2話:檻の中で見る地獄。心を喰らう修羅の門
















「ぐっ…はっ…」


 鈍い音、そして誰かの嗚咽が聞こえる


「手間を取らせないで欲しいな、オ ジョ ウ サ マ」


「がっ…あぎっ」


 うるせぇ、間近でなにやってんだよ…



意識がクラクラする…目は、開くのか

視界は、暗い…いや、夜なのか?

あのクソ物体、転送するとか言ってたが、灯りも無いし何処に俺を送り込んだんだ??




「あぎっ…!!」




「全く、こちらも仕事なんだ無駄な時間を割かないで欲しいものだ」



てか、身体が動かねえ。重たいな…クソ、何なんだ全く



「おい、その辺にしておけ お前の言う通り、時間がねえのはわかってんだろ?さっさとそのガキ殺してその魔剣を回収するぞ」


「い、いや…それはっ!パパのっ」


「残念だったな。頑張って逃げてはいたものの、此処はまだまだ森の奥地だ。いくら叫んだって声なんざ届きゃしないさ。ははハ」


 どうやら不思議な事に視界は良く回るようになってる

 つか、さっきからうるせぇな。…なんなんだよ



 不意に少女の声が聞こえる方向に目を向け…




 ―そこには余りに胸糞悪い光景が伺えた。

ボロボロの服でうつ伏せにされた少女が薄汚いローブを着た野郎に頭を踏まれていた。彼女は拳を握り締め抵抗するかのように必死に泣き喚いていた。

 他に4人、ローブの野郎どもはそれを囲みながらその状況を戯れていた。


「パパァ!!ママァ!!嫌だ!!やめて!」


「おーおぅ喚く喚く」


 野郎はその手で少女の小さな頭を地面にねじり込むように叩きつけ。

 再び無理矢理その髪をぐいと掴み持ち上げる。


「へへ…やっぱ子供ガキの悲鳴はいいですねぇ」


「げほっ…ゲホッ…」


「ったく。ほどほどにしとけよ」


 ―非常に不愉快だ。瞬時に言葉で表せないくらいの怒りがこみ上げて来る。

 こんな小さな子供を乱暴しているなんてありえないにも程がある。

 俺は直ぐ様立ち上がり少女を助けようと…



…助けようと


 ―どうなってやがる


俺は自身の、体を動かす事ができない。

それどころか、本来あるはずの手足としての感覚も無い。

なんだこれは?単に映像を見せられているわけでもない。


なぜなら、俺の今にも爆発しそうな怒りに反応して多少は視界が揺れているからだ。

だがそれ以上、何かをする事が出来ない。


おいおい、アズィー まさかてめぇ うっかりあの時のワケわからねぇ金縛りのままこっちに転送とか言わねぇよな?馬鹿なマネをしたわけじゃないよな?



しょうもない冗談混じりの問いで思考を巡らしている間にも、悪漢の暴力は少女を虐げる。




殴っては、蹴り 殴っては 蹴り 殴っては蹴り 叩きつけて


「おやぁ?なんか静かになりましたねぇ。んん?」


「…どうぢて」


「ん~?」


「どうしで、こんな酷いことをするの?じいじを…ママを…みんなを返してよ…」



泣きながらも怒りに任せた少女の意弱々しい抵抗の意思。

足蹴にする方のローブの男は舌打ちをする。

が、すぐさま転じて歓喜に満ちた下衆特有の高笑いを上げ始めた。


「返して?返して…欲しいですか??いいですよ、ええ!さっさとお望み通り、ぶちぶちに嬲り殺したママたちのいるあの世にあなたも送って差し上げますよ。哀れなオジョウサマ♪」


少女を踏み躙る脚を離し、腰から手馴れた手つきで刃物を取り出す。それが何を意味するのか考えるまでもない。



 おい、嘘だろ?いくらなんでもそれは…


 おいっ


 おいっ!!


 おいっ!!!!!!!!


 それは駄目だ!!逃げろ!!動かねえ!!なんでだ!やめろ!声…

 声も発することができない?ッッバカ野郎が!!!!!




なんて所に転送してくれやがったあの神クソ!!

早々にてめえの子供と同じ年頃の女の子が殺される様を指くわえながら黙って見ろってのか?俺の精神の強さでも推し量ってるつもりなのか?神様特有の試練だとでも言いたいのか?? 試練?ざけんじゃねぇ!俺はな、思い上がって人を試すようなクソが本当に大嫌いなんだよ!

それともこれも運命だからうんたらかんたらなんて言うなら…

相当な悪趣味だぜカミサマよぉ!!!


 よっぽど俺に…恨みで、も…



俺は思考が止まる。






 ―ッ






 必死で頭を上げてこちらを伺う視線。俺はその子と目があってしまった 。

無力な自身を呪うような光の失った目だ。悪漢に構うことなく涙を溢しながらゆっくりと俺に向けて手を伸ばす。少女は掠れた声を搾り出す。




「…パパ…」


 やめろ


「パパァ……」


 やめてくれ


「パッ―」


「サヨナラ♪」


 


サウッと


少女は小さく仰け反り、背中に無慈悲な刃物が突き刺さる。


























 あ




































刹那、あるはずのない光景。

自分の娘が刺されたようなモノに重なって見えた。



―ああ



視界が真っ白になる。この感覚、覚えている。

妻の死を知った時。娘の死を悟った時。自分が分からなくなるような脱力感。


運命?これは運命なのか?

試練?これが試練なのか?

運命…試練…神の啓示?


憎い


神が憎い


その存在を俺が認識した今だからこそ、俺は感じる事ができる


或るという事が憎い


居るという事が憎い


出会うという運命が憎い


別れという運命が憎い


幸せな時間が憎い


幸せだった時間が憎い


それらを理解し続ける自分が憎い


それらを感じ続ける自分が憎い


何もかもが変わってゆく世界が憎い



それでも先を進み続けなくちゃ行けない世界が憎い




 憎い




 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い






 何よりもそれら全てを受け入れなければならない自分が憎い






醜い感情に崩れゆく俺の精神を支えるように

いや、前に押し出すように



 黒い、黒い、ドロドロした「ナニか」が自身の内側から開放された感触を感じた




『あ、あああ…あぁアあAあAHaああああああああああああああああ嗚呼アアアアアアアアアァアあAAAアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』




「っ!?なんだこの声っ」




慟哭が響く

敵意 殺意 衝動 憤慨 破壊 すべての攻撃的感情が脈打つように全身を駆け巡った。



殺す



この身動きのとれない身体がどうした?



なら、意思だけで殺してやる。俺にはそれが出来る。

やってやる。呪って、呪ってやる!!


呪い殺してやる。


何もかも、殺す!!


溢れてくる、力がこみ上げてくる。


何一つ成す事のできなかった自分さえも押しつぶせる程に殺せそうだ。


感情が暴れている。


今までの不幸な出来事を全て混ぜ込んで


吐き出すように呪ってやった。



死ね


死ね死ね

死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 




 周囲でキンッと不自然な音が彼方まで響く。



「え?」


「お?」


「うぇ」


「いぃ」



それに連なって間抜けな母音が連続で続いた。

色んなものが転げ落ちる音がする。ぷしゅぷしゅと飛沫の音がする。

やがて、自分の中に蠢いていた全てを吐き出し、我にかえる。


「あ、」


ぽたぽたと自身からなにかが滴る。

地面に落ちたそれは無造作な赤い斑点を描く。

おそるおそる俺は周囲を見渡す。




ああ…

マジかよ


どいつもこいつも胴から上が無くなっている。それどころか、それらの上体は、上体と言えるモノは綺麗な切り口を残しバラバラになった肉塊として辺りに散らしていた。膝をついて動かない下半身の断面からは真っ赤な血が溢れて水たまりを作っている。より一層胸糞悪い光景を目にした。くっそ、吐きそうだ。俺が本当にやったのか?俺が、殺したのか?




俺の疑問等お構いなしに、雲に隠れていた月が顔を覗きその光景に光を当てる。

光を浴びた血だまりの水面が鏡のように周囲を映す。

そこには俺自身の姿は無く、


『え?』


慟哭の次に発した、なんとも間抜けな声


「この世界」での俺自身の声だった。

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