探偵ダレン・オスカーの事件簿 〜春の女神失踪事件〜

藤原 清蓮

探偵ダレン・オスカーへの依頼

プロローグ


 王都にある王立公園内・野外舞台---。


 夜十時過ぎ。

 星が瞬き、天高く昇る三日月が、にっこり笑うように輝く静かな夜。


 最近、十六歳になったばかりの少女が一人。舞台の上で可憐に踊っている。

 自分の動きを確認しているのだろう。何度も同じ動きを繰り返しては元の位置に戻り、再びクルクルと跳ねる様な足取りで、回転しながら踊る。

 春であっても、まだ冷える夜だが、少女は薄手のワンピース姿だ。向こう側が透けて見える薄手のショールの端を両手で持って、フワリと靡かせながら踊る姿は、さながら春の妖精のようだ。

 辺りには少女の鳴らす靴音と、微かな息遣いが聞こえるのみ。音楽や歌などは聞こえない。

 舞台の周りを囲む薄暗い街灯の明かりの中、懸命に踊る少女の足が不意に止まった。

 少女は舞台袖を振り向くと、少し首を傾げ奥を覗き込むような仕草をした。


「誰か、いるの?」


 少女は、不審顔で舞台袖へ慎重に歩みを進める。


「ねぇ、誰? 宿の関係者?」

「あなたは【春の女神】になりたい?」


 不意に聞こえきた声に、足を止めた。

 高くも無く低くも無い。女性と言われれば、その様に聞こえるし、男性と言われても違和感のない声。


「誰なの?」

「ねぇ、答えてよ。あなたは【春の女神】?」


 抑揚のない声が舞台の半円の天井に反響し、不気味さを増す。まるで、その声が自身の全身を撫でる様に感じた少女は、ぶるりと一度震えると、両手で自分を抱きしめる様に身体を抱える。


「まだ、誰が【春の女神】になるかは、決まっていないわ」

「あなたは、なりたい?」

「……え……ええ。……だから、いま、踊りを練習していたのよ……」

「なら、あなたを【春の女神】にしてあげる」

「……え……? どういう、意味?」

「こちらへ来て。さぁ、怖がらないで」


 先程まで不気味に感じていた声が、柔らかに誘う。

 少女は、その魅惑的な誘いに引き寄せられる様に、ゆっくりと舞台袖へと歩き出した---。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る