく叱られた颯斗と純は無くなった霊力が徐々に戻ってきていた。それは他の青崎家の人間も同じだったようだ。


「姉さんはお母さんと遠い地に引っ越すようです。赤坂家も崩壊していて関係者は感情がほとんど無くなってたようです。もう何かをしてくる事はないでしょう」


 怪奇研究部員たちは公園に集まり、昨夜のことを振り返っていた。しかし、そこに部長の姿は無い。酷く憔悴した様子の颯斗に誰も何も言えなかった。純に一本の電話がかかってくる。


「親父からだ……うん……やっぱりそうか…………分かった」


 電話に皆が釘付けになり、純の次の言葉を待つ。


「医者の視点から見ても、霊能者の視点から見ても……死んでる状態だって……身体に魂がないって……純平兄さん、死んじゃった」


 一同がその場で泣き崩れる。颯斗がふと口にした。


「あの時……あいつの感情が流れ込んできたんだ……もう死ぬつもりで梓馬に挑んでた……俺は、俺は何もできなかった! 本当はもっと仲良くしたかった! 酷いこと言って、謝りたかった! お兄ちゃんって呼んで欲しかった!」






 粛々と葬式の準備が進められた。地方からも青崎家の親族が集まりだす。あの日からまだ一日しか経っていないが、その一日が大きな運命の別れ道だった。夜、美玲は星を眺めて祈っていた。ふと背後に気配を感じる。


「あなたは、私が望んだ時に現れてくれるんですね」


 赤い瞳に黒い髪の亜門だった。夜を映す鏡のように美しい。


「あの邪神は本来は魔界に封印されるはずだった……人間界に逃げ出し、今回の事態を招いたのは僕たちの落ち度だ。だからチャンスを与える」


「チャンス?」


 亜門が不敵に笑い、美玲の手を取る。


「袂紳の呪いを解く方法を教えてあげる。彼に生きる意思があれば、だけど。説得しに行く? 火葬されちゃったらいくらぼくでも戻せないから早めに決めてね」


「行きます! 純平くんのところへ連れてって!」






 一面の花畑に透き通った水の川が流れている。美玲の岸の方には誰も居ない。一方、向こう側には穏やかな表情の人間が沢山いた。その中に純平もいた。


「純平くん!」


「駄目だよ美玲、こんなとこまで来ちゃ」


「それはお互い様でしょ!」


 返答をした純平だが、美玲のほうを全く見向きもしなかった。くるぶしまで水に浸かる場所まで来ながら美玲が説得する。


「今ならまだ戻れるから! 一緒に帰ろう」


「帰るってどこに? あの家は俺が居なくて完璧なんだ。袂紳は青崎家にもう必要ない」


「あんたの家族が本当にあんたが居なくて完璧だとでも言うの? そう言われたの?!」


「袂紳がいるからそれに依存してしまう。要らないところで争いが起こるんだ」


 話が平行線になり、見向きもしない純平にとうとう美玲が痺れを切らし怒鳴った。


「私は純平と話してるんだ! さっきから袂紳袂紳って! 言っとくけど、私の記憶の中の袂紳様と全く別人だからあんた! 私は詩乃姫の記憶を全部取り戻しても円城寺美玲のままだ! あんただって青崎純平でしょ!!」


 その言葉にハッとした表情でやっと美玲の方を向き返った。


「お願いだから……一緒に帰ろう。みんな待ってる」


 すると純平の後ろに人影が現れ、その人は純平を川へ押し出た。体制を崩して水に膝をつく。振り返るとそこにはかつての親友が居た。


「梓馬……」


 梓馬はにっこりと微笑みを浮かべて美玲に手を振った。純平も微笑み返し、美玲の元へと駆けて行き、抱きしめ合った。


「みんな心配してるんだからね!」


「ごめん……今更起きたらびっくりするかな」


「びっくりさせちゃえ」


 向こう側の世界に背を向けて歩き出す。ふと純平が「呪いどうしよ」と口に出したが、それを塞ぐように美玲の唇がふわりと当たった。一瞬の出来事に固まる純平。


「呪い……これで解けたから……」


 顔を赤らめ、ふいっと反対側を向く美玲。亜門の言った呪いを解く方法とはキスだったのだ。


「も、もうやんないから! 早く帰るよ!」


 美玲が純平の手を引き走り出す。グッと引っ張られ、よろけながらその後を純平が追った。

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