チョコレート🟤ボール🔵

@F_RATA

第1話 ぬすみ聞き

おもいがけず、なかから聞こえてきた声に、

ひろは扉を開けようとした手を止めた。


「やっぱなー! だとおもった!」


「エ? それ、 隣のクラスの?」


うわ。もう何人かいる 。

ここに来るまで、少し早すぎたくらいに

思っていたのに。


冷やかすような笑い声が 続く。


なかにいるのは、男子だけかな…。


ひろは、なんとなく入るのをためらって

扉のガラス窓から、のぞいた。


ウ〜ン…、この位置からじゃあ、見えない。


「わらうなテメーっ。

クッソ〜…だからヤだったのに。

ふたりとも、ゼッテー 言うなよっ」


いまのは石井の声だと、ピンと来た。


が、それよりも、いまの会話に注意が向いた。


ひろはゆっくり身をかがめると

ガラス窓から身を隠した。


しゃがんだとき

ピンクのマフラーが首からすべり落ちたが

さいわい音はしなかった。

そっと拾う。


「次、お前の番っ。

『いない』ってのはナシだからな〜」


このウキウキした声は、鈴木だろう。


この二年五組の教室のほかは

まだ 静まり返っている。


「わ、わかってるよ…」


声が小さくて聞こえにくい。


ひろは戸に耳を近づけた。


「ヒント、ヒント! うちのクラスか?」


「えっ…と」


なかが静まる。


「………ふるた」


ひろの口が貝のように、音もなくあいた。


「ええっ、おまえ古田 だったの?」 


「うわ〜…、全然気づかなかった!」


古田ひろは、戸から耳を離し、

しっかと口をとじた。


それから静かに後ずさり、カメのように

そろり、そろりと移動する。


「…へえ〜。 いつから好きなんだ?」


ひろの動きが止まる。


「ン…、一年のときから」



  🟤  🔵



ひろは、そのまま女子トイレに逃げ込むと、

肩で大きく息をついた。

心臓が、走ったみたいにドキドキしている。


ここでしばらく身を隠そう。


制服姿の自分と目が合う。

手洗い場の鏡には、まだ恋愛ごとに疎そうな、

ボーッとした女の子が映っている。


お正月から癖になっていた十時起床も

新学期が始まると、七時にきちんと

目が覚めるようになった。


でも今日、六時起きで登校してきたわけは、

今回の席替えが、早いもの順で決まるからだ。


あれ?

朝つけて出たはずの、マフラーがない…。


急ぎ、目をやると、一方の手に、

ちゃあんと、マフラーが握られていた 。


そっか、あのとき首から落としたんだっけ…。


ホッとして、すぐまたハッとする。

他の手荷物も確認する。


もし、あの戸口に何か落としていたら…!

『さっき そこにいました』と

言ってるようなもんだ…!


体操服… 習字道具…

え〜〜っと、それからっ………。


ひとつ、ひとつ確認していく。


全部あるのが分かったところで

ドッと肩の力が抜けた。


顔をあげ、鏡の自分に、ほほえみかける。

髪がぬれ、毛先があごのラインで

バラバラになっている。


これは汗ではない。

登校中に降り出した雪のせいなのだ。


そういえば 冬になってから

これが初めての雪だな…と、

髪を指で直しながら、ひろは思った。


あの声って『雪村』……よねぇ?


さっきの声が、耳の奥で蘇る。

雪村のことはよく知らない。

クラスでも目立つ 鈴木や、石井と違って…

フツーな、どちらかと言えば

『大人しい男子』という印象だ。


体格も、鈴木と石井とそう変わらず、

見た目も悪くないのだが、

姿勢が悪いのか、うつむき加減のせいなのか

ちょっと暗そうに見える。

声も小さい。

まあ、 人見知りなのかもしれない。


そういえばわたし…、

全然話したことないかも。


同じクラスとはいえ、女子は女子でつるみ、

男子は男子でつるむ事が多いので、

なんとなく関わりのないままな、

クラスメイトもいるのだ。


ひろはカバンを 台の上に置き、

手ぐして髪を整えながら

品定めするように、鏡の中の自分を眺めた。


標準より、プウと出ばった ほっぺは

両サイドの髪で隠してある。


「ウーン…ぱっと見、地味な気がするけど、

よく見ると美人のような…」


げっ、 鼻の下にニキビができてる!


離れて立つと、ニキビは鼻の影になり

目立たなくなった。


雪村って…

女子と話したりとかしないタイプなのに

恋のハナシはするんだな。

しかもまさか、わたしのことを…。


人は何を考えているのか、わからないものだと、

ひろは鏡の自分へ、話すふうにうなずいた。


そういえば 小学生のとき…

わたしを好きなクラスメイトが、いたっけな。


意地悪ばかりされていたけれど

『好き』の裏返しだったと、後で知る。


鏡の向こうには、

今や大人の、すぐ後ろに並べるくらいの、

体力も、自意識も持った

14歳の自分が映っている。


中学生はもう、子どもではない。

昔とはある種ちがった 緊張感が

今の『好き』にはある。


顔を作り 、右、 左 とポーズをとる。


あれ? 制服のリボンがない。

しまった。 つけ忘れたらしい。

ああでも、この方がじっさい似合ってるかも…。


ひろは 斜めの角度で胸をはり

少しあごを引いてみた。


「そうね… 全体的に見て…、

まあまあイケてるってとこ?」



  🟤  🔵



朝の予鈴を合図に、

ひろはもう充分だろうと 教室へ戻った。


すでにクラス 中が わき返っている。


鈴木と石井が、入り口のすぐ近くで

数人とバカ 話をしている。


雪村はいない。


ひろは、さも いま来たばかり というふうに

彼らのそばを通ったあと

行く手を見て、おや?っと おもった。


ゆりがなぜか、ひろの席に座っている。


「アーーーッ、ひろぉ、遅ーーーい っ」


ふいの、大きな呼び声に、

思わず体がビクンと跳ねる。


水沢ハズミが、向こうから、

机をかき分け 走ってくる。


おお、我が友…!


ひろは、馴染みの世界にいま戻った

旅人のような心境で迎えると

いきなり ぶつかる 勢いで

ハズミに肩を掴まれた。


「 モウッ、完全に忘れてるっ。

ふたりで 早めに行って 席取ろうって、

あんなに、あんなに約束したのにっ」


「あ…」


ハズミの 鼻の穴が、牛のようにふくらむ。


「ア•タ•シ、何時に来たとおもう〜?」


ハズミの 腕が、ひろの首へまわり、

「 こぉの、う•ら•ぎ•り•も•の〜〜っ」

としめ技をかけてきた 。


ハズミは 最近 髪を伸ばして ポニーテールにし

見た目はぐっと 女の子っぽくなったのに

こういうところは 小学生の頃のままだ。


「 ごめん、ごめ…っ、ギブ、ギブッ」

ひろが腕をたたく。


ハズミは「フン」と言ってようやく放し

後ろに向けて親指をつきだした。


「あそこっ。 窓際の一番後ろ、 取っといたョ。

ひろの 希望通り」


言われて ひろが見た 先に、雪村がいた。


ひとり、窓の方に目を向けて

ものを思うふうにほおをついて

ハズミがひろのために取った席の

隣の席にいた。


「ホームルーム始めるぞ〜っ」


声と同時に 、熊田先生が入ってきた。


生徒たちが、素早く 席へ散る。

ハズミも駆けだし、ひろも 続いた。


ひろの前に、ハズミが座る。

雪村の左側に、ひろも 座った。


リボンのない胸の辺りを、ひそかに 手で隠す。

心臓が音を立てて暴れている。


先生の鋭い目が、教室をぐるっと 見渡して

入れ替わった席の様子を確認した。


「いいか。 きのう決めた通り、

授業中にうるさくしたり

トラブルが起こるようなことがあれば

この席替えはやり直しだからな」


「 もう〜分かってるって!

もっと 俺らを信用してくれよっ」


鈴木が、みんなの思いを

代表するように言った。


先生はおや?と鈴木に目をやると

少し困ったふうに首をかしげ、

「なんと、鈴木の前が、 石井じゃないか。

お前らはちょっとぉ…

離れた方が良くないかあ?」

と、みんなにも、たずねるみたいに言った。


「 ひでーよ 先生 !

おれらの自由も尊重してくれよっ」


怒って石井が立ち上がる。

その、すっとんきょうな声に、

クラスの全員がドッと笑った。


熊田先生はジャージの袖をまくり

太い 腕をぐっと出して

朝の出席をとりはじめた。


席替えは、いつも くじ引きで決めていた。


三学期は最後の席替え ということで

自由席になったのだ 。


ただし、男子の列、女子の列と、

交互に並ぶよう 決まっていた。


雪村の名前が呼ばれた。


「 はい 」


となりの低い声を

すぐ近い、 右耳がとらえる。


ン…… 一年のときから。


今朝の言葉が思い出され

ひろは、さざ波が立ったみたいに

胸の奥がザワザワした。


雪村はまじめな顔で、教卓のほうを向いている。


雪村がその席を選んだのは…、偶然じゃない。


先生が、席で問題はないかと聞き

視力の悪い者が、何名か 入れ替わった 。


それが終わると全員 立って

自分の使っていた席を今の席に移動し

席替えが完了した。



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