第2話 真意を聞きたい
ある日、就職活動で面接を終えた私は三津島ケイトという男に電話をしてみた。
「もしもし、この間A町の橋で身投げをしようとしていた山岡アキという者ですが…三津島さんでのお電話で合ってますか?」
「お電話ありがとうございます。はい、合ってますよ。あなたは山岡さん、というのですね。どうしてあの日、身投げなど考えていたのでしょう?」
三津島は冷静な口調で、私にそう尋ねた。
私は、事の経緯について全て洗いざらいに話した。
「ふむ…一度、事務所へ来てお話を聞いてみる必要がありますね。山岡さん、ご都合のよい時間帯や日時などはありますか?」
「私、求職中の身なので時間ならいつでも作れますよ。」
「さようでございますか。それでは、今日これからでも事務所へ来ていただいて大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろん。」
急ではあるが、その日は家に父がいて母の看病をしている。
アルバイトの予定もないから、私は時間がちょうど空いていたのだ。
リクルートスーツを来たまま、私はバスに乗って『三津島つなぐ事務所』 へ向かった。
名刺にある住所の場所へ向かうと、どこにでもある古びた小さな雑居ビルがそびえたっていた。
そのビルの地下1階に事務所があり、私はわずかな猜疑心をいだきつつ事務所のインターホンを鳴らした。
「こんにちは、山岡です。」
「いらっしゃい、山岡さん。どうぞ中へお入り下さいませ」
三津島は入口の扉を開けて、私を事務所の中へと案内した。
事務所の中はこぢんまりとしており、事務用の大きなデスクと来客用のソファ・テーブル、事務員のものと思しき小さな席が2つある。
「山岡様ですね、コーヒーをどうぞ」
黒く艷やかなロングヘアが印象的な、長身のスレンダーな女性がコーヒーを置いていった。
彼女がここの事務員なのだろうか。
そして、いくつかの資料とパソコンを手に、そろりと三津島が現れた。
「岸川くん、コーヒーありがとう。さあさ、山岡さん…あの日飛び降りて命を絶とうとした真意をお聞かせ願えますか?」
「私は、かつて文房具関連の会社に勤めていました。やりがいを持って仕事をしていた矢先に、残念なことに会社が倒産しました。その後、交際期間が6年近くあった恋人から、別に付き合っている女性がいることを打ち明けられました。その女性は妊娠していて、彼はその人との結婚を希望して私に別れをつげました。私は彼と結婚するつもりで、貯金をしたり料理の練習もしたりしていたのですが…正直にいうと、ショックでした。」
三津島はパソコンを打ち込みながら、静かに私の話を聞いていた。
「ふむふむ…それは大変でしたね。そして、それからどうなりましたか?」
「破局をした後も求職活動をしている最中、母が病で倒れました。母以外には、年齢のいった父しかおらず、私は結局帰省しました。現在はコンビニでアルバイトをしながら、母の看病もして就職活動も続けています。しかし、母の病がよくなる気配はなく、私の懐事情や心身も徐々に削れてきています。こちらに友人はおらず、新しい恋人はいません…もう、いっぱいいっぱいだな…と思って」
三津島は眉一つ動かさず、私にこう告げた。
「お気持ちや過去の事情を否定するつもりはないし、あなたの考えを『甘え』や『逃げ』だとは僕は思いません。ただ、あなたがいなくなってしまったら、お父様とお母様は悲しむのではないでしょうか?」
少しの間、沈黙が流れた。
そして、私は三津島の質問に答えた。
「……そう、ですね。」
「そこで提案なのですが、あなたの寿命をお母様にあげてみませんか?これであなたが今すぐ死ぬということはありません。少し寿命は短くなりますが」
思わぬ提案に私は息を呑んだ。
「どういうことですか?臓器提供?」
「いや違います。つまりですね…」
どうやら三津島は、私の生きてきた世界とは違う人間らしい。
それを目の当たりにした。
続く
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