ドール=チャリオットの魔剣は語る

帽子屋

プロローグ:独白

―ああ、語ろうじゃないか。



そうだな、先ず…俺の話からになる。それはひとり、真っ暗な部屋での事さ。




飲みかけの酒が入ったグラス。俺は、そこに映る自分の顔を眺めていた。


「なんて、顔してやがんだよ・・・」


弱々しい声でそう呟く


朝だというのに電気もつけず閉じられたカーテンで周囲には日が差し込まない。

虚しくテレビの光だけが俺の周りを小さく照らして、放送されている内容は頭に入ってくる事は無い。


「はは」


カラカラとした笑いが口から漏れる。

ようやくこの時が来たのだ。


振り返ってみると俺の人生はクソだった。20代前半の事だ。

自分は若さ故の可能性なんかを鼻にかけて、

やりもしない事全てをなんでも出来るものと思ってた。




だが、実際それは何でも最後までやり切れないことの裏返しだった。

必要な努力という小さな壁にぶつかれば妥協して、「続けてやれば出来るものだ」と辛い現実を器用に避け、明日の自分に任せて生きてきた。


…そのせいだろうな

俺には結局何かを最後まで成し遂げる事は無くそれを人生に活かすことは無かった。




とんだ中途半端野郎だ。学校でも、こんなモノを学ぶことに何の意味があるのか?と嫌った傲慢で怠惰な自分へのツケだ。大人になってそれは本格的に思い知らされる。

仕事をするようになって、その日々で世間様から答え合わせのように自分の知識の無さが常に露呈されていったものだ。


けど、自分のやる気だけはきっと認めてくれる

そしてそこから自分は強くなっていく今まで探していた本当の自分に出会える

そんな都合の良い自分の未来に期待していようとも。


小さな出来事に躓けば、運が悪かったとぼやきながら、世の中や環境のせいにして前に進む事を止めた。結局は道を変えても、考えを変えても、最終的には同じ生き方しかできなかった。 


だから何も無く、何も知らない俺に対して社会というものは優しくなかった。

そして思う以上に俺の心は弱く そんな現実が全て降りかかって初めて自分の小ささというものを知った。それでも俺にだって運命というものを信じれる出会いはあった。



些細な出会いと交流だ。それでも日々挨拶と他愛もない会話を重ねていくうちに彼女に惹かれるものがあった。こんな俺でも好いてくれる女性。

最初は余所余所しく嫌われているものだと思っていた


けれど 彼女は知っていたんだ。


「あなたは、何もかもが中途半端なんかじゃない。きっと優しいから。誰かと同じ趣味で優劣をつけたいんじゃなくて、それで誰かと一緒に笑う景色だけが見ていたいだけのよ。それって、素敵な事だと思うわ」


俺がずっと見つけることのない本当の俺というものを彼女が見つけてくれていた。

自分のしょうもない人生はこの女性と出会う為にあったんだと本気で思えた。


それからは どうしようもない自分を塗りつぶすように必死に生きてきた。

彼女を愛そうとした。側にいて欲しかった。傲慢で隠してきた自分の弱さを認めて、受け入れてくれる。彼女の為ならどんなに辛いことでも頑張れる。


初めてだった、人の為に生きようと思えたのは。

本当に愛していたんだ。

晴れて俺たちは結婚し、数年後には子を授かった。


子供の名前は「奈々美」。


幸せな時間だった。お互いに多少の衝突はあっても頑張って乗り越えてきた。

愛する娘と共に3人で幸せな家庭を築いた。






―でもそれは泡沫の夢だったかのように終わった。






彼女は…奈津は原因不明の病気を患い、間もなく死んだ。

二度と動くことのない愛する母に必死にしがみついて奈々美は泣き喚いていた。



「ママ!ママ!」と奈津を呼び戻そうとする奈々美を抱きしめながら、俺だってみっともなく泣いた。


二人でいつまでも泣いた。



彼女の死と向き合う事が出来るまでには時間がかかった。

けれど残された俺と娘は過ぎ行く時間を前に立ち止まるわけには行かなかった。

そして、俺は妻が居ない分だけ…いや、それ以上に娘を幸せにすると心に誓った。


向き合わなきゃいけない。


俺は幸せで無くてもいい、でもこの娘にだけはいつまでも笑っていて欲しい。

一緒に居る時間も増やして 互いに失ってできた心の穴を塞ぎ合うように寄り添った。あれから娘は我が儘をあまり言わなくなっていた。


奈々美はまだ子供だ。サンタだっているのを信じている。

クリスマスにサンタさんが俺だってバレた時だって、あの娘は暫し俯いていたけど、顔を上げて無理して笑ってたな。


「ああ…そうだ」


一つの思い出が顔を覗かせると、そこから溢れるように思い出が脳裏で


あれ、大好きだったよな。おやつに作ってあげたパンケーキ。

いつもあればっかおねだりしてた。


それ欲しさにさ、既に俺が家の掃除を済ましているとも知らずに、窓拭きを必死にして俺の機嫌伺ってたな。


ずる賢しい事思いつきやがって、まるで小さい頃の俺と一緒だ。

そうさ…そんな所も全部含めて自分の送ってきた日々を愛してたんだよ。

妻が残していった唯一の形見…頭を撫でてやると顔を左右に振るクセだってあいつにそっくりだよ




「パパ!」




いつだって俺をそう呼んで欲しかった。

絶対幸せにしてやる 最後まで傍に居てやれなかった妻の分までどんな事があっても。




―そう思ってた矢先だ。そんな俺に世界はどこまでツケを支払わせるつもりなのか。




あの時、目を離してしまった事を今でも死ぬほどに後悔している

いや、死んでも死にきれない。ただ、奈津の墓参りに花を買いに行っただけなんだ。



「先に行っちゃうよ!パパ!!」



無邪気に前へ走る娘を見てただ微笑んで満たされているだけの自分を呪いたい。




―今でもあの鼓膜を破ろうとする爆発音が頭から離れない。




数メートル先の眼前で襲った小規模の謎の爆発。むせる程の粉塵の中で娘の名前を叫びながら駆け寄り、さっきまで娘がいたはずの場所。崩れた瓦礫の山へと叫びながら駆け寄って必死にかき分けていた。


爪が剥がれることなんて気にもとめなかった




「あ、あああ…ああああああああああああああああああああああああああああああああ」




心の中で崩れて溢れていく何かを必死に掬いとろうと叫んでいた






そして見つけた娘は


いや、正確には


見つけたのは娘の右腕だけだった。






負傷者7名…死者1名の原因不明の爆発。

世間ではテロリストの仕業などと騒いでいた。




誰が?




何故?




目的は?




―そんなこは俺にとって既にどうでもよかった。

もう、無くしてからでは遅い。結果的に俺は 文字通り全てを失ったのだ。

せめて、あの瞬間に一緒に死ねばよかった。


今でもそう思ってる。


その後の事はもう殆ど覚えていない。

奈津が死んだ時のような息苦しい重力。堪えながら生きてもがいてみた。

けれど他人の幸せが憎くて眩しくて、そんな呪いたくなるほどの感情を自身で醜く感じ葛藤にうなされた。寝るときは寝る時で幸せな夢を見るたびに現実に帰って来た時の苦しみに嘔吐した。


暫くは何も喉を通さなかった。

……だが幸いなことに酒だけは水のように飲めた


「それの何が、幸いな事だというのですか!しっかりしてください。先輩!」


あの事件以来、やけに世話をかけてくれる職場の後輩にはそう言われた。

身も心もボロボロになった俺に対してよくもまぁあんな厳しい事が言えるもんだ。

何も知らないくせに…なにも知らないくせにっ

色々と細かくて小うるさい後輩…俺も職場では最初軽く邪険にしていたものだ。

けれどあいつの優しさには報われるべきだと思った。なんとか生きて答えるべきだと理性が俺に語り掛けてきた。


でも、今回ばかりは本当に無理だ。


どうすりゃいい?復讐心を糧に生きる?何をすりゃあいい?


大切な者の屍を越えて生きていくなんてものは俺にとっては絵空事だ。



もうあの時から、見えている世界は灰色なんだ。


気持ちや感覚による例えではない。これは、俺にだけしか見えない世界だ。


ここは、この世界はもう…


誰が語るモノよりも地獄なんだということ。


痛みが無くても呪いはあるという事を知る。


日常の些細な出来事で幸せを思い出させ


日常の些細な出来事でそれが失われたことを確認させられる。


怒りの矛先さえも見つけられず、ただ植物のようにのうのうと生きていく。


そんな事が出来るほど俺の心は強くもなく


狂ってやり過ごすにはあまりに遅すぎた。


結局このザマだよ。




だからもう選んだんだ。




俺は、死を選んだ。




もう考えていたくない。




死を選ぶ事こそが俺にとっての最大の安楽。

酒を一杯喉に流し込んで目の前のテーブルに目を向ける。

小さな小瓶に幾つも詰め込まれた錠剤。




この時の為に用意した大量の睡眠薬だ。




なぁ、神様見てるかよ




もう、お前を憎む事にも疲れた。

だから最後に一言だけ言わせてくれ。

最後まで何もかも中途半端だった俺の願い。



「せめて、あの世ではあの二人に合わせてくれよ」



空虚にその願いを呟く、当然返事等は無い。


まぁそりゃあそうだ


端から期待なんてしてないし、まだ死んでもいないんだ。


死んでたって会えるわけもないさ。


神なんてものはそもそも存在しない。


いるわけがない。だって、そうじゃなけりゃこんなクソみたいな当たりクジを二度も引くわけがない。




とんだ狂った世界だよここは…






「とんだ狂った世界だよ!!ここはぁああああ!!!」






瞬間に燃え盛った怒りを原動力にし

テーブルに撒いた錠剤を砂を掴むように握り締め、それを口の中に酒と一緒に押し込んだ。瓶の器の中身が空になるまでゴクゴクと酒を飲んだ、口の端から溢れる事など構うものか。



「ハツ…はははははははははっははあははははっははあっはは!!」






久しぶりに大声を出して笑った気がする、

俺はようやく…この儀式を以て、ようやく開放されるんだ。




「はぁー…えふ…えふ…」



嘔吐感を振り切りながら徐々に意識が遠のく

優しい子守唄でゆっくりと眠くなるような感覚






―この世の苦しみから開放されようと自殺をする事で男はあろう事か異世界へと旅立つことになる―



子守唄の代わりが、しょうもない異世界転生モノのアニメのオープニングとは、実にくだらない。




―この世界で精算できなかった彼の人生に意味ナマエを与える物語―




実にくだらない。もう、眠らせてくれ。


俺は


俺は…


仰いだ先に見える薄暗い天井。そこに、少しずつ光が広がっていた。



―彼がこの世界で請け負った使命は、運命を殺す事―



待っててくれ。俺もすぐそこに…



―彼は真実を探す。自分に与えられた物語の名前イミを―




やがて光の中からゆっくりと眩しく光を放つ誰かの手が差し伸べられていく。



―そ・し・じ―



ああ…これが、死か




そして、俺は不意に口遊んだ。



「もしかしたら、いるんじゃねえかな。神様」



俺は意識を全て光に預け もう考えることをやめた。


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