5話【災難】

貴族にとって家紋というものは色々なところで役に立つ。

特に揉め事や権力関係の事になると、その効力を発揮する


◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆


俺が、セシリアの元へ駆けつけた時、男はセシリアへと手を上げようとしていた。

俺はその手から守る様に、セシリアの前に立ち、男の手を払う。


「セシリア、大丈夫か?」


「はい。ありがとうございます...!」


「彼女を頼む。セシリア。」


「分かりました...。」


見た感じセシリアには怪我はないが、奴隷の子は大分消耗していた。

薄汚れた服には血が滲んでいる。


男は一度、何かを言いかけたが、俺のローブの元に視線を向けると直ぐに顔を下げた。


「おい、何故ずっと下を向いている?」


「っ!!申し訳、ありません!」


「謝る事しかできないのか...お前。」


「っ!申し訳...ありません!」


公爵家だと気づいた途端、下手に出てきた男に俺は不快感を露わにする。


「...。お前を騎士の元へ連れて行く。」


「な?!なぜですかッ?!私の奴隷ですよ?!それにあの女は貴方に何の関係もないはず!!」


男は騎士団と聞いた瞬間、膝を折り地面に手をついたまま抗議する。


が、この男は頭が残念なのだろう。

この状況を考えれば分かりそうだが。


「彼女は俺の妹だ。」


「は...い?」


「俺の義妹だと言っているんだ。」


「彼女がですか?」


「何度言わせれば分かる?そうだと言っているだろう。」


「私の義妹に暴力行為を働こうとした上に、彼女への見るに堪えない過度な暴行...受けるべき罰を受けてもらう。」


「あ、ぁぁぁあああ!!そんな。気が付くわけないだろ!!あの女が公女なんて..!!くそ」


公女に向けて自分が手を出そうとしたとなれば、ただでは済まない。

それを悟ったのか、いきなり奇声を発しだした男は、下を向きながら体を小刻みに震えさせる。


「セシリア、俺はこの人を騎士団に連れて行く。その間、この子を近くの病院に連れて行ってやってくれ。」


「はい。」


セシリアも大分疲弊しているようだ。


「あ、あの。助けてくださってありがとうございました...。」


「あぁ。助けるのが遅くなって済まない。大丈夫か?」


「はい。お姉ちゃんもお兄ちゃんも...ありがとう.......ございます。」


この子は、こんな状況になってもお礼を言うのか...。

理不尽に攻撃されて、罵倒されたというのに。


少女を見てみると、その眼には涙が潤んでいた。

やはりこの世界の奴隷制は間違っている。

彼女に対する敬意と共に、何もできない自分に怒りを覚えた。


「良いのよ。貴方に何もなくてよかったわ。」


「お姉ちゃん...。ありがとう...。私、怖かった...。怖かったよぉ。」


「よく耐えたわね...。もう大丈夫よ。後の事は、このお兄さんに任せなさい。さぁ...早く病院へ。」


「ありがとぉ...!!ありがとぅ...!!」


少女を見つめるセシリアの顔は慈愛に満ちていた。

セシリアは変わった。

あの日、俺に悩みを打ち明けてくれた日から。


「...とりあえずは、コイツをどうにかしないとな。」


俺は男の方へ視線を移す。

ずっと下を向き続け、ブツブツと何かを言っている男は、俺が近づいても変わらず動かない。


「おい、早く立て。お前を近くの騎士団に連行させて貰う。」


「アアァァふざけるなァァあ!!俺は貴族だぞっ!!」



男は、騎士団に連行されるという恐怖からか、顔を上げ俺を睨みつける。

その態度に、俺の中で何ともいえない怒りが沸き立つ。


「お前、醜いな。」


「うるさいうるさい...!公爵家がどうした、地位がどうした。そんなの関係あるか!俺が...俺が一番なんだよ!俺がぁぁぁ!俺があぁぁ!」


この男、明らかに様子がおかしい。

目の焦点も合っていないし、汗の量が異常だ。

恐怖で頭がおかしくなったのだろうか。


「ハハァ。知らねぇ...地位なんてしらねぇよっ!!」


気の狂ったように頭を掻きむしる男の姿は、まるで何かに憑かれているのではないかと思わせるほどのものだった。


「アッ」


気が済んだのか、男の動きが止まる。

何だったのだろうか?


「おい、行くぞ。」


そう言い、男の手を取ろうとした時、男は俺の手を払い一気に立ち上がる。


「死ねッ!!死んじまえ!」


男は何かを振り回しながら叫びだす。

それと同時に、俺は手に妙な違和感を感じる。


ーー熱い。


男から自分の手に目を移した時、何も感じなかった手から赤い何かが溢れ出していた。


血だ。


そう認識した瞬間、とてつもない痛みが俺に襲い掛かる。


「アア”ッ!!」


溢れ出す血の中に白い何かが見えた。

骨までいかれたのだろう。


想像を絶する痛みに目の前が歪んで見える。


「ッ!!!」


血が止まらない。

手首を抑えても、血が溢れる。


「兄さん!!」


「来るな”ァ”」


ここにセシリアを来らせてはダメだ。

それだけは考えられた。


俺の呼びかけに、セシリアは動きを止める。


「クッソ!!!」


「ハァ...死ねっ、死ねっ!!」


どうする。

どうする。


考えようとしても、痛みが思考を塗りつぶす。


死ぬ。


必死に考えて、でてきたのはこれだけだった。

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