第35話 性格の悪さはわからぬもの

 あと少しで冬奈へバトンを渡せる、と言う所で2組の第4走者の男子の空峰和也そらみねかずやが転び、大幅に減速した事で1組と3組が追い上げる。少し後に2組とも抜き、1位は1組、2位は3組、3位は2組となった。


 「……あれ、大丈夫です……?」


 人差し指を持参したカッターで少し切り、和也の足を目を凝らしてよく見る。


 「……足を捻っているかもしれないな」


 「よく見えますね、こんな距離から」


 「……まあ、予想だよ」


 ここと和也までは80mほど離れているが能力を使えば問題無く見える。だけど、誤魔化しておくのが良いか。


 不幸中の幸いか、和也は冬奈の10mほど前で転んだので冬奈へバトンを繋げた。


 「すまねぇ……」


 「大丈夫よ。あとは任せて」


 バドンが冬奈へ渡った瞬間、おおっと言う声がそこかしこから聞こえた。それほど、冬奈は速かった。

 

 速度がぐんぐん上昇していき、遂に3組を抜く——と思われたが。


 「きゃっ!」


 「え——うわっ!」


 冬奈が急にバランスを崩し、3組のアンカーを巻き込み転ぶ。だが3組のアンカーはすぐに立ち上がり、ゴールへ走る。冬奈も少し後に立ち上がり、ゴールへ。


 順位は先程と変わらず1位は1組、2位は3組、3位は2組となった。


 「……冬奈さん、大丈夫ですかね……」


 「……普通に走れていたし、大丈夫だろう」


 最後にゴールへ走っていた時も特に違和感は無かった。多分捻ったりもしていないだろう。


 その冬奈は3組のアンカーの女子の元へ行き、頭を下げていた。アンカーの女子は笑顔で両手を振っている。大丈夫だと言っているんだろう。


 「あ〜あ、もう少しで抜けそうだったのに。なんであんな良い所で転ぶんだよ。しかも他人まで巻き込むとか。冷めるわ〜。俺あいつ可愛くて好きだったんだけどな〜」


 その時、近くでそんな声が聞こえてくる。声がする方を見てみると記憶にない顔の男が居た。多分先輩だろう。だが、違う。あれは冬奈が悪いんじゃ無い。


 「ちょっと貴方——!」


 「待て」


 顔を怒りに染め、その先輩の元へ行こうとする胡桃の右手を掴み、引き止める。今行ってもただ相手から軽く流され、笑い物にされるだけだろう。


 「で、でもあの先輩……!」


 「気持ちはわかる。だが落ち着け」


 「……で、でも——ひっ!」


 「……落ち着けと言っているのが、聞こえないのか?」


 そんなやり取りをしていると、その先輩は何処かへ歩いて行った。胡桃は先輩の方から振り向き、俺の顔を見ると怯えたような顔をした。……しまった。


 「すまん。落ち着かなきゃなのは俺もなようだ」


 「……いや、謝るのは私です。ごめんなさい」


 胡桃が俺に対し頭を下げてくる。そんないつもより素直な胡桃に少し意外と思ってしまう。今も頭を下げている胡桃に俺は少し焦り、出来るだけ気遣うように努めて声を出す。


 「いや、胡桃が謝るのはおかしい。お前は悪く無いんだからな。こっちこそ、ごめん」


 「で、でも——」


 「それに、これ以上は無限ループになりそうだからな。もう謝るのはやめようぜ?」


 「……わかったです」


 俺の言葉に胡桃はその栗色の髪を揺らしながら少し口角をあげて頷く。その後、冬奈達の元へ行こうと話し、2人で歩き出す。


 辺りを見渡し、校庭の日陰になっている所に居る冬奈達を見つけ、そこへ歩く。


 「大丈夫か、冬奈?」


 「冬奈さん、大丈夫です?」


 「翔梨に胡桃さん。ええ、大丈夫よ」


 俺達の言葉に冬奈は笑顔を作り反応する。


 「打撲とか捻挫とかも無いみたいだし、良かったよぉ」


 冬奈の右にいる水初が胸を撫で下ろす。だが、泰晴は浮かない顔をしていた。


 「どうしたんだ、泰晴?」


 「……空峰和也は大丈夫なのかと思ってな」


 「知り合いなのか?」


 「いや、あまり話した事は無いな。だが、多分あれは足を捻っているだろう。腫れていたしな」


 ……やっぱりか。それにしても、よく見ているな。


 「……うん、冬奈は捻挫とかもして無さそうだし、大丈夫だね! 一応足の具合で見れば障害物競走出れそうだけど……」


 「勿論出るわ。みんなに迷惑はかけられないもの」


 なんとしてでも出るって顔だな。このままじゃ怪我してても出そうだぞ。


 「あまり無理をするのは良くないですよ、冬奈さん?」


 「いえ、本当に大丈夫よ。でも、みみさんに申し訳無いわ……怪我とかしてないかしら……」


 「みみ、さん?」


 誰だそいつは? みみなんてやつ居たか?


 俺がわかっていないのを感じ取ったのであろう泰晴が横から耳打ちしてくる。


 「後汚みみ《ごおみみ》さん。あの冬奈さんの転倒に巻き込まれた女子生徒だ」


 「……あいつか」


 あいつみみって言うのか。……俺、流石にここの生徒の事知らな過ぎだな。家に帰ったら必要だと思った人だけじゃなくて全員の資料を見るとしよう。


 だが、その前に電話をしなければ。


 「すまん、少し席をはず——」


 「あ、いた。桜井翔梨君、だよね?」


 「ん?」

 

 声がした方へ振り向くと女子生徒が居た。俺に用があるなんて珍しいな。


 「どうした? 俺に何か用か?」


 そう言えば、入学式の時とかは他人と話すのに慣れてなくて緊張していたりしたな。今はそんな感じじゃないのは冬奈と言う美少女と話すのに慣れたからだろうか。いや〜、俺も成長したな——


 「いきなりで悪いけど、借り物競走に出て?」


 「……なんで?」

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