真野編

第12怪

 見るもの全てが新鮮だった。月の国とは全く違う。


「綺麗な石ですね」


「唯の石でも月の国では珍しいのか?」


「月にはこんなにも色鮮やかな石はありませんわ」


 広いお屋敷の庭園を袂紳めいしん様と散策する。白銀の雪のような髪を風が撫ぜる。美しいこの殿方は詩乃が山を降りてお会いした安倍晴明あべのせいめい様の弟君だった。


「詩乃、そろそろ戻ろう。じきに梓馬あずまがやってくる」


 梓馬様は袂紳様の親友だ。初めてお会いした際に私は闇を纏う夜のような美しい方だと思った。妖と呪いを祓う袂紳様、晴明様と、呪いを使い暗殺をする梓馬様は対照的なようで仲が良かった。この世界を何も知らない私にお二人は世界を教えてくれた。






 ザザッ……


 記憶が薄れていく。






「梓馬様……どうして……」


 血に塗れた梓馬、横たわる袂紳。二人に何が起こったのか想像すらしたくない。


「お前が悪いのだ……」


 この世界に来てから数年、詩乃は袂紳と婚姻し、子を授かった。梓馬は子の誕生を祝いに屋敷にやって来たのだ。


 なのに何故……?


 ザッザッとふらふらと刃物を持ちながら詩乃に近づいてくる。あと一歩というところで晴明が駆けつけた。


「チッ……」


「袂紳! 詩乃! ……梓馬……!」


「必ずや不老不死の仙薬を手に入れてやる」


 そう言い残し、梓馬は黒い煙に巻かれ、姿を消した。




(私のせいだった……私がこの屋敷に来なければ……あの日、山の上で焼かれていれば……不老不死の仙薬でなければ……)


 袂紳と梓馬の友情は続いていたかも知れない。袂紳が殺された日、屋敷の使用人含め半数の人間が殺された。


(私が居る限り、梓馬様はまた狙いにやってくるはず……先立つ不幸をお許しください。晴明様)


「どうかこの愚かな義妹いもうとの代わりに息子をお育て下さい」


 詩乃は自らの喉に刃物を突き刺した。






 鳥のさえずりが聞こえた。


「朝……学校行かなきゃ……」


 純の言ったとおり、前世の記憶は夢と共にだんだんと鮮明に思い出して来た。






「あれ? 純、颯斗くん。二人だけ?」


 部活内の雰囲気は重苦しい。太一郎くんがどうなってしまったのか、察しがつく。


「あぁ、今他の奴らはさ……」


 実は、と純が話し出す。


「えぇ?! 真野くんのお父さんが学校に来てて今、会議室?! 京子さんと部長は盗み聞きしにいった?!」


「ちょ、声がでけぇよ!」


 すると颯斗は続けて言った。


「で、俺たちは俺たちでお前に話がある。前世のこととか、霊能力とかについて」






 一方、会議室の横にある空き教室で部長と京子は聞き耳を立てていた。


「真野さんは確か児童養護施設育ちですよね」


「あぁ、今まで両親なんて会ったこともないって言ってた。それなのに今になって父親が現れた」


「これは気になりますね」




 会議室、校長が真野の隣で話を聞く。相手は若い男性が二人。


「ええと……お二人は、真野くんの」


「あぁ! 俺がパパになった!」


「ボクはただの付き添いです」


 オレンジ掛かった茶髪の青年が自信満々に胸を張って言った。隣にいるクリーム色の癖っ毛髪で、丸メガネの小柄な男子はやれやれと言いたげにため息をつく。


「ですが真野くんは……」


 校長が真野をチラチラと見ながら言葉に詰まった。真野は顔を下に向けて表情が分からない。口を開いたのは真野だった。


「帰って下さい」


 会議室に冷たい空気が流れた。


「あ、いや。あっ! 先に自己紹介しなきゃダメだったよな! 俺はまさき。で、こっちの小さいのがフレア。俺は君のお母さんと再婚して。俺たちは……」


「結構です! そういう問題じゃありません!」


 真野は少し怒りが混ざっているように指を握りしめた。するとフレアと呼ばれた小柄な男子が話す。


「彼もこう言っていますし、帰りましょう。突然押しかけて申し訳ない」


「お、おい! 待てよ、俺はまだミサキと話がっ……」


 フレアが強引にまさきを引っ張り、会議室を後にする。校長が続いて見送る。会議室には真野のみ残った。


「何を今更。僕を施設に置き去りにしたくせに再婚だって?」


 声が震えていた。目元がジワリと熱を帯びる。京子と部長は何も出来ず、その場から動けなかった。

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