光石と環状線のメリーゴーランド

@KINAGAIsub

前話 フェルト・メル編

 ある日の昼頃、黄砂が舞ってるような濁った昼空に、学校のチャイムが鳴り響いた。

 団地のような学校の中では、急いで支度をして帰る人もいれば、ゆっくりと友達とおしゃべりをしながら支度をする人もいた。

 

 でもそれはまるで「小学生」っぽいと、今の小学生である自分に語りかけている。


「...」


 黙々と帰る支度を終わらせ、教室を出て一階の靴箱に向かった。

 靴を履き替え、外に出ようとドアを押したが途中で辞め、ポケットからナノマスクを出した。

 小さい耳掛け用のBluetoothイヤホンの様な機械を片耳ずつに付け、右耳の方の機械にダブルタップをした。

 半透明な膜が口と鼻を覆い、今度こそ外に出た。

 校門などは無いが、校門の様な壊れた壁を越え小さい路地に出た。


 ここは都市近郊にあるポツンと街に馴染まない学校。

 周りには、赤煉瓦を使った建築や鉄道の高架橋、いわゆるアールデコ様式の建築が増築という形で街がカオスな雰囲気を出している。


 僕は建物の路地裏を何回も通り抜け、幅だけが妙に大きい道路「ロレンス通り」に出た。

 その大きさは一つの大きな川がある様なデカさだ。


 この道を通るたび、妙に思う。

 それは、なぜかここ一体、車一台・人一人も通らない事。

 今いる歩道から、横断歩道の奥に見える歩道に信号機がちゃんとあり、電気も通ってる。

 それなのに、一台も通ってないことに違和感しかなかった。

 けどその裏腹に、左側を向き道路の先を見ると近くで唯一海の地平線が見え、夕陽が見える場所になっている。

 ついでに海のことで思い出したが、今見える方向の方には言ってはならないと母に言われている。

 「なんで」と言っても、答えてくれない。

 でも、なんとなくはわかる。


 いつも奥深く考える癖で、信号を二回逃した。

 信号などは意味を持たさないので、赤信号のまま横断歩道を渡った。


 右側からのメトロポリス方面からなにかしらの高音な機械音がする。


 立ち止まって目を小さくし、音をする方を見た。


 目の前からは、白いスカイカーが爆速の勢いで向かって来た。

 

 流石に危ないと、僕は歩道の方に戻った。


 歩道に逃げる途中に車がやって来て、風圧で少し押し飛ばされた。

 

 倒れて、風で一回転して、めっちゃ痛かった。

 「なんだったんだ」と車が行った方向を向いたままになってたら、後ろからスカイバイクで追い掛けている人が爆速で通り過ぎた。

 バイクに乗っている人は全員黒マントをして気味が悪かった。

 

 急な出来事すぎて驚散らかしたが、ちゃんと立って信号を渡った。

 そして「今度は信号を守ろう」と軽く決意しといた。


 もう一度歩き始めた。

 また、路地裏に入る。

 今度は、いつも通ってる路地裏とは雰囲気が違い、左右の赤煉瓦の壁に無数のボロついたポスターが貼ってあった。

 それで最近、妙なポスターも増えてきた。

 昔の破れたポスターに妙な柄のポスターを重ね重ねで上書きしていた。


 ジャンプしてちょうど手に届くところにポスターがあったから取った。

 表面にはなにも内容は書いておらず、裏面にその内容が書いてあった。

 自分の家の部屋はもうすぐそこなので、そのポスターを見ながら向かった。

 内心「なにこれ」と思いながらジマジマ見た。


 上中心にでっかくB.Wと書いており、内容は科学的に支離滅裂的な事ばっかり書いてあった。


 エレベーターに乗り、見ていたポスターをクシャクシャに丸めて手に持った。

 

 八階に着きすぐ右角を曲がった。

 左には手すり壁があり、その方向にクシャクシャに丸めた紙を思いっきり投げた。

 そして鍵を入れずに部屋のドアノブを下げ、引いた。

 ドアが開いていた。

 つまりこれは部屋に母が居る証拠。


「ただいま」

「あ、おかえりフェル」


 母の声がした。


 靴を脱ぎ整頓し、ナノマスクを解除して、リビングに向かった。

 リビングに行くとキッチンに目がいった。

 キッチンで母が料理...ではなく携帯をいじっていた。


 僕は荷物をリビングのソファーに置いて自分の部屋に向かった。


「フェル〜勉強が楽だからって、学校の勉強をサボっちゃダメだよ〜」

「無理〜」

「今日は特」


 母の言葉の途中で自分の部屋に入って、ドアを閉めた。


 母はいつもそこだけしつこい。

 僕の部屋を見たらわかると思うのに...


 フェルトの部屋は分厚い本で埋め尽くされ、勉強机らしきものは落書き用の紙が一面に広がっていた。

 だがその紙はただの落書きではない。

 その落書きという概念は、フェルトの概念であり、一般的な言い方でいえば数式だ。

 大学の数学書を読み、その数式が気になったら自力で証明して、答え合わせをする...

 ただそれだけが楽しいと感じる変人な小学生。

 でもたまに落書きはある。

 だがそれは天体の図だ。

 そう、フェルトはいわゆる特異的な知能を持って生まれた子である。

 しかし、遺伝でもある。

 とにかく、フェルトは本当に「楽」だから嫌なのだ。


 僕はいつも通りに分厚い数学書を開き、A4のコピー用紙に書き始めた。


「ただいまー」


 いつも聞きなれない声がした。


「あら!おかえりー!!」


 母が玄関に小走りする音がした。

 僕は察して自分の部屋から飛び出して玄関に向かった。

 

「父さん!!」

「久しぶりだなぁ!フェルーー!」


 父さんの帰宅だ。

 2年ぶりの帰宅で家族大喜びだ。

 

「元気にしてたか」

「早く参考書欲しい」


 父にねだった。


「でも、フェルね、なかなか学校の方の『宿題』をやらないのよ」

「あ」


 『馬鹿。

 余計な事を言うな母さん。』


「フェル。いくら楽だからと言ってそれは人としてダメだぞ。」

「いいし別に。こんぐらいの知識があれば人間としての理性一つぐらい無くせるから。友達だって作って無いけどやっていけてるから。」

「フェル〜お前もいつかわかる時がくるかもしれんがな、君はなにがなんでも人間なんだ。いずれ考えも変わる」

「変わらない...」


 文句を垂れて下を向いた。

 そしたら父は僕の頭を髪の毛をグシャグシャにする様に撫で回した。

 上を見上げて、少し睨んだ。


「なあフェル。少し旅行でもするか」


 その言葉を聞いた途端、フェルトは眼を輝かせ、その話題をキャッチした。


「行きたい!」

「ほお、じゃあ、どこへ行きたい?どこでも連れてってあげるよ」


その「どこでも」という言葉を信じたからな。


「ISpP(インターナショナルスペースポート)...」


 父は苦笑いしながら考え始めた。


「国の端から端か...」

「どこでもって言ったよね父さん」

「...」


 圧をかけた。

 そうしたら母がフェルトに叱っってきた。

 が、父はそれを止めて話してきた。


「...いいよ。うん。行こうか」

「いいの父さん!」


 父は目を閉じながらイイねのグッドのハンドサインをした。

 フェルトは嬉しさのあまり、はしゃぎまくった。


「フェルはこういうとこだけ子供で困るわね」

「俺の遺伝かな」

「ちょっと強すぎね」


 家族は笑顔で満ちた。


 しかし、父の顔は髭やクマの目、他にも数日間辛い思いをしてきた様子であった。

 まだ三十代という若さで老けた様な容姿をしていた。



 この団地の立地はいつも暗い。

 だから朝という名の陽光は昼に来る。

 

 けど今日は朝という概念が、はっきりする。


「ほら、フェル。行くぞ」

「待って」


 フェルトは皮のビィンテージバッグに服と参考書を詰め込んでいた。

 そして、急いで玄関に向かった。


 父の昨日の様に老けた顔は若く戻っている。

 そして父の姿は、この時代に合わない様なファッションスタイルで、まるで200年前の1980年代で流行ったイタリアンカジュアルスタイル。

 茶色深いジャケットと軽めなシャツ、そして極め付けのフェドラキャップ。

 この町にとってはあまりにも目立つ格好だ。


 二人ともナノマスクを起動した。

 そしてフェルトは父の後をついて行き、家から離れた駐車場に行った。


 父は車のロックを解錠し、後ろの座席を開け、荷物を置いた。

 フェルトはパッセンジャーズシートに座り、父はもちろん運転席に座った。

 電源を入れ、バッテリーが起動すると電子音が静かに車の中に響く。

 

 僕は久しぶりに車に乗り、楽しみなことがある。


 車から見えるフロントの景色が少し低くなった。

 それは、車が浮く瞬間である。

 フェルトはこの浮いている浮遊感がたまらなく好きなのだ。

 その浮遊感を味わって、静かにワクワクしている。


「じゃあ出発するか」

「母さんは」

「今日も仕事だって」


 帽子を後部座席に置き、ジャケットも置き、ナノマスクをとって、静かに動き始め、道路に出た。

 そして走り始めた。


 この町は人通りも車もほとんど通らない。

 だから、父は直線の道路を一瞬だけ140kmでぶっ飛ばした。

 そして、高架下の影に入った。

 目の前には、高速道路の入り口が見えた。

 ETCでスマートに高速道路に入った。

 

 高速道路に入ると景色は一変。

 車は次々と目の前を通過して行く。

 その速さは平均的に見ても180kmを余裕で越えている速さだ。

 車線は、一般道とは大幅に違い、片道第五車線まである巨大すぎるものだった。

 それでも、車で場所は埋め尽くされるものだった。

 

 高速道路の車線に乗り、走り始めた。


「そういえば高速道路初めてだったな」

「うん!」

「どうだ」

「すごい」


 会話もしているうちに景色も変わってゆく。


 住んでいたメトロポリス近郊の工場地帯からどんどん離れて行く。

 目の前にはもう、ビル街が視界に飛び込む。

 近郊は下町のような様子だが、メトロポリス周辺になると、まさに近未来と言える煌びやかで暗いようだった。

  空が濁っているおかげだろうか、都市部周辺の空はビル街のネオン色で、朝の光ではない輝きを出していた。


 僕は一つ疑問に思っていた事を父さんに質問した。


「父さん。なんで車は高級車なのに僕の家は、あんな質素なの」

「質素でごめんな。」

「僕、こう言う街に住みたい」

「...」


 父さんはなぜか微笑んでた。


「まあ住みたいよな。でも、今あそこに住んでいなかったら死んでるだぜ」

「...なんで?」


 父はフェルトの方を一瞬向いてまた前を向いた。 


「...仕事上の関係だな」

「え、そんなに危ないの?」

「まあ、立場上な。あ!左見ろ」


 フェルトは父の言われるがまま左を向いた。

 しかし、ビルの窓しか見えない。


「なに父さん。なんもないよ」


 フェルトはそのなにもないビルの窓をなにかと観察し始めた。


「フェル。今見える景色はなに」

「...窓」

「まあそうだな。ビルの窓だ。じゃあそのビルの窓の中は見える?」

「見えるわけない」

「だろ。研究者にも、裏では色々起きてるんだ」

「じゃあそれってなに」

「...」


 急に父は大きく悩み始めた。


「まあ国とか、他に色んなものに追いかけまわされている。そんな感じ」

「どう言う感じ」


 フェルトはしつこく質問を仕掛ける。


「フェル〜。そんなに聞かんでくれ」

「僕は自分への議題が生まれたら全部理解しないと探求する性格なので」

「はぁ...フェル...」


 父はフェルトの小学生のしつこさと、その反面の探究力に呆れてしまった。


「そういえばフェル。長年会ってなかったからな、土産もらってきたよ」

「マジ!なに、参考書?」

「じゃあ次のサービスエリアで見せるよ」

「っしゃあ!」


 次のSAまでフェルトは興奮が絶好調に達していた。


 そして、メトロポリス「Zenerial」入り口まであと約200km



 SAに着いた。


 駐車場に止めて、車のドアを開けた。

 フェルトはナノマスクをして外に出ようとした。


「あ、フェル。マスクはもうしなくてイイよ」


 ここは、工場地帯からもう結構な距離が離れており、空気は汚染されていない。

 そしてここのSAは意外と都市部の中では景色が拓けている。

 そしてなにより、青空が見える。

 フェルトはこの環境に新鮮さを感じ、大きく息を吸った。


「めっちゃ綺麗」

「だろ」

「じゃあ見せてもらうじゃありませんか。父さん」


 父は後部座席に置いておいた荷物を取り出そうとした。

 

 フェルトは父が持ってきたジャケットと帽子を結局着けないことに多少の疑問を抱いた。


 そして父はなにか缶みたいな筒を出してきた。

 それをフェルに見せた。

 缶の中心らへんをスライドさせ、缶が開いた。


「...? なにこれ。ネックレス?」


 それは細かいチェーン状のチタンに、装飾を施された鉱石とMと彫ってある小さい円盤のネームタグを吊り下げていた。

 それが、二つ入っていた。

 鉱石は溶岩のように赤くそして白く輝く様な朱色で、もう一つがまるで絵本に出てきそうなエメラルドグリーンの湖を写している様な、新橋色をしていた。


「めっちゃ綺麗だけど、なんか期待外れ。」


 フェルトはひょっとこ口で目を尖らせ、ネックレスに向かって文句を垂れた。


「これ、母さんに渡せばいいじゃん」

「いや、それはちょっと都合じょぉうぅ...無理かも...しれん」

「なんで。浮気」

「そんな事は流石にしないわ」


 少しキレた。


「でも、ありがとう」

「まあ、それは気分で着けていいから。一生の宝物にしてくれれば嬉しいな」


 そう父はフェルトに言い、フェルトは早速朱色のネックレスを父さんにつけてもらった。

 フェルトはまだ幼いので、ネックレスはデカく感じた。

 フェルトはネックレスを服の中に入れた。


 そしてフェルトと父はトイレと飲食物を買い、車に戻った。

 また車は走り出した。



「フェル。あそこにむかし通ってた大学があるよ」


 父は目の前の景色から左方向を指差した。

 そこには、ビル街の中に異様に目立つ真っ白で流体な建築物に、一面の芝生が見えた。


「なんかすごい」

「だろ。あそこはね国の中で二番目に難しんだよ」

「へー」


「あそこに自分も通えれたらな」とフェルトは心の中でつぶやいた。


「じゃあ、国で一番はどこ」

「それはね、行く時に多分通るからおたのしみ。すごいよ!時代を遡ってる」


 上にあった標識を通り越した。

 そう、ここはもうメトロポリスの入り口に入ったのだ。

 しかし、周りの景色は平地になっている。

後ろにはちゃんとビル街があるのに、ここのあたり一面だけはなぜか異様になにもなく整備されている。

 目の前にはトールゲートが見えてきた。


 料金を払い、ゲートを抜けた。


 まだ直進の道路があり、進んだその先に左曲がりになっていた。

 周りは鮮やかな緑の木で景色を彩っている。

 左に曲がった。

 その途端フェルトは息を呑み瞳孔を大きくした。

 それは目の前の光景に脳を刺激されたからだ。

 

 それは太陽の反射で煌びやかに光る、河幅が巨大な大河。

 そして、それを渡るための合計十二車線の大橋。

 その先に見えるメトロポリスの姿。

 先ほど見てきたビル街とは打って変わって違う。

 これは神聖なんだと感じる。

 青空と太陽の反射で青く光るビルの窓。

 そしてそのビルの姿は巨大で、高く聳え立ち、いわゆるメガストラクチャーだ。

 それが綺麗に二等辺三角形の様な山の形に立ち並んで建っている。

 しかも、その範囲が尋常じゃない。

 大河を跨いでいて遠くに感じるはずだが、今、目の前を見ていてもデカく見える。

 これは近未来の城と言っても過言ではない。


 その神秘的な都市構造に神聖さを感じ、フェルト見惚れてしまった。


「フェル、どうした口呼吸になって」

「父さん。今、参考書より興味を持つものができたよ...」

「ははははは!そうかい!やっと違うものに興味を持ったか!」


 父はご満悦の様だ。


「すごいよ父さん。なんでこんな綺麗なものがこの世に存在するんですか」

「それが人類の進歩ってやつだよ」


 フェルトは車の窓を開けて、少し顔を出した。

 車の速さで吹く風に髪の毛がその波に靡く。

 初めてこの世界に「希望」という形を空気の圧で味わった。


 この巨大の河を、一時間の時間をかけて渡りきった。



 河の先のトールゲートを通り、メトロポリス内に入った。

 高速道路は一旦降り、一般道で走ることになった。

 

 フェルトはずっと窓から顔を出して周りをキョロキョロ見ている。

 周りのビル街は、視界に頂上が見えない程の高さが連なっている。

 

「周りの人みんなオシャレ...」

「そうだろ。みんな時代の先駆けを走ってる」


 フェルトは一旦顔を戻し、SAで買ったものを食べ始めた。


 車を走らせると左には広場が広がっていた。

 その広さは尋常ではない。

 奥行きが見えないくらい、奥まで続いている広場の地平線。

 横幅も、普通の都市近郊でいう巨大ビル二個分の横幅がある。

 ここまでくると不便に思えてしまう。


「ここもいいよな。ちゃんと日光の通り道に沿って設計されてるからね日当たりがいいんだよね〜。あ。右、都庁ね」

「...見えない」


 フェルトの座席の位置関係と都庁の高さの関係で全貌は見れなかった。


「まあ、あれだよくる時に見た一番高い建物」

「!あれね」

「電波塔の役目もしてるし、全てを管理してる建物と言ってもいいな」

「やっぱそうだよね。あれ電波塔だよね」


 父の説明でなんとなくのイメージは着いた。


「そろそろしたら一旦降りるよ」

「はーい」


 そう言った10分後、ある立体駐車場に着いた。


 車から荷物を全て持って立体駐車場から出た。

 

 父さんはやっと全て着た。


 前にはバスターミナルが広がり、右に建物があった。


「ここなに。駅?」

「そう駅」


 二人は手を繋、駅の中へ入って行った。

 駅の中は人混みがカオスだ。

 上にホログラムの案内板と広告が出て、大きく文字が出ていた。

 

 でも父さんは慣れてる様で、上を見ずに行きたい方向へ人混みを避けて歩き続ける。


 そして、室内の駅の窓口へやってきた。


 父はスムーズに動き、ポケットからすぐにカードのらしきものを取り出し、案内人に見せた。

 そうしたら、父と案内人が喋り始めた。


「今日はどうされましたか」

「今日は息子を連れてISpPPに行きたい」

「あー、いいですね!でも今日はやめたほうがいいですよメル博士。昨日からB.Wがうろちょろしてるんです」

「どういう事だ。「中に」って事か」

「らしいです。でも、なぜうろちょろしてるかまでの詳細はわかりません...今日はよしたほうがいいですよ。あなた方さんはいつも狙われてるんですから」

「...」


「父さん。行けなさそう?」


 父は案内人の方を向き考えている。

 でも答えはすぐに出た。


「そうですね。今日は辞めときます」


「フェル。今日は無理らしい。明日にしよう」

「えぇ〜...」

「おねがい♡」

「...わかったよ父さん」


 父さんのハートマークが見えるおねだりに引きながら願いを承諾した。


「じゃあまた明日来ます」


 父はこれでも一生懸命に考えた末、行く事を諦めた。

 そして父はコインロッカーに荷物を預けて、父とフェルト二人は駅から出た。


「じゃあ...この街を観光するか!」

「しよう!」


 フェルトは案外ISpPに行く事より街を周るほうが乗り気だった。

 

 二人はバスに乗り、街の観光をし始めた。

 先程の都庁を見に行ったり、街の高級商店街を周ったり、父さんの研究機関の本部を外から見たりなど色々な事をした。


 極め付けは、広場での散歩だった。


 そのぐらいには夕方になっており、駅に戻って荷物を取り出し、外から広場が見えるホテルへ向かった。


 そして一日目は終わった。



 今日は本当に特別な日だ。

 朝から日光が輝き、空も青い。

 フェルトは「なんて幸せなんだ」と思いながらパンツ一丁でベランダにある椅子の上に立ち、腰に手を当てながら眺めていた。


「オメェはなにやっとる」

「ひゃ」


 父の冷たい手がフェルトの体にあたり、そのまま部屋の中に摘み込まれた。


 さっさとホテルを出る支度をして、モーニングをとり、早朝から駅に向かった。

 前と同じ窓口に入り、案内人にカードを見せた。


「ではこちらに」


 先程の案内人が移動し、従業員出口の扉を開いた。

 中に入り、また扉があった。

 そこで父のカードで解除した。

 その先にはエスカレーターがあり、それで降りた。

 降りた先には、カプセルホテルの部屋並みの円筒の装置がが壁から突き出ている。

 前から番号順に1〜15まで番号が部屋の奥まで振られていた。

 フェルト達は3番の装置に近づき、案内人が装置を起動させた。


 ボタンを押したりレバーを引いたり上げたりして調節をしている。


 そしてカプセルが上にスライドして扉が開いた。

 そこには、弾丸の様な機体が見えた。

 その乗り物のドアも開いた。

 中はホワイトミルク色の彩りで、他の高級車の様な内装であった。

 

「ではこちらへ」


 フェルトは案内の指示通りに機体の中に入り、席に座った。

 荷物を置く場所が後部にあるため、父は入れている最中。

 そして父も座り、扉が閉じた。


「ちゃんとシートベルトつけなよ」


 普通のシートベルトとは違い、Y字型の4点式シートベルトだ。

 体ががっちり固定され足くらいしか動かせない。

 ジェットコースターの座席に乗っている感じだった。

 

 目の前は見た目でわかるくらいの分厚いガラス張りになっており、その下には装置としてモニターがあった。


『これから発射の準備を行います。もうしばらくお待ちください』


「お父さん。これ、どういう乗り物なの」

「これ?ん〜...レイルガンは知ってるよね」

「うん」

「その仕組みと同じで、電磁気力と超電力、真空の三要素で構成されてる感じ。」

「じゃあここにかかる電力いくつくらい?」


 話している中、外から空気が抜ける様な音が響く。


『では発射いたします』


 目の前の扉が開き、その方向へゆっくり進んでいく。

 そして真っ暗闇の中に入り止まった。

 その数秒後に左右の両端に光の点が奥まで着いた。

 

 すると突然動き、もの凄いスピードで進み出した。

 モニターに経路と三桁の数字が秒数ごとの様に上がってゆき、四桁まで達した。

 光の点はいずれ線の様に伸びてゆく。


 フェルトは急にめまいを感じると同時に胸あたりが熱くなってきた。


 視界が一瞬別の空間に変わった。

 

 妙に胸が熱いので服を前に伸ばして中を見た。

 そこにはネックレスの鉱石が微妙に光っていた。

 

 急に明るくなった。

 それは太陽光だった。

 つまり地上に出たのだ。

 そして周りを見ると牧草地だらけになっていた。

 

 たまたま見たモニターの速度表示は三桁に戻っていた。

 

 ゆっくり機体は、透明の真空管の向きの通り少しずつ右に曲がった。


 右には先程いたメトロポリスの街が見えた。

 しかし、車で見た大きさとは程遠く、小さく見えた。

 

 フェルトはその景色に疑問を持った。


「父さん?なんで、メトロポリスのところに荒廃してるビルがあるの?あと、周りが草原...」

「草原なのはね、ここが『歴史的保存地区』だからでね、この美しさを守ろうと国が保護区域にしたから、街とは正反対の景色なんだよ。あとあれね...あれはテロ現場で、放置したままなんだ」

「え、あれ?ニュースの」

「そうそう」

「はぁ...」


 フェルトはまたメトロポリスの方を見始めた。


 その景色はまた別の意味で美しくも感じた。

 メトロポリスの全面の姿はまるで衰退している古城の様だった。

 それは牧草地との相性も相まっての景色である。


 機体の移動速度も速いためメトロポリスの姿も少しずつ小さくなっていく。


 目の前には牧草地の中にポツンと白い長方形の豆腐の様な建造物が見える。

 

「もうそろそろ着くよ」

「あれ」


 フェルトは指を指した。


「そう。あれ。第三研究所だよ」


 機体は減速していき、また地下へと入っていった。

 また暗い中に入り、光の点と共に動いてゆく。

 

 暗闇の中また、程よい速さまで速度が上がる。

 そしてまた減速して止まった。

 奥の目の前の扉が開き、前へ移動した。

 出発する時の逆な事が起きて、機体は停止した。


 また空気圧の音が聞こえる。

 機体の外の方に扉が開いた。

 

 父は機体の扉を開き外に出て、白衣を着た研究員らしき人に握手して挨拶をしていた。

 もう一人いる人は、機体座席の後部の荷物入れから荷物を取り出していた。


 フェルトも機体から出た。


「おや、この子がご自慢の」


 白衣のお兄さんが父に向かってフェルトの事を質問している。


「フェル、挨拶」

「こ、こんにちは。趣味は近代宇宙物理学の専門書を読む事です。あ、フェルト・メルです。え、えーと...よろしくお願いします」


 フェルトは人馴れをしていなく、話し方がしどろもどろになっていた。


「ほー...宇宙物理学ね...将来の夢はなんだい?」

「え、あ...父みたいに命を狙われるくらいの研究者になりたいです。グヘェ」


 父はフェルトにゲンコツを一発喰らわした。

 そして、フェルトと話していた白衣のお兄さんは大笑いした。


「おいトルート。笑わんでくれ。あんま良い事じゃねえ」

「いやぁ...憧れ方がカッコよくてな」


「なあフェルト君。君は面白い。いつかこの研究場にくる事を願うよ」

「...うん!」


 白衣のお兄さんのトルートともう一人の荷物を持ってる人が、案内し始めた。

 歩いた先にエスカレーターがあり登った。

 先にあるドアへ行って開き、またその先のドアへ向かった。


 その先は外に繋がっていた。


 後ろを見ると先程見ていた豆腐型の建造物だった。

 しかし、先程の一直線の道だけにこれほど余分にデカく作る必要があったのか。

 フェルトは疑問を溢した。

 そして前の景色を見た。


 目の前はまさにDream coreとCottage coreが合わさった様な感じであり、周りが牧草地で、1930年代から始まったモダン建築の様な白を使った小さい円盤の屋根。

 その円盤を周る様にできた車一台分が周れる様なU字ターンの駅のバス停の様な道路。

 その道路にスカイカーが二台置いてあった。


 すると突然後ろの建物から重い機械音が鳴り響いた。


 フェルトだけ驚き、また後ろを振り向いた。


 すると、豆腐型の建造物にあった一つの扉が壁ごと地面にスライドして埋もれていった。

 

「フェル」


 父が呼んでいた。


「ISpPに行く前に一つ街に寄って行くか」

「街って?」

「あれだよ。国で2番目の大学があるところ」

「あー...うん。行ってみる」


 父とフェルトは車の方に向かった。

 フェルトが先に入り、父はトルートと小話をしていた。


「今日はありがとうございました。また行ける状態になったら」

「はい。私達はいつでもお待ちしてます!また一緒に研究できる日まで」

「ああ」


 父も車に乗り、U字の道を曲がって一般道に入った。


 牧草地とはいっても、ここらへんは平らな牧草地ではなく地形が凸凹と歪んでいる。

 そして周りに植木らしきものが多々あり、人々が何かをしていた。

 じっくりと見れば、人々はその植木らしきものから実を取っているようだった。 


 この一般道路は新設されたような綺麗さがある。

 その綺麗さに父は、また車を飛ばした。



 凸凹な地形から晴れ、平らな牧草地がまた現れた。

 どうやら今は牧草地の丘の上らしい。

 そして、メトロポリスの様な未来都市とは裏腹な、ゴシック様式を思わせる古代的で芸術性に長けた街が見えてきた。

 その街の奥には海が見え、フェルトの家の近辺にあった海とは鮮やかさと蒼さが全く別物なほどの綺麗さだった。

 また、その街の離れた丘に教会のような、それにしては何か小さいようでデカいような...修道院といったところだろうか。

 その景色はまた違う感じで、フェルトは感銘を受けた。


「あれ、絵本みたい」

「ああ、あそこが舞台の絵本をフェルに読んでたからな」

「え、あれってここが舞台なの」

「そう」


 フェルトは孤独を味わう大人を忘れ、本来の子供の姿になっていた。


 車の周りにヤード付きで田舎にありそうな洋式の住宅が見えてきた。

 そして車も街に近づいていく。



 街の中に入り、車を有料路上駐車場に止めた。


 フェルトと父は車から出た。

 場所は緩やかな坂の道路の端に住宅が並んでいる所。

 二人は坂を下り、ストリートに出た。

 その一つ一つの住宅街に「歴史」というものを感じる。


「父さん」

「ん」

「すごいね。なんか」

「ははは」


 メトロポリスの道とは少し狭いが、一般的には大道路のような場所に市場が広がっていた。

 人々が多く賑わう中、その市場に入っていった。

 老若男女、露店の人と交渉する声、街の人が話し合う声...うるさくも騒がしいというよりかは、華やかな大衆の音だった。


 そして父が向かった先は露店のバーだった。

 テーブルに帽子を置き肘を掛けた。


「アイスコーヒーと水一杯」

「17トルク」


 父はジャケットのポケットから小銭を出した。


 フェルトはそのバーの高さまで身長が無いため何が起きているのか声でしかわからなかった。

 だから、バーの周りで何が起きているのかキョロキョロ人間観察をしていた。


 野菜売り場でトマトを店主に値下げをねだっているおばちゃん。

 子連れの白髪の若い女性が雑貨屋でアクセサリーを見ている。


 そしてお父さんが声を掛けてきた。


「フェル。お水。飲む?」

「飲む」


 フェルトは父から渡されたコップを口につけたまま、また人間観察をし始めた。


 まだ野菜売り場でトマトを店主に値下げをねだっているおばちゃん。

 横で父のジャケットからお金を取り出す音。

 白髪の若い女性の子供がこちらを見ていた。


 フェルトはコップのガラス越しでその姿を見ていた。

 コップを口から外し、歪んだグラスの景色から離れ、ちゃんとした目で焦点を合わせた。


 子供はフェルトを睨んでいる。

 でもその顔にフェルトは、一瞬を微分した様に、時の流れの一つ一つ短い時間を引き伸ばし、そして鮮明に感じていた。

 それは未知との遭遇の様に、フェルトの「感情」というものに干渉したのだ。


 子供は女性であり、不思議なものだった。

 髪の毛は隣にいる母らしき人とは違い、黒色でさらさらとして、眉毛は、年が経った金箔の様な薄白く綺麗な黄色で、色白というよりかは健康的で美的な白さの顔。

 そしてなにより彼女の目であった。

 彼女の目は一言で表した方が良い。

 それは「昼空」だ。

 太陽の光が空を青すぎず暗すぎない、落ち着いたトーンの蒼さで照らす様な自然な目だった。


 フェルトは数学的な世界から現実世界に戻り、時間が通常に戻った。

 彼女はすぐにそっぽを向いて母らしき大人に着いて行った。


 またグラスを口に付けて水を飲み始めた。


「フェルトもういいかい?」

「まだ」


 最後の一滴まで飲んだ。


「いいよ!」


 コップを父に預け、店主に返し、父はバーの店主に挨拶をし、二人は店から離れた。

 もう一度歩き始め、市場から出ようとした。

 

「父さん。あの人...」


 フェルトは先程の子供を指差した。

 しかし父はそれを子供ではなく、その母らしき人だと勘違いした。


「ん。ああ...あれは可哀想なものだな。先代の呪いだ」


 父は帽子を深く被った。

 目線は髪を見ているのではなく、その真っ白いフード付きの長いマントを見ていた。


「なにが?」

「ん。あの髪だよ。辛いだろうな」

「そうじゃなくて。あの子」


 今度こそ父はそのフェルトが話している意図がわかった。


「ああ、あの子か。どうした?」

「なんかわかんないけど、綺麗だった」

「ははは」


 父は真っ直ぐ向きながら笑った。


「フェル〜お前は早いな」

「なにがですか」


 父はフェルトの方を向いて話していたが、フェルトは先程の彼女をずっと見続けていた。


「まあまだわからなくていいよ。そうだ!今度文学小説を買ってやろうか」

「いや、いいです。それよりも参考書が欲しいです」

「じゃあダメだ」


 市場を抜け、車に戻った。

 

「じゃあそろそろ行くか」


 車は動き、やっとISpPに向かう事になった。



 父がOasisの”Don't look back in anger”を流しながら運転をしている。

 横でフェルトは座席を後ろに倒して寝ている。

 眠りから少し意識が回復してきた頃、何か体に風を感じる。

 そして目が覚めた。


 まだ細い目をしていながら周りを見ていた。

 座席を戻して窓の外を見た。

 先程の建物は跡形もなく、また牧草地の道路にいる。


 そして長いS字の丘の坂を下っていく。

 

「起きたか」

「ここどこ」

「今はまだ草原地帯だけど、そろそろ海の方に着くよ」


 目の前をちゃんと見れば海だ。

 

「なんで」

「ほら、横」


 車の進行方向から右を見ると、海上になにか規模が広い敷地と建物が水平線より少し手前に見える。

 そして天に昇る白い塔が数本建っている。


「あそこがISpPだよ」


 その姿は、昨日見た、父の大学の姿の様に白い流動体的な建築で、天に登る白い塔はミルクの一滴を水面に溢してできた王冠の様だった。

 そして右を見ると丘の斜面に家が建っている集落があった。


 車はどんどん下っていく。

 


 車は丘の一番下に来た。

 その先に見えるのは、地下トンネルのアクアラインだ。

 その地下トンネルに車は入って行く。


 道路は片側2車線の合計4車線の小さいトンネル。

 そこにはフェルトと父が乗ってる車しか通っていなかった。

 この道は来る人が少なくほぼ廃トンネルと同じなのだ。


 長いトンネルが目の前に続く。


 父は車の電力を上げ、爆速で車が急発進した。

 フェルトはそのGに上半身を後ろに持っていかれた。

 そして弾丸の形をした機体で見た、光が線状に見える現象が起きている。

 

 父は毎回危険な事をしているのに、不思議と澄ました顔でいる。

 その様な感情はフェルトにはなぜか理解ができなかった。


 車は減速してゆく。


 目の前に大きな光が見えてきた。

 そして車はその光を越える。


 そこには先程見ていたISpPの姿があった。

 近くで見ると規模のデカさにフェルトは呆然とした。

 坂で見ていたものとは違う。

 家に飾る様な一般的な模型の大きさから、視界に入りきらない大きさとなっていた。


 今度は目の前に近代的な建築でできている橋が架かっており、それを渡った。

 その先にやっとISpPの敷地に入った。


 駐車場の空き地を探した。

 駐車場は見渡す限り立体駐車場だけになっていた。

 車から左奥にあるA B C の駐車場は満車で、少し近めのDと、右側のE F G H の駐車場は空車と電光掲示板に記されていた。


 父は迷いもなく右側の方へハンドルを回した。

 逆に今度は空車の駐車場で迷いが生じた。

 Eの駐車場は空いているのに入ろうとはせず、なにか観察をしていた。

 そして入るのを避けてFの駐車場へ向かった。


 Fの駐車場へ入った。


 車は駐車し、フェルトは先に降車した。

 その時フェルトの耳に「ピッ」という、なにかボタンを押した時の効果音が聞こえた。

 だが別に違和感など覚えずそのままスルーした。


 父も降車し、古い服装をして、荷物を軽く持ち、ISpPの建物へと向かった。


 Fの駐車場から建物までかなりの距離がある。

 それに比べてA B C の駐車場は近く、そしてなにより別のアクアラインの出入り口から近い。

 

 歩いていると建物の奥、そうあの塔から何かが発射されてるのが見えた。

 

 フェルトはそれに注目した。


「あれだよ。あれがエレベーターだよ」


 父は指で塔から放たれたエレベータを指し、なぞった。

 フェルトはそのエレベーターが上に行くのを歩きながら見えなくなるまで見届けた。

 そしてそのエレベータを見ていると、小さくエレベータの中心に細い線が見えた。


 ISpPの玄関口がだんだんと視界から大きくなっていく。

 目の前の車寄せを渡り入口へと入った。

 メトロポリスの駅に居た人並に多かったが、その駅より倍以上に規模がデカいためそこまで混み合ってるようには見えない。


 ISpPの仕組みは然程空港と変わらず、大きな広間のロビーに小さな商業施設や飲食店が並んでいる。

 だが空港と違う点は、搭乗口がこの建物に無いことだ。

 それは、遠くにある白い塔が発射台だからだ。

 ここにあるのは搭乗口までの連絡用列車が地下に何台も停まっていること。


 そしてこの建物は横長でもあるので左右を見るとその広さが視覚効果でわかる。

 上に国のシンボルである 赤 白 緑 青 の色にあった動物の紋章の幕が上に降ろされていた。

 

 二人は歩き、ロビーを抜け商業施設のエリアに入った。

 飲食街とブランドの商店街がある一本道。

 道は長く、幅は広く、商店街の様に人が集まり賑やかだった。

 

 その通りを抜けた所目の前には塔が見えた。

 そこは、下から上までガラス張りの展望席の様だった。

 それは左右横全体もだ。

 塔が扇状になって一つ一つ置かれているのがちゃんと全体像で見える。


「すごぉい!」


 タタタと小走りしてガラスに手を当てた。

 全てが一望できるその景色にガラスに手痕を残した。


 突然父がフェルトの服を引っ張った。


「うぇ!」


 フェルトは最初、足が棒のまま牛馬耕の鋤の様に引っぱられた。

 そして体勢を戻し、服を持ってた手をフェルトの手に持ち帰り、早歩きを始めた。


 父の顔を見た。

 その顔の眼差しはまるで鷹になったような、鋭い目をしていた。


 フェルトはなにか怒らせたのか、少し焦りを感じたが、父の容態を見るとそれが勘違いだった事がわかった。

 それは、この施設の中は余分に冷えているのにも関わらず、首に水滴が無数に垂れていた。

 父が急に握る手が強くなった。 


 フェルトは心に痛いと叫んで目を一瞬瞑った。

 そして目を開けて前を向いた。

 そこには街で見た、深いフードと長いマントを羽織った黒色と白色の二人が左側から近づいてきた。

 

 父は堂々と歩く。


 この領域だけの空間が無意識的にフォーカスが当てられる。

 互いになにも喋らず、ただ大理石の床に靴をつける音だけが響く。


 だがその領域は急に割れた。

 

「我々はぁ!!この空間の使者である。このISpP。この世界、宇宙を冒涜するものである!なぜ、神話を信じず真実を知ろうとするのだ。この...」


 先程居た場所から政治家の怒号のように、あたり一面に響きわたってきた。

 フェルトは後ろを向いて状況を確認したが、もう商店街の道に入っているせいで、状況がなにも把握できない。

 だがその怒号が響く中でも父は前を向いたままだった。


 もう一度前を向いた。

 それと同時に、横には先ほどのマントの人とすれ違った。

 何事もなくただ怒号と靴の音がするだけだった。

 

 そしてフェルトは思い出した。

 この怒号の内容、最近見た支離滅裂なポスターだった。

 

 三人称視点で見た時、フェルトは口に悩んだ時の握り拳を当てた。

 目を下に向け下にスライドしていく大理石の床を見ていた。

 すぐに前を向いた。

 だが前を向いたのは、フェルトではない。

 折り畳み式機関銃と拳銃を向けている。

 視点をずらさない為に、座って機関銃を肩に当て、しっかりと重心と拳銃で腕に感じる反動を抑える構えをしている。


 White & Black

 

「...ダカラ!!我々は 人工の白で輝くような世界ではなく ただ鮮明に 薄く 青い空と 陽光に光輝く木々が。連なる 自然体こそが本来の星だ! ただいま、主よ。 そして くたばれ!この汚れたモダンよ!!」


 白と黒の目の前に二つ花火が打ち上がった。

 それは美しく白と朱色だけのなんともシンプルな光景だった。

 でも片方は、もう一発そしてまたもう一発。

 白色と朱色が何度も重なり合い、原色の赤になっていく。


 一コマ一コマ映画のテロップを確認するのも飽きたので、リールを回し始めた。


 周りは悲鳴と機関銃の轟音が映画館の様にあたり一面に響く。

 同時に父は前に倒れた。

 強く握っていた手は一瞬にして血の気のない死体の手となった。


 フェルトは恐怖で一瞬で蹲った。

 

 悲鳴がずっと鳴り響く。


 靴の音が二個分フェルトの方に近づいてくる。

 銃を動かした時の弾丸が掠れる音がする。


 構えている。


 僕は殺されるんだ。


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!


「...」


 白と黒はなにか喋っている。


「こいつはヤッちゃダメなのか」

「ああダメらしい。しかも上の伝達じゃなくて、主だ」

「はっ?マジかよ。え、きてるのか?」

「あぁ、iチップで直接見える」

「じゃあ退散しよ。他の奴ら殺して、時間だ」


 靴の音が遠ざかっていく。

 

 フェルトはすぐに父の方を向いた。

 頭は跡形もなくバラバラになっており、心臓あたりから血が服に滲んでいる。

 その光景を目の当たりにし、不幸ながらも瞳孔を大きく開き、海馬にタトゥーを彫ってしまった。


 見たくない。

 だがその光景に謎に惹かれる。

 性癖が歪んだわけでもなく、ただ人間の本能的な喪失感がこの光景を忘れない様にと眼球に光を取り込んでいる。


 そしてその呪縛から解かれた時、フェルトは嘔吐をするところだった。

 食道のギリギリのところで止まった。


「さあ!!!再生だぁ!!!!」


 遠くからまた怒号が聞こえる。


 その奥からまた怒号が聞こえる。

 だがその怒号は人災であった。

 かすかに見える道の奥にある景色。

 それは巨大な城の塔。

 だがその白の塔は今では無くなっている。

 そのかわりに鼠色をした煙がこちらに寄せてくる。

 

 今度は地震が起きている。

 目の前の床にヒビが割れる。

 それと同時の後ろ越しに全体像まで見れたガラスが全て割れた。


 そのガラスの破片が煙と風とともに矢となった。

 

 フェルトの頭を空飛ぶコナジラミの様に通り過ぎて地面に叩きつけてきた

 肌に痛みは無いが、血が自然に出てくる。


 地面が割れている奥底には光を通さない海面が波打っている。


 滲み出てきた血の傷は、血管にある神経に空気が触れ始め、炭酸水の様に痛みを感じ始めた。

 目の前には黒く何かの液体が目に入ってきた。

 

 フェルトの体は、薄く切られた傷が全体を血だらけにしていた。

 頭からは今更傷の痛さが分かるようになったが、その状態は溶解した王冠をかぶっていた。

 片目は血で滲んだ目で目を瞑り、もう片方は辛うじて目に血が入らない様に薄く目を開けている。


 薄目だからなのか、視界の焦点がブレる。

 いや、それは違う。

 貧血なんだ。


 割れた地面に頭から突っ込んだ。

 それと同時に体も引っ張られ落ちてゆく。

 もうフェルトの目は完全に瞑っていた。

 口を少し開けている。

 妙に長い落下。

 その光が入らない場所で、微小な朱さが繊維を越えて時計の夜光の様に光を見せた。

 

 ゼロ点のダイビングを叩き出した。


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