もう恋なんてする必要もない〜平凡な俺が努力をしたら、俺の事を見下していた女の子の態度が変わってしまった

うさこ

悲しい凡人


 俺、山田草太やまだそうたはごく普通の中学1年生だ。

 少し背が高いだけで、勉強が出来るわけでもなく、運動神経が良いわけでもない。

 趣味はゲームや漫画。それ以外は特にない。


 普通というよりは目立たない、カースト中の下の立ち位置だ。

 リア充たちと話すと緊張するけど、関わらないわけでもない。冗談半分でいじられたりもする。誰とでも話すけど、すごく仲の良い友達って言うのはいない。




「おーい、草太。お前部活どこ入るんだよ?」


 前の席の吉田悟よしださとし。同じ小学校で元クラスメイト。

 少しお調子者だけど、明るいから結構女子から人気がある。顔が良いのもあるけど、勉強も運動もできる。

 俺は首を振る。


「いやさ、俺は好きなスポーツって無いから選ぶのきついよな」


「まあバカ草太はどんくさいからな。勉強も出来ねえし、文化部系にすんのか」


「あ、う、うん……姉貴に怒られるから運動系にするけど……」


「おっ、まっちゃんが呼んでるわ! じゃあな!」


 悟は他のクラスメイトの所へと行ってしまった。もうすぐ授業が始まるからあんまり気にしないけど、中学になってから、昔よりもグループっていうものを感じるようになった。


 基本的に誰とでも……女子以外は喋るけど、すごく仲が良い友達っていないな。


 クラスのみんながグループを作って喋っている中で一人で席に座っていると少し居心地が悪い。……なんでだろ? よくわかんないけど、恥ずかしいって感覚だ。


「あっ、バカ草太じゃん。一人で何してんのよ」


 横を向くと、同小の関口杏里せきぐちあんりが話しかけてきた。

 正直、女子から話しかけられるのは珍しい。こいつは頭も良くて運動も出来て友達も多いカースト上位の生徒だ。

 ちょっと緊張して汗が出る……。


「い、いや、関口こそ何のようだよ。ていうか、バカっていうなよ」


「バカにバカって言って何が悪いの? てかさー、あんたまた奈々子ちゃんの事見てたの?」


 奈々子……、平塚奈々子ひらつかななこ。確かにさっきまで平塚奈々子の事を見ていた。

 小学校の頃から大好きな女の子。一日一回話すか話さないかの関係。正直なんで好きになったかわからない。気がつくと、平塚から目が離せなくなったんだ。

 平塚の事を考えると胸が苦しくなったり、もしも付き合えたらって想像したら嬉しい気持ちになれる。


 多分、これが初恋なんだって理解している。


「べ、別に見てねえよ、う、うるせえ、よ」


「あんたね……どもってんじゃん。バレバレ。てかさ、奈々子ちゃん可愛いから人気あるもんね〜。てかさ、そんな事よりさ、あんたゲーム詳しいじゃん。このゲーム知ってる?」


 関口がスマホの画面を見せてきた。『ドラクマセブン』というRPGだ。ほどほどにやり込んでるやつだ。


「ん、あ、ああ、俺もそれやってるよ」


「マジ!? じゃあさ、じゃあさ、こいつってどうやって倒せんの?」


「えっと、そいつは……、ちょ、先生が来たぞ! スマホ隠せよ」


「……バカ草太がトロイからいけないのよ。はぁ、あとで教えなさいよ」


 関口が自分の席に戻っていった。

 正直、少しだけ心臓がバクバクしている。やっぱ関口は可愛いから緊張するんだよな……。口調もなんか安定しない。クラスメイトなのに敬語になっちゃう時がある。


 関口は平塚奈々子ほどじゃないけど、結構気に入ってる女子だ。可愛いし明るいし。


 確か悟が好きな女の子って関口なんだよな。

 ……うわ、悟が超睨んでるじゃん。あいつしつこいから面倒なんだよな……。


 ――この時までは普通の中学生活を送ると思っていた。



 ******



「おい、なんとか言ったらどうなんだ!! てめえ恥ずかしくねえのかよ!!」


「ひぐっ……、柾君、や、やめて、よ……」


 なんでこんな事になったかわからない。

 お昼休み、いつもどおり近くの席の男友達とお弁当を食べようとした。


 風間柾かざままさきが『え? 平塚さんの水筒がねえ? おーい、誰が平塚さんの水筒知らねえ?』とクラスメイトに聞いていた。


 クラスでも最上位カーストの風間柾。中1なのに背が高くてガタイも良くて、勉強も運動も出来て、顔もかっこいい。女子から一番人気がある生徒だ。


 クラスメイトをいじって笑いを取るからあんまり近づかないようにしているけど……、それさえも女子から見たら面白くてカッコよくって思えるらしい。


 特に気にせずカバンから弁当を取ろうとしたら――

 知らない水筒が入っていた。

 頭が真っ白になった。なんで?

 悟がニヤニヤと笑っていた。


「おーい、柾!! 山田が平塚の水筒もってるぜ! ははっ、山田すげえじゃん。狙ってる女の子の水筒パクるなんてよ」


「はっ? 山田がパクった……? マジでありえねー」


 うまく言葉が出てこない。


「ち、ちがう、俺は――」

「うっせ!!」


 風間柾がを怒気をはらんだ口調で俺の机を蹴りつける。大きな音が心を萎縮させる。でも顔はニヤニヤ笑っていた。冗談だとわかっても怖いものは怖い。


「おい、てめえ……」


 そして、風間は俺を責めた――


 どれだけ時間が経ったんだろうか? 5分、10分、20分? 

 クラスメイトの前で同級生に怒鳴られる。恥ずかしさと悔しさで涙が勝手に出てくる。泣きたくないのに止まらない。


 みんな笑っていた。


 風間の友達たちの冗談。周りはそう認識している。

 当の本人の平塚奈々子は泣いていた。関口が慰めていた。 


 風間は俺のビクついた態度を見て面白がってエスカレートしていく。

 誰もが俺が水筒を盗ったと思っていない。

 ただの被害者だと理解しているのに、このイベントを楽しそうに見ているだけだ。


 泣いてしまった。中学生になっても泣いてしまった。

 姉貴に知られたら殴られる……。


「……てか、山田って馬鹿なのか?」

「ああ、こいつはバカ草太って呼ばれてんだよ」

「確かに勉強出来なさそうな顔だもんな。おーし、ちょっと今からこいつハブろうか? なあ悟、お前の友達だけどいいか?」

「はっ? 別に友達じゃねえし」

「おっけ、よし、お前ら今から山田と喋るなよ! 喋ったら罰ゲームするぜ!」


 やっぱり、ほとんどの生徒たちは笑っていた。それが冗談だと思っている。

 俺には理解できなかった。

 ほんの数人、笑っていなかった。苦い顔で俺を見ていた。……それが唯一の救いだった。多分、この生徒たちの事は一生忘れないかも知れない。


 俺は少しだけ勇気を出した。


「無視、なんて、やめてよ……」

「…………なんか聞こえるな〜。悟、なんか言ったか?」

「俺には聞こえねえよ。ていうか、飯食おうぜ」

「ね、ねえ……」


 無視をされると胸が苦しくなる。なんだこれ?


 そこからが不思議だった。

 今まで普通に話していたクラスメイト、友達が――

 本当に俺を無視するのだ。


「ねえ、悟、午後の授業って……」

「…………」


「ひ、平塚さん。ごめんなさい。本当に俺は知らなくて」

「…………」


「関口、あのさ、ゲームの事だけど……」

「…………」


 誰もかれも俺がいない者として無視するのであった。だけど、顔は笑っていた。それが冗談だと思っているんだ。ただの遊びなんだ。

 実際、関口はメッセージでこっそり俺にこういった『……3日我慢すれば終わるわよ、きっと』

 その後、クラスのグループメッセージから俺が退出させられていた……。




 テレビや漫画で無視された場面を見たことがある。

 自分には関係ないと思っていた。

 でも、実際、自分が無視されるようになって……すごく心が痛くなるんだよ。


 みんなが楽しそうに喋っている中で俺は存在しない。

 まるで必要のない人間に思えてくる。

 心がどんどん沈んでいく。


「こらっ! 山田! あんたしっかり授業聞きなさい!」


 先生に怒られても誰も何も反応しない。

 


 そんな生活が3日続いた……。

 3日経てば終わると思っていた。だけど終わらなかった。俺はこのクラスで一人ぼっちだ。

 女子のグループが男子のグループと笑い合っている。時折俺を指さして爆笑していた。








「あら、おかえりなさい。あんた早かったわね。部活決めたの?」


「……ただいま。部活は悟と一緒に決めるよ」


「あらそう、悟君が一緒なら心強いわね! 明日もお弁当張り切って作るわね!」


 家では無視されている事を隠していた。お母さんにバレたら悲しむ。だから隠さなくちゃいけない。

 姉貴が居間で筋トレをしていた。姉貴は俺の2個上の中学3年生。


「お前学校で泣いたんだってな? この弱虫野郎が! 罰として私のサンドバックになれ」


 姉貴には泣いたことがバレて殴られた。幸い無視されている事はバレていない。バレたら軟弱だって言われて更に殴られる。

 そんな姉貴にも無視されることは隠したい。姉貴は暴力的だけど、優しい時もあるし、俺の自慢の姉貴なんだ……。 


 お父さんは俺に無関心だ。優秀な姉貴にしか興味がない。








「もう、嫌だな……」


 今日も無視されて一日が終わった。遠足の班決めでは俺だけあぶれ者になった。関口が笑いながら俺の名前を適当な班に書いてくれた。周りも笑っていた。

 

 関口が勝手に書いてくれて、実はほっとした。

 当日は風邪になって休めばいい。……風邪、どうすればなるかな? この時期に海に入れば風邪引くかな? 俺、バカだから風邪引かないんだよ……。


 家に帰りたくなくて、学校の裏山の公園で一人スマホゲームをしている。

 ゲームをしてても面白くない。なんでだろ?




「俺、バカだから、わかんないよ……、なあ、どうすればいいんだよ……」




 悲しさがこみ上げてくる。泣きたくないのに涙が出てくる。

 誰にも見られたくないから身体を丸めて縮こませる。


 ……どのくらい時間が経ったんだろう? 

 そろそろ日が暮れる。


 誰かの声が聞こえてきた。身体が震え上がった。


「だから、言っただろ? ぜってえ関口って俺の事気があるって」

「ていうか、お前奈々子ちゃんに告白するんだろ」

「あー、もうちょい仲良くなってから……、ん、あれって山田じゃね? おーい、山田ー!」


 ……意味がわからなかった。なんで無視していたのに話しかけるんだ?

 風間が笑いながら俺に駆け寄ってきた。

 俺はとっさに逃げようとしてしまった。


「んだ、あいつ、むかつくな。逃げるんじゃねえよ」

「追うぞ!」

「ははっ、なんか面白えな」


 もう何もかも嫌だった。全速力で走った。坂を下り、階段を――

 

 バランスを崩した。足がよろめいた。

 転げ落ちる自分の身体。天地が逆さまで何がなんだかわからない。身体中が痛い。まるで姉貴になぐられている時みたいだ。


「お、おい、やべえぞ」

「俺知らね! にげようぜ」


 口に砂混じりの血の味がする。頭がズキズキ痛い。

 身体を起き上がらせると、膝が擦りむけて、制服がボロボロだった。

 転がっているスマホ。割れている画面。



 はじめに思ったのは――『怒られる』という感情だった。



 それは痛みよりも怖い。

 なぜ制服を汚した? 誰が金を払うんだ? だからおまえはのろまなんだ。バカなんだ。暴力の痛みは振るわれた人間にしかわからない。痛いんだ、心も痛いんだ、何もかも萎縮するんだ……。

 無視も心を殺される。すごく寂しいんだ。悲しいんだ。どんどん心が死んでいくんだ。


 割れているスマホが震える――

 痛みで震える手で画面を立ち上げる。


 関口杏里から来たメッセージ

『そろそろ男子の無視も終わるでしょ。あんたバカなんだから謝んなさいよ。ほんと鈍臭くてバカなんだから。世話焼けるわよ。早く返事しろ、バカ!』

 

 自分の中の何かがひび割れた音がした――


 平塚奈々子からのメッセージ? 関口が招待したのか?

『えっとね、草太君はもう少し風間君を見習ってちゃんとした方がいいよ? 水筒の事は気にしてないからね!』





「―――――っあ」




 頭の中の何かがショートした。


 一瞬の出来事。


 なのに何年、何十年という時間が過ぎた感覚。


 走馬灯のように、脳裏よぎったのは自分のこれからの人生。


 中学卒業、高校、大学、就職、結婚、そして、『※※』。


 一瞬の事なのに頭から離れない。


「……なに、これ?」


 俺は起き上がった。

 身体に付いたホコリを払う。足が少し痛いが問題ない。

 

「なんだ、この感覚は? これが俺に人生なのか? いや、人生だったのか?」


 しっかりと立ち上がり、前を向いて歩く。

 曇っていた頭がクリアになった感覚。


「努力が足りなかったんだ、俺の人生は。努力するのが遅かったんだ」


 これまでの人生、そして、今脳裏によぎったこれからの人生。

 それが本物でも偽物でもどうでもいい。


 今までの『山田草太』が死んだ感覚だ。


 無視されていた事も、家族の事も、全て小さな事に思えた。



「これから努力すればいい。凡人なら凡人なりの努力を」


 環境のせいにするな。自分の性格のせいにするな。クラスメイトのせいにするな。

 俺が不出来なのは自分のせいだ。



 歩きながら胸に手を当てる――

 無視されている時でさえ、俺は平塚に恋をしていた。関口へ好意に似た感情を抱いていた。

 一切合切その類の感情が浮かばなかった。


「そうか、初恋は実らないっていうのはこういう事か。あれは熱に浮かされていただけだ……。今思えばいい経験だったんだな」


 人生50年の経験の重み。数え切れない恋をしたような感覚。

 裏切られ、離婚され、遊ばれて――擦り切れた心――


 関口と平塚のメッセージを再度見ても何も感じない。路傍の石のようだ。


 俺はスマホを操作して初期化を実行した。それは自分の心と同期するように―― 

 必要ないものを消去するために――




「……もう恋なんてしない、する必要もない」




 俺の心には何の感慨も沸かなかった。


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