第6話 調査へ


 第三王女からの依頼。それは、【子供の神隠し】事件についてだ。


 ここ半年、突如、子供が消える事件が増えていた。これまでにも子供が行方不明になる事件はあった。だが、ここ最近件数が以前よりも増えたのだ。

 誘拐であれば、誘拐犯が金銭の要求をして来るものだが、それも無い。理由としては、恐らく消えた子供の多くが貴族の子供では無く、平民の子供に多いからだ。平民に金銭を要求しても、たかが知れている。下手すれば、口減しが出来て良かったと捜索しない親もいるくらいだ。


 そうなると、子供はどこへ?

 

 考えられる事としては、人身売買だ。


 それを、王族が出資し、慰問にも訪れる教会で行われている様だと、第三王女殿下の依頼書に書いてあるのだ。


 教会では、孤児達が修道女や修道士達と共に暮らしている場所も少なくない。

 子供が養子に迎えられれば減るし、教会に置いて行かれる事もある。何十人単位で増減する事は無いが、それでも一年の内に数人が入れ替わる事はあり得る。

 子供が居なくなっても、増えても。不自然では無い場所。

 そこが拠点に、闇取引を行っているとしたら。


「闇取引の隠れ蓑には、適した場所とも言えるな」

「そうね。子供が犠牲になるなんて、最も許し難いわ。それも、神に仕える者が加担しているのよ?」


 落ち着いているが、声が僅かに震えている。怒りが込められているのがダレンに伝わってくる。

 キャロルは子供が好きだが、自身にはまだ授かっていない。自身でも孤児達の為に寄付やバザーなどの手伝いをしている。この仕事の報酬の殆どを寄付に使っていると言っても過言ではないだろう。だからこそ、子供が大人の勝手で誘拐され、知らない土地へ売り飛ばされる事への嫌悪感が強くある。


「子供が授かる事は、奇跡なのだから。どんな理由であれ、どの子も等しく幸せになる権利がある。ねぇ、ダレン。この依頼、王女様からでは無く、私からの依頼として受けてくれないかしら」


 その言葉に、ダレンはキャロルを見つめた。

 緑色の瞳が、真っ直ぐにダレンの瞳を捉える。

 どこまでも真剣に。


 ダレンはリクライニングチェアから立ち上がると、コーヒーを一気に煽りキャロルを見る。


「出かけるぞ」


 その一言に、キャロルは花開く様に目を見開き、笑顔を見せた。


「そう来なくっちゃ!」


 まるで少女の様に輝く笑顔を見せる叔母に、ダレンは再び思った。


(これで三十は……)


 ボンネットを被って部屋の出入り口に立ったキャロルが振り向く。


「ちょっとダレンさん? いま、何か言いまして?」


 時々、心を読まれる事が怖いなと思いながら、ダレンは「イイエ、ナニモ」と応え、出かける準備をしたのだった。



 アパートの下へ行くと、キャロルが乗って来た車が今もまだ止まっていた。


では無かったのか……」


 ダレンのいう【貸出し】とは、時間制限のある運転手付きの貸出し車の事だ。まだ運転が出来る者も少なく、個人で車を持つ者も少ない。国が車普及事業に乗り出し、運転手育成を行っている事もあって、車販売業者が貸出し車を行っているのだ。

「アーサーのお父様が新し物好きなのは、貴方も知っているでしょう? ダレンの所へ行くって言ったら、貴方に自慢して来いって」


 キャロルは苦笑いしつつ、そう言った。


「運転手は?」

「お義父様の部下だった方よ。退役されて、仕事を探していたからって、運転育成所に通わせて、我が伯爵家の専属運転手として雇っているのよ」

「……すごいな。でも、運転に足を使うよな? 彼は足を怪我しているのでは? 大丈夫なのか?」

「ええ、確かに足の怪我をしているけど……何で知っているのよ」


 キャロルは僅かに目を開いて訊ねる。


「キャロルが来た時に、窓の外から見ていたんだ。彼が車に乗り込む時、足を少し引き摺っていたからね」

「なるほど……さすがは、探偵様」


 茶化しながら言うキャロルの言葉を無視し、ダレンは少し声を抑え、独り言の様に言葉を続ける。


「足を怪我していても、運転は出来るんだな……」

「それは問題無いようよ。運転もとても上手よ。さ! サッサと乗って乗って!」


 ダレンはキャロルに押されて車に乗り込む。運転手をチラリと見て、キャロルの義理の父を思い出した。


 現アワーズ伯爵。

 元々は軍に所属しており、大将まで上り詰めた人物だ。堅物やら鬼やら言われていたが、誰よりも慕われていた事を、ダレンですら知っている程だ。部下だけでなく、上の者にも信頼されていた、と風の噂で聞いた事がある。

 きっと元部下が路頭に迷っている姿を見て、手を差し伸べ無くてはと、行動したのだろう。息子のアーサーも軍人になると思われていたが、アーサー本人がそれを拒否。それを受け入れるだけの器を持ち合わせている、懐の深い人物だ。

 伯爵家専属運転手であるウィリス・バリーは、元軍人らくし動きが機敏で寡黙だ。

 この国に多い、黄色味の強い栗色の髪に灰色の瞳。足を怪我したため激しい戦闘はもう無理だが、ガタイも良く体力もある為、護衛にもなるのだとキャロルは言った。


 ダレンが初めて乗る車に、珍しく少々緊張した面持ちでいると、キャロルは楽しげに笑う。


「あのダレン・オスカーでも緊張するのね」

「……僕だって、一応は人の子だからね」

「そうね、今は立派な大人の男性ね。それで、目的地はどこ? 行き先を伝えるのは、馬車と同じよ?」


 どこか揶揄うように言うキャロルに、少しムッとした顔をしつつ、センター街から外れた場所にある教会の名を告げた。


「あら、王女様の依頼書に書いてあったのは、センター街にある教会よ?」

「外との繋がりも見てみたいからね。教会間でのやり取りだって、ある程度はあるだろう?」

「なるほど。それもそうね。なら、行ってみましょう!」

「王女陛下へのお目通りは、キャロルが行ってね」

「なんでよ! そこは貴方でしょう!」

「ダメダメ。僕は、君の依頼として受けると決めたんだ。それに、僕は子爵だから。伯爵の方が上だし。なんなら、キャロルは元侯爵家の出だし」

「侯爵家の出なのは、貴方もでしょ!」

「キャロルが王女陛下の対応をしてくれる事が、キャロルからの僕への報酬って事で。友人価格だ」

「友人価格って……」

 そんなくだらないやり取りをしていると、あっという間に目的地へと到着した。

 馬車よりも早い到着に、キャロルとやり合って無いで、ちゃんと外を見ていれば良かったと、ダレンは少し残念に思いながら車を降りた。

***

 まずダレンが選んだのは、王都内ではあるが、中心からは一番離れた位置にあるカリッサ教会だった。

 教会の入り口へ向かうと、ちょうど一人の修道女が出て来た所だった。


「まぁ! アワーズ伯爵家の若奥様ではございませんか!」


 キャロルに気が付いた若い修道女が、明るい笑みを浮かべ近寄って来る。


「お久しぶりね、エマ。前回、私が持って来た毛布は足りたかしら?」

「ええ、十分足りました。子供達も新しい毛布がフカフカで温かいと、大喜びでした」

「それは良かったわ。また、何か必要があれば都度教えてね」

「そう言って頂けて、有り難い事です。ところで、今日はどうなされたのでしょう?」


 修道女はチラチラとダレンに目をやりながら、キャロルに訊ねる。

 ダレンと目が合うと、修道女は微かに頬を朱に染めた。若さ故か、まだ神に身を捧げきれていないのか。ダレンの美しさに惹かれている、その表情に、キャロルはこっそりと苦笑いをする。

 一方でダレンをチラリと横目で見遣ると、その顔は無表情だ。

 元々ダレンは見目の良さも相俟って良くモテる。だが、爵位を得てから、ダレンに擦り寄ってくる令嬢達に心底辟易していた。以来、どこか女嫌いにでもなってしまったのか、どんなに美しい女性の前であっても、キャロルが知る限り、無表情であった。

 キャロルは気を取り直す様に軽く咳払いを一つすると、修道女に向かってニッコリと微笑む。


「今日は、ちょっと院長様にお話を伺いたくて。突然だから、いらっしゃらないかしら?」

「いえ、本日はいらっしゃいます。少々お待ちください。ただいま呼んで参ります」

「ええ、ありがとう。お願いね」

「はい」


 笑顔で返事をし、若い修道女は教会の中へと戻って行った。

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