大樹と世界の中心(サイコパス)

ジズさん

序章『不思議な少女』

 賑わう都市からから遠く離れた辺境。伸びた雑草に覆われた、古い街道。のどかというよりは静かなその道を歩く人影が一つ。

 頭の横で括った青い髪をふわふわとなびかせ。鳥のくちばしのように伸びた、先端だけ赤い前髪をひょこひょこと揺らし。たった一人、軽い足取りで街道を行く。

 こんな場所にも街道があるということは、この先に何かがあるということ。それは果たして目的のものか、そうでないか。

 根拠も確証も何もない。不安もない。心配もない。足を進める。どんどん進む。不安どころかうきうきと、何か楽しみでもあるかのように。

 やがて見つける。視線の先。遠く離れた木々の隙間。人影は風に乗り、即座にそれの目の前までたどり着く。


「ごめんください」


 可憐な声が、近くにいる男にそう呼びかけた。


「何か食べ物ある?」


 弾んだ声音は、食うに困っているようには思えない。声をかけられた男は目の前の人物を不審に思いながらも、警戒する気力すらないとばかりに顔を背けた。


「悪いけど、よそ者に分け与えるほどの食糧はないよ。こっちが欲しいくらいだ。ほかを当たってくれ」


 冷たく突き放す。食うに困っているのはむしろ、男のほうだった。金すらも欲しがらない。金など、ここでは価値がなかった。


「そう」


 あっけらかんと、可憐な声は言った。


「じゃあ、奪うね」


 小さな村に、大きな悲鳴が轟いた。

 



 

 村は凄惨を極めていた。村の者は一人残らず、死体となった。ある者は胸を貫かれ、ある者は全身を切り裂かれ……何もない静かな村は、血で染まった。


「んー、と……」


 変わり果てた景色を後目に、少女は村を物色していた。人間のみを的確に狙ったため、家屋はどこも崩れていない。血は多少飛び散っているが。


「育ちはよくないけど、野菜があるね」


 周囲は人間の死体だらけ。それを意に介さず、あちこちを探る。

 貧しい村だった。男のあの様子は、冷たいわけでもなんでもなかった。本当に、日々の暮らしが辛かったのだろう。食べるのが精いっぱいの生活だった。


「この村、大変だったみたいだね」


 他人事のように言う少女。確かに他人ではあるが、村の人間を殺したのはほかならぬ彼女である。


「これくらいでいいかな」


 適当な量の食料を袋に詰め込み、縄で縛って肩に担ぐ。結構な重量だが、軽々と持ち上げた。


「これで当分困らないね。お肉はうさぎを狩ればいいや」


 この村には家畜がいなかった。だが問題はない。彼女にとっては、動物を狩ることもわけはない。

 満足したのか、少女は歩き出した。街道に沿って村を通り過ぎ、先へ進む。彼女はこうして、各地を旅している。

 少女の名はイスパ。イスパ=サコバイヤ。名も無き小さな村に生まれ、旅に出た。女一人、放浪の旅。野生の動物や果実、そして人間から奪った食料で日々腹を満たしている。


「次はどんな場所かな」


 目的はあるが、行先は特にない。街道を歩く。道なき道を行っても、何も見つからないから。

 今日も彼女は足を進める。ただ、己の思うままに。

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